【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第4話#4

第4話「スパイ事件を調査せよ!」

​1st​ インスペクションに訪れた危機。
#4 桜川と

五反田まで車で戻り、わたしだけ降ろすと、周藤はどこかに消えてしまった。わたしは会社に戻ってきて、いったんデスクに腰を下ろす。
​フロアをさりげなく見渡してみた。
みんなまじめに仕事をしているだけのように見えるけど、もしかしたら、この中にスパイがいるのかもしれないのだ。
手始めに、インスペクションの社員リストを見つめた。
社員は約60人。普段関わりがなくても、忘年会や新年会などの社内イベントなどで、ほとんどの人と会話をしたことがある。そういう行事に参加しないのは周藤だけだ。
物理的に、全員を行動調査するわけにはいかないし……。
まずは怪しい人を絞り込みたい。
でも、それにしたって、わたしだけでやるのは難しいだろう。
信頼できる仲間がどうしても必要だ。気がつくと腕を組んでいた。
すぐに思い浮かんだ2人がいる。
1人目は、同期で調査報告書を作成するライターをしている桜川和也。頼りになるし、話しやすい関係を築けているので、これまでも何度か相談にのってもらっていた。
もう1人は、先輩の加納淳子。ちょっと酒癖が悪いのが玉に瑕だけど、社歴が長く、仕事もきっちりしていてみんなの人望も厚い。
まずは桜川に声を掛けよう。
早速、就業時間を越えたタイミングでカフェに誘った。
「なんか、会社が嫌な雰囲気になっちゃってるよね」
「ホント、なんなんだろうね……」
桜川がため息をついた。
「まあ、警察に任せて、僕らは淡々と仕事を進めようよ」
やはり、みんなそういう意識でいるのだろう。この感じだと、桜川に調査協力をお願いするのはちょっと難しいかもしれない。場を改めよう。わたしは話を変えることにした。
「実はね、ヨタハチはまだ戻ってきていないんだけど――」
「ああ、いいよ。その話なら、もう気にしないで」
桜川がやや不機嫌な表情を浮かべた。
以前、桜川にヨタハチに乗せて欲しいとお願いされたが、あいにく、ヨタハチは修理中だった。それを伝えたのだけど、遠回しにドライブを断ったと勘違いされている気がしていた。
「でもね、母が突然、海外旅行に行って家を不在にしているんだ。それで、車を自由に使っていいって、置き手紙があって」
桜川の様子が変わった。やはり、わたしがデートを嫌がっていると勘違いしたのだろう。
「ヨタハチと違って新しい車だから、ドライブ中に急に調子が悪くなったりする心配もないよ」
わたしは自分で言って笑ってしまった。
「もしよかったら、今週末とか、軽くドライブに行かない?」
「いいね、ぜひ」
桜川が顔を綻ばせた。

(続く)

登場人物

上山未来・ミキ(27)
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。

周藤健一(41)
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

桜川和也(29)
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?

成田真由子(27)
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。

河口仁(58)
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

河口純(30)
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]