自動車大国で広大な国土のアメリカでBEV化はどう進むのか・・・BEVの真実と未来

  • テスラ・モデルYとモデルXとスーパーチャージャー

いま、世界最大の自動車大国は中国だ。ご存じのように、中国は国の政策としてBEV(エンジンなど発電装置を持たないバッテリー式電気自動車)をはじめとする「新エネルギー車」の普及拡大に勤しんでいる。

新エネルギー車にはBEVだけではなくPHEV(プラグインハイブリッド車)も含まれるのでBEVだけでなくPHEV市場も拡大しているが、いずれにせよ国策なので(ノルウェーやオランダなど小さな国家ではなく)大国としてBEVの普及は世界一。今後もその販売はどんどん伸びていくだろう。世界最大の自動車市場が世界的にも早いペースでBEVへの移行を進めているのだから驚く限りだ。

いっぽうで、2023年の年間新車販売台数1562万台(日本は477万台)を誇る世界2番目の自動車大国であり、日本の自動車産業との関りも深いアメリカのBEV化はどう進んでいくのだろうか。筆者が現地で感じたことも踏まえて、展望をお届けしていこう。

まず現状の数値から見てみよう。
2023年にアメリカで販売された新車は1562万台だが、そのうちBEVは約119万台で、PHEVは約26万台。新車市場に対するシェアはBEVが7.6%、PHEVは1.7%ほどに過ぎない。これは同時期の日本のBEV販売比率約2.3%よりは高いものの、中国の約22.2%はもちろん欧州の約14.6%とくらべても半分ほどしかない。

つまり、中国に比べてアメリカでBEVを買おうという人は多くないのが現状だ。ついでにいうと、ハイブリッド(HEV)を選ぶ人もまだ少ない。2023年にハイブリッドを買った人は全体のわずか7.7%で、50%を超える日本とは大きく違うのだ。
それはすなわち「アメリカの人々はモーターのついたクルマを好まない」と考えていいだろう。現時点では。
ハイブリッドに関しては昨今のガソリン高騰を受けて「人気が高まっている」のは事実。しかし、シェアでいえばまだまだそこまでではないのだ。

  • アメリカでの代替燃料車(AFV)の比率

    (2023年12月31日時点)米国で登録されているガソリン以外を使い走る代替燃料車(AFV)の台数比率。FFVはバイオエタノールを混合したガソリン燃料で走行する車両。日本とは異なりBEVに対してHEVの割合が大きくないことが分かる 引用:United States Department of Energy

では、アメリカの人々はどんなパワーユニットを積んだクルマを買っているのか?
それは、モーターを備えない純粋なガソリンエンジンを搭載するクルマ。いわゆるガソリン車だ。アメリカでは今なお、新車を買う8割以上の人がコンベンショナルなガソリン車を選んでいるのである。
その事実をしっかりと認識しておかないと、アメリカの今後を予測するのは難しいだろう。

ところで、アメリカのBEV市場の火付け役となったのはテスラ「モデルS」に他ならない。同車の現地での発売は2012年6月だが、2014年頃になるとロサンゼルス郊外など南カリフォルニアの平均所得の高い地域で、富裕層のアーリーアダプターを中心に広がって「時々見かける存在」になりつつあった。

そこから10年の月日が流れた今、それらの地域ではBEVは全く珍しくない存在となっている。カリフォルニアはアメリカで販売されるBEVのうち約3割を占める北米最大のBEV販売地域であり、新車が5台売れればそのうち1台がBEVという状況。
つまりカリフォルニアの新車販売においてBEVの販売比率は約2割を占める。アメリカ全体のBEV販売比率が7%強であることと比べれば、カリフォルニアがいかに特別な地域であるか理解できることだろう。そしてほかの地域よりはBEVを受け入れやすい土壌が整っているのだ。

  • アメリカでの州別の電気自動車の登録台数

    アメリカの州別の電気自動車の登録台数。突出しているのがカリフォルニア州 引用:United States Department of Energy

しかし、それがアメリカの状況を端的に示しているともいえる。
つまり、面積が広大で人口も多いアメリカは、環境も考え方も一緒くたにはいかないということである。生活環境や人々の考え方も違うどころか、50個ある州によって税金だけでなく法律も違う。だから選ぶクルマも違うのは当然のことだ。この「地域性」と「多様性」は、アメリカを語る上では外せない点である。

そもそもアメリカは地域的にBEVの普及が難しいと言われている場所のひとつだ。
その理由は、まず走行環境がBEVに向かないことがあげられる。隣町へ行くのにも高速道路を使う田舎町はもちろん、大都市でも高速道路が縦横無尽に通るから(渋滞時以外は)移動速度が速く、そういう使い方にBEVは適さない。速度域が上がるほどモーターは効率が落ち、バッテリーがどんどん減っていくからだ。
ただし、ロサンゼルスは渋滞も多いのでその点はBEVに向いている。

