電力事情が不安定な発展途上国でもBEVは普及するのか?・・・BEVの真実と未来
ちょっと想像してみて欲しい。
もしあなたが住んでいる地域で、停電が多く発生するなど電力供給が安定しなかったとしたら、あなたはBEV(バッテリー式電気自動車)の購入を決断できるろうか。それともガソリンやディーゼルなど化石燃料で動くエンジンを積んだクルマを選ぶだろうか?
多くの人は考えるまでもなく後者を選ぶだろう。今夜の電灯をともす電気が供給されるかわからない……とまでも言わなくても、停電が珍しくない地域でBEVを選ぶのはかなりの覚悟が必要だ。
世界では電力供給が不安定な国も多い
日本の停電の少なさは世界トップレベルで、日常生活では停電を意識することはない。しかしいっぽうで、世界には停電が日常茶飯事の地域も多く存在する。
2023年に中国を抜いて世界最多の人口となったインドでは、10年ほど前でも、もっとも状況の悪い場所ではほぼ毎日60分以上の停電が発生していた。インドの大都市のうち約半分となる15の都市では、2日に1度の頻度で停電が起きていたという(Energy Storage in India Applications in the Renewable Energy Segment 2016)。
当時に比べると現在は電力供給量が増えたものの、昨今は4月から6月ころにかけて猛暑とエアコンの普及による電力使用量増加による電力不足に起因する停電が頻発するという地域もある。ちなみにインドは、2018年の時点でも国民の5分の1程度となる2億4000万人ほどが電気のない生活を送っているとされている。
ちなみに、停電の発生回数がきわめて多い国と言われるパキスタンでは、2013年には年間902回の停電が起きたそうだ。パプアニューギニアでは2023年においても電気を利用できる環境にある人が国民の4分の1に過ぎず、毎年500回近い停電が起きたという。
そんな地域において、いくら「地球温暖化を抑制するため脱炭素社会を実現しなければならないから」とか「環境のため」と言っても、人々がBEVを買うという決断は下しにくいだろう(そもそも地球温暖化と二酸化炭素の因果関係は解明されたわけではないが、本題ではないのでここでは触れないでおく)。
発展途上国でもBEVは普及するのか?
本記事のテーマは「発展途上国でもBEVは普及するのか?」だが、結論を言ってしまえば発展途上国とBEVの相性は、非常に良くない。理由は、電気が安定的に供給されないからだ。停電が日常的に起きる場所では安定した充電が難しく、そこでBEVを活用するのは現実的に考えて無理がある。
そもそもの考え方として、電力需要に対して電力供給がひっ迫している国では、BEVの普及よりも日常生活への電力供給が優先されるべきであろう。「地球の未来のため、(BEV充電により電力事情がひっ迫し)電気が止まるのは我慢しろ」という理論は成り立たない。参考までに90kWhの急速充電器を30分使うときには、日本の一般家庭3~7日分の電力を必要する。
また国連の「SDGsレポート2023」によると、2021年の時点で、世界には電気を利用できる環境にない人が約6億7500万人いるとされ、これは世界の人口の約8%に相当。同レポートによると現在のペースで電力供給網が拡大されても、2030年時点で約6億6000万人が電力のない生活を送ることになるという。
そういった地域では、たとえBEVを購入できる所得があったとしても、そもそもBEVを選ぶという選択肢が存在しない。「地球環境のためにBEVを選ぼう」という誘導は、あくまで電気を自由に使える恵まれた環境の人だけに通じるものなのだ。
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トヨタ bZ4Xのルーフにはルーフソーラーパネルの装着車両があり、1年間で走行距離1,800km(社内試算値)に相当する発電量を生成する
筆者は2021年に、VW(フォルクスワーゲン社)の当時の車両開発部門総責任者のビデオメッセージを見た。2021年といえば今のような「BEV踊り場」ではなく、欧州ではBEVの普及に向けてイケイケだったタイミングだ。
その内容は意外なものだった。「VWはEVに全力だが、エンジンをやめるわけではない。世界には日々の電力に困っている人もいて、エンジン車をやめるということはその人たちからクルマを取り上げることになる。『人々のためのクルマ』を社名とする私たちは、そんなことはしない。これからもエンジン車を作り続ける。エンジンだって全力投球だ」というもの。エンジン車の重要性を説いていたのだ。
BEVに大きく舵を切ったフォルクスワーゲンでさえ、世界にはエンジン車を必要とする人が多くいることを認識。その人たちのためにエンジン車を作り続けていることも早い段階から明言していたというわけだ。
脱炭素社会に向けた電力供給の課題
では、そういった地域でBEVを普及させるにはどうすればいいか?
