その静かさが高級車の概念を変えた! 初代「トヨタ・セルシオ」を振り返る…懐かしの名車をプレイバック

トヨタのクルマづくりを変え、高級車の在り方をも変えてしまった「トヨタ・セルシオ」。このクルマがもたらした衝撃はどれほどのもので、その影響はいかにして世に広まっていったのか? 当時を知るモータージャーナリストが、時代の転換点を振り返る。

新ブランド「LEXUS」の旗手として登場

1989年のデトロイトショー、このショーは以前から行われていた「デトロイトでの自動車ショー」が一皮むけて、国際格式に格上げされた最初のショーであった。だから、北米のビッグ3(当時はそう呼ばれていた)、すなわちゼネラルモーターズ、フォード、クライスラーをはじめ世界の名だたるブランドが一堂に会したショーになった。

わが国からも、このショーにおいてニューモデルが発表された。出展者はトヨタが新しい高級車ブランドとしてこの機に旗揚げしたレクサスと、日産が誕生させた同様の高級車ブランド、インフィニティで、いずれも最上級モデルの「レクサスLS400」と「インフィニティQ45」を発表したのである。このレクサスLS400こそ、その年の10月からトヨタ・セルシオとして日本でもデビューすることとなるモデルだった。

面白いことに、トヨタはセルシオを発売する前に、日本国内でもレクサスを訴求しようとした節がある。だから、取材でセルシオに最初に乗ったのは、レクサス車としてであった。断っておくが、このセルシオとレクサスLS400は基本的に同一のモデル。あえて言うならレクサスは左ハンドルだがセルシオは右という違いと、セルシオにはピエゾ素子を使った「ピエゾTEMS」というコイルサスペンションの仕様が存在したが、レクサスにはそれがなかったことぐらいである。

恐らくトヨタはものすごい自信があったのだと思うが、われわれジャーナリストに当時のハイエンドモデルと比較試乗をさせた。登場したのはメルセデス・ベンツの「Sクラス」、BMWの「7シリーズ」、それにジャガーの「XJ6」である。ご自由にお乗りいただいてその違いを肌で味わってくださいといった内容の試乗会であった。場所は北海道の士別。1987年に工事を終えた全長10kmのテストコースである。

輸入車の信奉者をも黙らせた完成度

開発主査だった鈴木一郎氏が強調していたのが「源流対策」。要約してみると、クルマをつくり上げてから悪いところを少しずつ直すというやり方ではなく、大元からきちんとクルマをつくり上げるというやり方だ。振動や騒音が出るからブッシュやカウンターウェイトを介したり、遮音材を使ったりするという考えではなく、音や振動の原因そのものをつぶしてしまおうというつくり方である。だから、セルシオは恐ろしくスムーズで静粛性が高かった。

メルセデスに行ってその話をすると、彼らがなんと言ったか? 彼らいわく「音はそれなりに必要です。ドライバーはその音を頼りにしてスピードを感知したりする必要があるから」とのこと。当時は妙に納得したものだが、今考えれば電気自動車のように無音であるはずがないので、感知できる音が小さいというだけの話で、やはりセルシオに軍配が上がっていた気がする。

それに当時セルシオに乗った時のインプレッションを読み返してみると「アンチ国産派を自称する僕だから、メルセデス、BMW、ジャガーが相手となれば、当然セルシオのあら探しをしても不思議ではない。ところが、どう割り引いてみても、セルシオを誉(ほ)めないわけにはいかないのである」とある。それだけセルシオが優れていて脱帽ものだったというわけだ。

トヨタのクルマづくりを、日本メーカーの立ち位置を変えた

トヨタはさらにそのよさを堪能させるために、ドイツでも試乗会を実施。ここにもSクラス(420SE) と7シリーズ(735i)を持ち込んで比較試乗をさせた。アウトバーンを200km/hオーバーで静々と走るセルシオに乗って、ここでも「すげぇっ!」と思った。休憩していたところで熱心にクルマを眺めたドイツ人がいたので、どう? と聞いてみると、「極めてよくできたメルセデスのコピ-だ」と言い放った。まあ、乗ってもいないわけだから、姿形を見てそう言ったのだろう。果たして、実際に乗ってもそう答えられたかは、はなはだ疑問であった。が、とにかくドイツ人の目にも脅威に見えたであろうことは、間違いない……と思う。

デトロイトのショーでその姿を初めて見たときは、スタイリング的に日本らしさを強調したインフィニティのほうが斬新で、七宝焼のエンブレムなどがアメリカ人受けするかと思いきや、ふたを開けてみるとレクサス(セルシオ)の圧倒的勝利だった。ちなみに、今日に受け継がれる楕円(だえん)のトヨタマークは、セルシオが初めて付けたものだった。

源流対策は間違っていなかった。というのも、このクルマを境にトヨタのクルマづくりが変わったように思えたからである。それだけではない。後年ジャガーのエンジニアリングセンターを訪れた際、その壁面に全バラしたレクサスの4リッターV8エンジンがディスプレイされ、口はばかることもなく、「ジャガーの新しいAJ-V8ユニットはこれを参考にした」とジャガーのエンジニアが話してくれた。それほどの影響力を持ったエンジンだったということである。セルシオ(レクサスLS400)は、世界市場において、その後の日本の自動車メーカーの立ち位置を根本から変えた名車と言ってよいと思う。

(文=中村孝仁)

初代トヨタ・セルシオ(1989年~1994年)解説

トヨタが、新設のプレミアムブランド、レクサスのフラッグシップモデルとして世に問うた「レクサスLS400」。セルシオはその“日本向け仕様車”であり、レクサス未導入の当時の日本では、「トヨタブランドにおけるオーナーカーの最上位モデル」として販売された。

開発に際しては、振動・騒音を根本から断つ「源流対策」を実践。驚異的なスムーズさを実現した4リッターV8エンジンや、高度な4輪ダブルウイッシュボーン式サスペンションとも相まって、圧倒的な静粛性と快適な乗り心地を実現していた。

ラインナップは「A仕様」「B仕様」「C仕様」の3種類で、B仕様には路面状態に応じてダンパーの硬さが変わる電子制御サスペンション「ピエゾTEMS」を装備。最上級モデルのC仕様には電子制御式エアサスペンションを採用していた。

優れた快適性と高級車にふさわしい動力性能、充実した仕様・装備、細部にまで気を配ったインテリアの仕立てなどから、レクサスLS400/トヨタ・セルシオは大ヒットを記録。欧米メーカーの高級車づくりに多大な影響を与えることとなった。

初代トヨタ・セルシオ 諸元

C仕様
乗車定員:5人
重量:1750kg
全長:4995mm
全幅:1820mm
全高:1400mm
ホイールベース:2815mm
エンジン型式:1UZ-FE
エンジン種類:V型8気筒
排気量:3968cc
最高出力:260PS/5400rpm
最大トルク:36.0kgf·m/4600rpm
サスペンション形式: (前後)ダブルウィッシュボーン式エアばね

(GAZOO編集部)