【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#03

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

1st 車を擦ったのは誰なのか?
#03

河口純が説明を始めた。
「カーシェアリングサービスで利用されている車に傷がつき、しかもスプレーで隠蔽されていたのです。依頼主が利用後に傷と塗装の痕跡に気付き、念のために業者に報告したことで発覚しました。そして、依頼主も、その前の利用者も、その前の利用者も、傷をつけたのも塗装したのも自分ではないと主張しているのです」
周藤は資料から手を離そうとしない。早くわたしにも見せてほしいのに……。
「いま、どんなふうについた傷なのか、修理工場で詳しく調べているところです。そして、依頼主なのですが……事故証明を取っていません。傷をつけたのは自分ではないから、と」
「まぁ、それはそうでしょうね。でも、一応、カーシェアリングサービスの会社の規定に則ると、依頼人が賠償させられる可能性が高いということですかね?ノンオペレーションチャージの2万円ほどではなく、もっと高い金額を……」
 ノンオペレーションチャージとは、車両に修理や清掃が必要になったときに、修繕期間中の営業補償として、利用者がレンタカー会社に支払う金額だ。車両に傷をつけた人物が自分で業者に連絡し、事故証明を取っていれば、ノンオペレーションチャージの2万円ほどを支払う形で済む。
「うーん、もちろん会社側も、依頼人が傷をつけたと確定できてはいないので、彼が賠償をさせられることはないとは思うのですが……。本当に彼がやっていないとして、親切心から業者に連絡したら賠償金を請求されるなんて、おかしな話ですしね」
純は、さらに話を続ける。
「この会社は、10日に1回、車両のチェックをしています。最後に会社側が当該車両の確認をしたのは、依頼人が利用する3日前。そのときには車両に異常はありませんでした。その後の車両の利用者は、依頼人以外に2人いるのですが、依頼人の直前に利用した女性も、その前に利用した男性も、関与を完全に否定しています」
周藤が資料の1枚を机の上に滑らせた。4枚の写真が貼付けられている。
手に取って見ると、マツダのデミオだった。
目を凝らしてみるけど、写真ではさらにわかりにくくて、かなり微妙な傷跡だ。車体の色は傷がわかりにくいグレー系。依頼人もよくこの微妙な傷痕に気付いたものだ……。
周藤がつまらなそうに口を開いた。
「いずれにしろ、かすり傷じゃそちらの事務所も大したお金にはならないでしょうね」
周藤が発言したことはわたしも気になっていた。この小さな案件に動いたところで、報酬がそれに見合うかどうかはかなり微妙なのだ。
「おっしゃる通りです。ただ、依頼人の男性は、うちの代表がかなりお世話になっている人の息子さんなんです。悩んでいる様子の息子さんを心配して相談の電話をかけてこられまして……。正直、カーシェアリングの会社が、この男性に賠償請求をすると表明したわけでもないですし……」
純が溜息をついて、テーブルの上で両手を組んだ。
「見合わない案件だが、とにかく、すっきりさせたいということですね」
周藤が含み笑いを見せた。
「周藤さんなら、時間をかけずに解決してくれるんじゃないかとうちの代表が言っていまして。それで相談させていただいたんです」

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]

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