世相が生み出したスズキ一世一代の軽オープン 1991年登場の「カプチーノ」を振り返る…懐かしの名車をプレイバック
生活に根差したクルマのイメージが強いスズキだが、1990年代には軽オープンカーの「カプチーノ」をラインナップしていた。世の中全体がそういう空気だったのは間違いないが、つくり込みの細かさなどの随所にスズキイズムが確かに感じられた。浮かれた時代にあってもあくまで真面目なスズキだった。
まさかあのスズキが……
時はバブルのころ、名だたる海外のメーカーを向こうに世界をとるべく、日本の自動車メーカーはサプライヤーと一丸となって、新型車の開発にまい進していました。そのころといえば金なら持ってんぞとばかりに、保険屋さんや不動産屋さんが海外でビルやら絵画やらを買いまくっていた、そんなお行儀の悪い時代です。対すれば製造業は自らの研さんのためにお金を使いまくっていたのですから、まだ救いがあったのかもしれません。
そのプロセスにおいて初代「セルシオ」や第2世代「スカイラインGT-R」といった大マジ物件も現れ、確かに日本がクルマづくりで世界の頂点に立ったこともありました。一方で、日本経済が冷や水をぶっかけられるその時も着々と近づいていたわけであります。
カプチーノが登場したのはまさにそんなタイミングでした。1989年、開催場所が幕張メッセとなった最初の東京モーターショーでスズキはカプチーノの前身ともいえるコンセプトカー「P-89」を発表。つまり時系列的にみると、スズキは「ユーノス・ロードスター」の開発と同時期に、FRオープン2シーターという同様のコンセプトを温めていたことになります。しかもスズキらしいのは、それをローカルな軽自動車枠でともくろんでいたわけです。
日本車がノリノリだった時流も手伝い、P-89は大きな反響を得て、ちまたで熱望の声が巻き起こりました。そこで時の鈴木 修社長はこのコンセプトカーの市販化を決断、公言したわけです。
当時、私はすでにこの業界に関わっていましたが、若造なりにスズキという会社の手堅さと申しましょうか節約志向と申しましょうか……まぁ平たく言えばケチいと、そんなところは日々の仕事を通じてうっすらと感じておりました。その後この認識は強化され、いつしか同社の最強の美点へと置き換わり今に至るわけです。
突然やってきた軽スポーツカーの黄金期
でも当時は、この若造にとってもスズキの決断がちょっと心配でした。そもそも論として、スズキが1台の市販車のために専用のFRプラットフォームをつくるという事態が考えられない。あのスズキが、本当にそんなことを……? と、自分を含めていぶかしがる向きもありました。が、そこからわずか2年後の1991年、史上最大の動員となった東京モーターショーで、カプチーノはP-89ほぼそのまんまという形で発表され、程なく発売されたわけです。
前後ダブルウイッシュボーンをおごられたオリジナルシャシー、リアウィンドウを回転格納することでフルオープンだけでなくタルガトップも楽しめるデタッチャブルハードトップ。世に現れたカプチーノは他のスズキ車とはまったく関連のないオリジナルのメカニズムを満載したスポーツモデルでした。共通品といえばドアノブやスイッチ類、そして当時の「アルトワークス」譲りのF6Aユニットくらいなものかもしれません。そのつくり込みからは、さしずめスズキ版の「NSX」かというくらいの意気込みが感じられたものです。
と、ちなみに同時期、ホンダは「ビート」を、マツダは当時の5チャンネル戦略の一端を担ったオートザム銘柄で「AZ-1」をリリースと、軽スポーツカーカテゴリーは文字どおり、降って湧いたような盛況を呈することになります。後におのおのの車名の頭文字をとって、「ABCトリオ」と称されるようになったわけです。余談ですが、AZ-1のエンジンをマツダに供給していたスズキは後に、カプチーノと並行してAZ-1のOEM商品として「キャラ」を発売。自社内でFRとミドシップのC&Cを擁するという、今ではちょっと考えられない陣容を展開していました。
なんで示し合わせたようにそんなことになったのか。前述のようなバブルの高揚感に加え、軽ならではの事情として、1990年の規格変更も影響していたのでしょう。衝突安全性の向上を目指して全長が100mm伸長されるとともに、補強部材などの重量増分を相殺すべく従来の550ccから660ccへと排気量も2割増えることになりました。これによって動力性能的にもデザイン的にもより高い自由度がもたらされたことで、いっちょやったるか的な機運が各社で高まったことは想像に難くありません。
スズキにとって一世一代のクルマ
FRオープン2シーターというスポーツカーの祖のような成り立ちを軽で再現したカプチーノ。その走りもまたトラッドなものでした。いかにターボの660ccとはいえ、時のユーノス・ロードスターのようにパワーやトルクに余裕があるわけではありませんし、ホイールベースやトレッドなどの基本ディメンションにハンディがある、そんななかでいかに軽快感と安定性を両立させるかという点においては腐心したのだろう、そんなタッチだったことを思い出します。そこで抜群に効いていたのは凝ったルーフを持ちながら700kgに抑えた車重だったはずです。
また、カプチーノはクイックなステアリングギアレシオやカチカチと決まるシフトフィールなど、インターフェイス関連でもクルマ好きのツボを押さえたセットアップがなされていたことが強く印象に残っています。恐らく開発陣の頭にあったモチーフは、「オースチン・ヒーレー・スプライト」や「MGミジェット」といった、車格もよく似た往年のブリティッシュライトウェイトではないのでしょうか。実際、カプチーノはごく少量ながらイギリスにも輸出され、かの地のエンスージアストを喜ばせたという話も聞いたことがあります。
カプチーノの販売台数は3万台に満たず、1998年には生産終了となりました。良品廉価を是とするスズキにとっては看過できない放蕩(ほうとう)の極みだったかもしれないこのクルマが、それでもビートやAZ-1よりも長くつくられたことに、彼らにとっても一世一代のクルマだったという重みを感じます。今後、間違いなく二度と現れないだろう、スズキのクルマづくりの金字塔。乗られている方々はどうぞ大事になさってくださいますようお願いいたします。
(文=渡辺敏史)
スズキ カプチーノ(1991年~1998年)解説
「思いのままに操縦する楽しさを追求する」をコンセプトに1991年に発売。ルーフはハードトップとTバールーフ、タルガトップ、フルオープンの4種類に変更可能で、これは量産車としては世界初の機構だった。
一方でリアピラーやボンネットにアルミを使用するなどして軽量化も追求し、車両重量は700kgに抑えていた。足まわりには軽初の4輪ダブルウイッシュボーン式を採用。最高出力64PS/6500rpm、最大トルク8.7kgf・m/4000rpmのF6A型3気筒ターボエンジンを縦置きで搭載していた。
1995年のマイナーチェンジでエンジンをオールアルミ製のK6A型に刷新し、最大トルクが10.5kgf・m/3500rpmにアップ。軽量ホイールの採用も合わせて車重が690kgになった。このタイミングで既存の5段MTに加えて3段ATもラインナップされている。
1998年に生産が終了。総生産台数は2万6000台余りだった。
スズキ カプチーノ 諸元
乗車定員:2人
車両型式: E-EA11R
重量:700kg
全長:3295mm
全幅:1395mm
全高:1185mm
ホイールベース:2060mm
エンジン型式:F6A
エンジン種類:水冷直列3気筒ターボ
排気量:657cc
最高出力:64PS/6500rpm
最大トルク:8.7kgf·m/4,000rpm
サスペンション形式: ダブルウイッシュボーン式
(GAZOO編集部)
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