若い世代こそ中古車を選ぶべき4つの理由 【伊達軍曹の『中古車こんにちはごきげんようさようなら』】

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「いつかはクラウン」などの昭和系フレーズが死語となって久しい。昨今の20代、30代にとってのクルマ選びは、筆者を含むかつての世代のような「ステータスという階段を登るための作業」ではないのだろう。彼ら・彼女らにとって大切なのは、そのクルマが自身のライフスタイルにどうフィットし、生きる毎日をどれだけクリエイティブに、いい感じに彩ってくれるか――であるはずだ。

とはいえ、いまだ世の中には「初めてクルマを買うなら、何かと安心な新車にしておきなさい」的な、まるで親戚のおっさんがするかのようなアドバイスが蔓延している。

だが筆者は言いたい。今の時代、何かと感度が高いはずの若者世代こそ「中古車」を選ぶべき明確な理由がある――と。単に節約のためではなく、きわめて前向きかつクリエイティブな選択肢として、新車ではなく中古車の購入を検討してみるべきなのだ。

30代を含む若い世代が、新車ではなく中古車を選ぶべき理由は、筆者が考えるにざっと4つほどある。ひとつは「中古車であれば、予算配分をクリエイティブに組み替えられる」ということだ。

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例えばの話として、支払総額250万円で新車のコンパクトカーを買ったとする。そこに備わる最新の安全装備や燃費性能は確かに魅力的だが、それを買うとたいていの場合、若者の手元に残る余剰予算は「おおむねゼロ円」という状態になるはずだ。

今の20代、30代は堅実だ。NISAなどで将来を見据えた資産形成をしている人も多いと聞く。そんな彼ら・彼女らが「減価償却の激しい工業製品」に手元資産の多くを投じるのは、投資効率としてはきわめてよろしくない。

だが「想定総予算250万円」のうち150万円を、程度良好な中古のSUVに充てたら、事態はどう変わるだろうか?

もちろん彼または彼女は、仮想的に浮いた100万円にて、センスの良いキャンプ道具をそろえてみたり、日本全国の秘境を巡るための軍資金などに充てることができる。あるいは、まぁ予算100万円では完璧なモノはできないだろうが「俺の秘密基地」的なガレージの建立も不可能ではない。

要するにクルマを単なるモノとして購入するのではなく、クルマを用いた「体験」の総量を最大化するために予算を配分するのだ。このポートフォリオの組み換えこそが、中古車が提供する最大のクリエイティビティだと言っていい。

中古車を推したいもうひとつの理由は「廃番となった製品の購入も可能である」ということだ。

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新車販売店に並んでいるのは、あくまでも「今、メーカーが作りやすい、あるいは売りたいモノ」でしかない。しかし中古車市場は、過去数十年分のアートピースが並ぶ巨大なギャラリーだ。例えば、現行モデルでは絶滅してしまった「5ナンバー枠に収まる、驚くほど視界の良いカクカク系SUV」や「今ではコスト的に不可能な、贅沢なリアルレザーをふんだんに使ったインテリア」。これらは、当時のデザイナーやエンジニアが注ぎ込んだ、再現不可能な情熱の結晶だ。

他人と被らない「自分だけのアイコン」を、膨大なアーカイブの中から発掘する。それはヴィンテージの古着やミッドセンチュリーの家具を掘り起こす感覚にも似た、知的な探検であると言えよう。

そして第三の理由としては、中古車を選べば「リセールバリューという呪縛」からの解放が期待できる。

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ビカビカの新車を買うと、人間はどうしたって「売却時の価格」が気になってしまうものだ。そのためキズの発生を過剰に恐れ、個性を発揮するためのカスタマイズも控えてしまうことになる。要は守りに入る。

だが、ある程度値段が落ちきった中古車であれば、我々は自由になれる。

ボディを全塗装して自分だけの色に染めるのもいいだろうし、シートを張り替えてみたり、あるいは車中泊仕様にガッツリ改造してみるのも悪くない。もちろんそのようなカスタマイズは、中古車のリセールバリューも棄損するケースが多い。だが新車で買った場合と違い、中古車の(それも比較的安価で一般的な中古車の)カスタマイズによるリセール価格棄損なんてものは「30万円だったかもしれないリセール価格が、20万円になった」程度のレベルでしかない。もちろん差額の10万円は大金といえば大金だが「自分を表現するための経費」としてはきわめてリーズナブルだ。

つまり新車では躊躇してしまう場合が多い「自分流の味付け」も、中古車であれば、罪悪感なく楽しめてしまうということである。クルマを「資産」として守るのも、結構な話ではある。だが若い世代こそ、クルマを半端な資産として守るのではなく「俺の・私の人生のための道具」としてきっちり使い倒し、経験という名の見えない資産を増やしていくべきではないかと、おっさんである筆者は考えるのだ。

新車ではなく中古車の購入を推したい第四の理由は、中古車には「物語」を継承する知的な愉しみがある――ということだ。

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中古車には、いわゆる登録済み未使用車でない限り、必ず「前オーナー」が存在する。一般的には、この部分において中古車を毛嫌いする人も多い。「どこの誰が乗っていたのかわからないモノを使うのは気持ち悪い!」みたいな話だ。

その気持ちもわからないではない。特に、荒っぽく扱われていたことが明白な中古車の運転席に座ると「……いったいどこのどいつが、こんなにもひどい扱い方をしやがったんだ?」というニュアンスの怒りと不快感を、筆者も覚える。

だが、きわめてグッドなコンディションが維持されている中古車を購入した際に覚える感慨は、それとはまったく異なるものだ。

前オーナーはこのクルマでどんな道を走り、このクルマをどのように、大切に愛していたのだろうか? その履歴を整備記録簿や各所に残る痕跡から読み解き、そこに、自分自身の物語を上書きしたい、いや、上書きさせていただきたい――というようなことを、自然と思い始めるのだ。

「古いモノを直しながら、大切に使い続ける」という行為は、筆者がまだ若者と呼ばれる年頃だったバブルの頃や平成初期においては「ダサくて古くさい行為」と認識される場合が多かったように思う。

しかし令和の世となった今では、そういったバブル的使い捨てカルチャーこそがむしろダサく「文化を継承し、愛でる」という行為のほうが、端的に言ってしまえばカッコいいとされているはず。そういった現代の美意識に中古車は――特に、歴代オーナーから大切に扱われてきた上モノの中古車は、大いに共鳴するはずなのである。

新車という「完成された回答」をそのまま受け入れるのも、もちろん悪いことではない。しかし若者たるもの、中古車という「可能性に満ちた素材」でもって、自分だけのオリジナルなカーライフおよびライフを、ゼロからデザインしてみてほしいのだ――というのは、赤の他人であるおっさんの無責任な戯言でしかないという自覚はある。

だが同時に「そのほうが絶対に楽しいし、今どきっぽいし、クリエイティブでもあるんじゃないですか?」とは、真剣に思っているのだ。

(文:伊達軍曹 写真:Adobe Stock)

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