長野トヨタが開発!狩猟現場から安全安心な食肉を届ける「ジビエカー」
長野トヨタが「ジビエカー」なるものを製作していると聞き、長野までドライブ。そこにあったのは、「工場が来い」を地で行く新発想の自動車、いや移動できる設備そのものでした。
ベースとなるのは、トヨタ・ダイナ2トンロングボディ。ワイドボディの方がスペース面で有利ですが、狩猟現場は山の中など道が細い場合が多いため、あえて標準幅のボディが選ばれています。
食肉を加工する3つのスペースからなる荷台
荷室スペースは大きく3つに区切られています。最後部が、搬入から枝肉までの加工を行う加工スペース、次のスペースは雑菌が入らないようにするためのクリーンルーム、そして最前部に設けられているのが、冷蔵スペースです。各スペースには記録用のカメラが備えられ、トレーサビリティ確保にも気を配っています。
- 加工スペースには、枝肉に加工するために必要な設備が整然と収まっている。
- 食肉を床に降ろすことなく移動できる吊り下げレールはクリーンルームの扉開閉に伴い折りたたまれるよう工夫されている。
- 枝肉を食肉加工工場に運ぶ冷蔵室は、上部のレールと下部のフックで枝肉同士がぶつからないようになっている。
- 各スペースに備えられたカメラの映像をドライブレコーダーで記録、加工の段階からトレーサビリティを確保。
制作された車両は宮崎、愛知、福岡などでの実証実験を経て、2017年12月に高知県梼原町に納入されました。その後、賛同する自治体が条例改正などを行い発注、長野県長野市にも近く納入予定だそうです。
- 増した重量を支えるためにサスペンションも強化されていた。
- 数百リットルの浄水と汚水を漏らさずに運ぶため大型のタンクが備えられ、左右に汎用の100Vアウトレットも用意される。
そもそもジビエって? なんでこんなクルマをトヨタが作ったの?
人間と自然界の動物の住みかが近づき、注目を浴びているのが田畑を荒らす害獣です。多くの地域で猟友会の有志が鹿や猪の駆除に協力してくれていますが、駆除された害獣は焼却処分されるか自家消費されているのが現状です。それを一般流通させ、レストランや家庭で消費してもらおうというのが、「ジビエ」です。狩猟によって得た肉のことをジビエと呼ぶのですが、日本ではそれを使った料理も含めてジビエと呼ばれ始めています。
ジビエは、素材の供給に課題があります。食肉として育てられ出荷される牛や豚などの食肉とは違い、狩猟で得るために供給が不安定なのです。さらに、食肉として加工する工程が確立されていません。一般的な食肉の場合は、工場まで生きた状態で搬送され、屠殺から枝肉化、さらに部位ごとに食肉として切り出す作業を行います。かわいそうと思う向きもあるかもしれませんが、命をいただく、それも可能な限りいい状態で命をいただくために、屠殺から血抜きや枝肉化をいかにスピーディに行うかが重要であり、多く流通している食肉ではその工程がシステム化されているのが現状です。一方ジビエは、狩猟の現場で命を奪われます。そこから食肉工場に運ぶまでに時間がかかったり、食品として流通させるのが難しいほど傷んでしまったりするという現状がありました。
- 一般社団法人日本ジビエ振興協会 常務理事 鮎澤 廉氏
「罠にかかった動物は逃げようとして壁に体当たりして、自分の体を傷つけます。猟銃で撃った動物も、食肉加工ができる工場に運ぶまでにトラックに揺られるなどして傷むことがあります。いずれも、動物を得る現場と食肉加工工場との距離が、大きな壁でした。」
そう語るのは、一般社団法人日本ジビエ振興協会の常務理事、鮎澤 廉氏。ジビエを広めたいけれど、食材として流通させるだけの品質、安全性と確保するのが難しいと悩んでいました。転機となったのは、同協会の代表理事を務める藤木 徳彦さんが運営するレストランに、トヨタ自動車の代表取締役副社長(当時)である小平 信因氏が訪れたこと。ジビエ料理のおいしさを知り、普及のためにトヨタ自動車ができることを探ったといいます。