全く電気がない生活にBEVを持ち込むことは難しいから、電力供給が不安定な地域に関しては「発電量を増やす」となるだろう。電力供給が安定すれば、エネルギー事情としてはBEVを所有する環境が整う。
とはいえ、石炭や火力発電所を増やすことはできない。それは二酸化炭素を排出するので、「二酸化炭素を排出しないBEVを走らせるために、二酸化炭素を発生する火力発電所を作る」というのでは本末転倒だ。
ちなみにBEVが広く普及される政策をとっている中国でも発電の主力は今なお石炭火力であり、世界一の人口を抱えこれからBEVを普及させようとしているインドも大部分(2023年データで約8割)は石炭と石油による火力発電だ。何を隠そう日本でも化石燃料による火力発電は2022年度で全体の7割を超えている。
二酸化炭素排出量削減という目的を考えると、中国やインドだけでなく世界中で化石燃料頼みの発電は今後厳しいし、理想ではあるけれど、再生可能エネルギーに頼るのは発電の条件が良いのに加えて総電気使用量が少ない国など特殊な地域を除けば夢物語に近い。再生可能エネルギーによる発電は不安定かつそれをフォローするための安定化にコストがかかり過ぎて現実的にみれば厳しいのだ。
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日本の再生可能エネルギーでの発電の比率は10%以下とまだまだ低い
すると脱炭素社会に向け、現時点での現実的な回答は原子力発電となるだろう(原子力発電の是非は別問題として、再生可能エネルギーの飛躍的な技術革新がなければ原発に頼るほかない)。新興国におけるBEVの普及は、原子力発電の新規設置と大きく関わってくるのである。原発を建設して電力供給を安定させることで、BEV普及に向けた社会となっていくことだろう。発展途上国や新興国において、原発なしでのBEV普及は極めて難しい。
ちなみに中国(現在55基の原発が運転中)はいま、毎年10基ずつ原発を建設するプロジェクトが進行中。世界で建設中の原子力発電所のうちほぼ半数が中国にあり、2060年までに二酸化炭素排出量のピークアウトを目指して脱炭素化を進めている。インドでは、建設中と計画中のものをあわせて20基以上の原発の新規プロジェクトが進行中だ。
BEV化と緊密なエネルギー政策
ところで先進国でも、この先BEVが増えれば電気の供給が間に合うとは限らない。
たとえば日本でも、2020年12月に日本自動車工業会(自工会)の豊田章男会長(当時)が記者会見で「いま日本にある乗用車が全部BEVであった場合、夏の電力消費ピーク時には10~15%電力が不足する。それを解消するには、原子力発電でプラス10基、火力発電であればプラス20基が必要」と見解を述べている。
夜間の充電を促したり、その制御をおこなうことでピークをシフトさせて解決するという案もあるが、BEVの台数が大きく増えればそれにも限度があるだろう。極端な話、電力供給がひっ迫している時でも「いま充電しないとクルマが動かなくなるから充電する」という人は多く出てくるだろうし、それを否定や禁止するならBEVはさらに不便な乗り物となってしまう。
これからBEVが増えるに従い、日本においても電力不足は対岸の火事では済まない可能性があるのだ。さらにデータセンターやオートメーション化の進む工場などの増加により、今後はBEV充電以外の電力需要も増加すると考えられている。
それをどう解消するか。エネルギー政策とBEV普及は大きく結びつくもので、新興国や発展途上国ばかりでなく日本でも電力政策は難しいかじ取りが迫られているのだ。
(文:工藤貴宏 写真:トヨタ自動車)
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