そのうえクルマでの数百キロを一気に走る長距離移動の機会も多く、移動の途中は街どころかガソリンスタンドも何もない場所が数十キロにわたって続く状況も珍しくない。そういう場所において、航続距離に制約があり、また給油と異なり充電に時間が必要なBEVを愛車に選ぶのが難しいことだと考えるのは自然な流れだ。
そんなアメリカの道路環境が、BEVの普及拡大を妨げているといっていいだろう。

「車両価格が高い」「航続距離や充電に不安がある」という2つが世界的にBEVが好まれない大きな理由だが、アメリカにおいては特に後者が深刻なのだ。郊外でクルマが動かなくなると、気象条件や犯罪など命の危機に結び付くこともあるのだから消費者が慎重になるのも無理はない。

  • アメリカのハイウェイ

では、これからアメリカのBEV化はどう進んでいくのか?
短期的に言えば、再選したトランプ大統領がどう動くかにより状況は大きく変わる。
これまでアメリカを引っ張ってきたバイデン政権はBEV支援策を進めた。BEV購入者を対象に税負担を下げる(補助金ではなく最大で日本円にして100万円を超える税控除を受けられる)法案を成立させたほか、インフラとして公共の充電器設置をバックアップしBEVを普及しようと努めてきた。
「2030年までにEV(BEV+PHEV)普及率50%」という目標を掲げ2030年までに50万基を設置する予定。「インターステート」と呼ばれる高速道路は約80キロごとに充電器の設置を義務付けるという大胆な計画だ。

いっぽう現時点でトランプ氏は「義務的にBEV化を進めていく方針をやめれば米国の自動車産業は救われる」としてBEVには反対の姿勢を見せている。もしBEV購入に対して税金優遇などのサポートをなくし、公共の充電器の設置計画も覆せば、間違いなくBEVの販売は減少するだろう。

アメリカだけでなく世界の多くの地域で人々がBEVを選ばない大きな理由のひとつが「車両が高額なこと」だが、それをフォローするのは補助金や税優遇だ。それをなくしてBEVを冷遇するのであれば、この先BEV販売に向かい風が吹くのは避けられないだろう。

  • フォード・マスタング マッハE

    アメリカでテスラに次いでBEVを販売するフォード。マスタングの名を冠したSUVスタイルのマッハEは人気が高い

ただし長期的にみると、トランプ政権のEV(BEV+PHEV)政策に関係なくBEVが増えていくと考えるのが自然だ(増加スピードは遅いかもしれないが)。その理由は、先進国である以上、どれだけアメリカが独自路線を進もうとしても脱炭素という世界の流れには逆らえないからである。

では、アメリカにおいてこれからBEVが普及するとしたら、どんな条件やインフラ整備、施策が必要かを考えてみよう。
まずユーザー側からのアプローチだ。クルマの使い方である。
まず家に充電環境があるのは前提とはなるが、一家に複数所有する環境であればガソリン車やハイブリッド車とあわせてBEVを所有するのは現実的な解だろう。日常であればBEVを活用し、遠くへ出かける際は航続距離や充電の心配がないガソリン車やハイブリッド車と使い分けるのだ。
実際、BEVが広まりはじめた頃のカリフォルニアでBEVを購入する家庭環境は、ガレージにテスラ・モデルSとガソリンエンジンを積んだ大型のSUVが並ぶのは当たり前の光景だし、いまでもそういう人は少なくない。クルマを使い分けるのである。

また、アメリカではある程度距離が長くなると飛行機での移動も日常的だ。「クルマにするか、それとも飛行機を使うか?」という判断の基準は人それぞれだが、たとえば「片道250キロ以上の移動は飛行機」というのであれば航続距離の長さで劣るBEVでも問題ないだろう。
今後車両価格が下がったり、補助金や優遇の影響でガソリン車と変わらないコスト感でBEVが所有できるようになれば、飛行機を積極的に利用する都市生活者の間でBEVが広まっていく可能性も大いにある。

  • テスラ・モデルY

    テスラ・モデルY

インフラ面を考えると、公共の充電器の拡充は避けて通れない。ロサンゼルスには急速充電器が20基以上並ぶような充電スポットもあるが、様子を見ていると予想以上にBEVが頻繁に出入りして充電器が使われている。
この先、さらにBEVの台数が増えれば多くの充電待ちが発生し、利便性は大きく下がるだろう。BEVの拡大を見据えれば、公共の充電器の拡大は優先課題だ(これは壮大な目標が掲げられている)。

まとめると、アメリカの今後においては、長距離移動時に飛行機を積極的に選択する都市生活者の間にならBEVが広がる可能性は十分にある。いっぽうで、隣町まで50km もあるような地域に住んでいる人にはなかなか難しい。
すなわち住環境によりBEVのハードルの高さは大きく異なり、ハードルの高い地域ではガソリン車やハイブリッドカーも長きにわたり多く残ることだろう。その2極化の流れがアメリカにおける現時点での将来的なBEVの展望だ。

(文:工藤貴宏 写真:Tesla、Ford 参照:United States Department of Energy)

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