- 長野トヨタ自動車株式会社 法人営業部 部長 西澤 久友氏
「一番の問題は、狩猟現場と食肉加工工場が離れているということ。狩猟場所はそのときどきで変わるので、『食肉加工工場が出向けばいいのでは?』ということになりました。移動する施設を作るのであれば、自動車会社の出番です。」
長野トヨタ自動車株式会社 法人営業部の西澤 久友氏はそう語りました。長野トヨタ自動車が開発を担ったのは、狩猟の現場とジビエ消費の現場に近く、実情をよくわかっていること、日本ジビエ振興協会の本部が長野にあることなどが理由でした。狩猟も消費も、そのための道具開発もすべて現場で行う、それがジビエの品質を高めるポイントだったのです。
安全性を確保するために衛生関係の問題をひとつひとつ丁寧にクリア
西澤氏は法人営業部で培ってきた課題解決力をフルに発揮、県や市の関係部署に何度も足を運んでは、問題の洗い出しと解決策の提案を繰り返しました。固定された建物を前提に作られている決まりごとを、自動車という限られたスペースでいかにクリアしていくか、それは想像を絶する困難な道のりだったと言います。
「いかに衛生的に、かつ食肉としての品質を保ちながら加工するかという食品衛生、つまりは消費者のみなさんの安全性に関わる問題に、私たちは取り組まなければならなかったのです。自動車会社の範疇を超えた仕事だと思いましたが、副社長が旗を振り、日本ジビエ振興協会の本部がある長野で、トヨタがこれをカタチにしなければならないという信念で取り組んでいました。」(西澤氏)
- 搬入口となるリフトも汚水を周囲に漏らさないよう特別な加工が施されている。
大きなポイントとなったのは、役所との折衝と開発を同時に進めたこと。課題を提示されてから長時間検討していると、新たな課題を示されます。そうすると、解決すべき課題が次々に積み上がっていくことになります。そうならないよう西澤氏は、持ち帰った課題をすぐに開発陣と検討、具体的な回答を持って次の折衝に臨みました。こうして、ひとつひとつの課題を各個撃破し、開発を確実に前進させたのです。
「ほとんどの課題がクリアされ、最後に残ったのが食器の殺菌でした。食肉加工に使うナイフには、どうしても肉の脂がつきます。それを滅菌洗浄しなくてはならないのですが、手で洗ったのでは人間の手の雑菌が残ります。」(西澤氏)
この課題に対して西澤氏が提示したのは、食品加工の常識を越えた手段でした。230度の蒸気で器具を滅菌洗浄する医療用の器具を積み込んだのです。
- ジビエカーに搭載された医療用の高圧蒸気滅菌器
食品加工に医療用器具を使うのはオーバースペックですが、限られたスペースで確実な滅菌処理を行えるのは間違いありません。これには役所の担当者も、文句のつけようがなかったと西澤氏は振り返ります。
「害獣駆除からジビエ化の流れが、ローカル線から新幹線に変わったように進んで行きます。解体処理施設にタイヤをつけてくださいという無茶な願いをカタチにしてくれた長野トヨタさんの努力に応えるため、日本ジビエ振興協会としても啓蒙活動にさらに力を入れていきます。」(鮎澤氏)
川上には消費者の要望を伝えつつ、川下には狩猟現場の現状をきちんと伝えていきたいと、鮎澤氏は語ります。精肉コーナーでも鹿肉を扱っている大手スーパーがあるほど、ジビエに親しんでいる長野から、新しい取り組みが全国に広がりつつあるのです。
▼長野トヨタ自動車株式会社
https://www.nagano-toyota.jp/
▼一般社団法人日本ジビエ振興協会
http://www.gibier.or.jp/
(取材・文・写真:重森大 編集:木谷宗義+ノオト)
[ガズー編集部]
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