20年の眠りから目覚めた、1969年式いすゞ ベレット 1600スポーツ 2ドア セダン(PR50型)
去る12月3日、2030年代の半ばにガソリン車の新車が販売禁止になるという報道を目にした人も多いだろう。厳密にいえば、ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車という形で販売が継続される予定ではあるものの、ガソリン車はあと15年前後で新車では購入できなくなるかもしれない。このように、目に見える形で期限が区切られたことに複雑な想いを抱いたクルマ好きは少なくないだろう。
ちなみに、2020年を起点に15年前へと遡ると…西暦でいうなら2005年、元号でいうなら平成17年である。愛・地球博が開催され、日本でレクサスブランドが開業した年だ。世代によって受け止め方は異なるだろうが、決して遠い昔のことではない気がする。もしかしたら、我々が思っている以上に早く「そのとき」が訪れるのかもしれない。
そうなると、今回ご紹介するオーナーのように、半世紀も前に造られた「旧車」を所有する方たちにとっての心中は穏やかではないかもしれない。しかし、いかなる状況になろうとも、このコーナーでは愛車に対するオーナーの想いは不変であるという事実をお伝えしていきたいと思う。
「このクルマは1969年式いすゞ ベレット 1600スポーツ 2ドア セダン(PR50型)です。半年前、手に入れたばかりのクルマです。その前はいすゞ 117クーペに乗っていたんですが、インターネットでこのクルマを探していたとき、ご縁があって手に入れることができました」
いすゞ ベレット(以下、ベレット)といえば、「ベレG」の愛称でお馴染みだ。1963年に発売後、1973年まで生産され、GTRをはじめとしてさまざまなバリエーションが展開された。余談だが、このベレットこそ「GT」の名を冠した初めての日本車である。事実、当時のカタログにもこのことが明記されている点も興味深い(ちなみに「スカG」ことスカイラインGT(S54型)の登場は1965年だ)。
オーナーの個体は「2ドアセダン」。よく見ると、クーペボディとはルーフラインの形状が異なることに気づくだろう。レア度でいえばGTRの比ではないほど珍しいクルマなのだ。ちなみにボディサイズは、全長×全幅×全高:4030×1495×1390mm。エンジンは「G161型」と呼ばれる排気量1584cc、直列4気筒OHVエンジンが搭載され、最高出力は90馬力を誇る。
実は、ベレットに乗り換える前の117クーペを取材させていただいたことがある。
今回、代替にあたりオーナーからご連絡をいただき、改めて取材をお願いした。多忙な最中、仕事の合間に時間を空けていただいたオーナーには心よりお礼を申し上げたい。
さて…、とても気に入っていたはずの117クーペを手放してまで乗り換えるにはそれなりの理由があったと思うのだが…?
「インターネットでこのクルマを探していたとき、“ノスタルジック2デイズ”という旧車のイベントに出品されているのを見つけたんです。もともとはレースで使われていた個体だったそうですが、ある頃を境に行方不明になり、私や仲間内でも気に掛けていたんです。私自身“きちんとしたオーナーさんのところに嫁いで欲しいなぁ”という想いがあり、やがて“それならばいっそ、押さえて(手に入れて)おかなければダメかな…”と考えるようになったんです。ようやく117クーペが完成したところで、本当は手放したくなかったんですが、2台所有するとなると両方のクルマに情熱を注ぐことは性格的にできない。それならばベレットかな…という結論に至り、乗り換えることにしたんです」
機械である以上、定期的に動かさなければコンディションを維持することは難しい。さらに、現代のクルマのようにメンテナンスフリーとはいかないだろう。駐車スペースにも気を遣う。経済的・時間的・駐車スペースなど…。複数台の旧車を所有・維持するにはそれなりの心づもりと覚悟がいるのだ。
「ベレットに乗るなら、DOHCエンジンではなくOHVと決めていました。しかし現実にはヘタっていたり、部品がないので苦労することもあるんですね。そのため、泣く泣く手放したり、購入を諦める方も多いようです。実は私の他にもお二人の方がオーナー候補として名乗り出たそうですが、部品の入手の難しさを理由に購入を断念したそうです。しかし、私はというと、117クーペの経験もあり、何とか所有できそうだという目論みもあって決断することができました」
一大決心をして117クーペからこのベレットに乗り換えたオーナー。率直な感想は?
「このクルマのエンジンには、いすゞ純正のチューニングキットである“ハイカム”と“ハイコンプピストン”が組み込まれているんです。低回転はきついのですが、4000回転を超えたあたりから気持ちよく回りますよ。高回転志向のエンジンなので、きちんと回してあげないと調子を崩してしまいますし、私自身が“走りを楽しみたい”性格なので、クルマのキャラクターと合っていると思います。本来であれば7000回転まで回せるんですが、万一のことを考慮して6500回転に抑えています」
やはり、この種のクルマは「乗ってナンボ」だろう。
「実は高校生の頃から“クルマは乗ってナンボ”という考えがありまして…。いまでもそのことを実践しています(笑)。それと、どちらかというとクーペボディよりもセダン系が好みですね。これまでの愛車遍歴もトヨタ カリーナ1800ST~プジョー504~VWビートルタイプ1~ボルボ アマゾン~日産スカイライン(いわゆる“ハコスカ”)~マーチ スーパーターボ~プリムス バラクーダ~117クーペなど、国内外のさまざまクルマを乗り継いできました」
確かに、オーナーの愛車遍歴はどちらかというと、流麗なクーペボディよりもセダン系が多いように思う。輸入車も、ドイツ車やフランス車、アメ車などさまざまな国のクルマを所有してきた点も興味深い。
取材中に気づいたことがある。前オーナーはこの個体でサーキットを走っていたということだが、ノーマル然とした佇まいなのだ。
「確かに、以前はロールバーやカットオフスイッチなどが組み込まれていましたが、私が手に入れてからは極力、元の姿に戻している最中です。とはいえ、タコメーターが傾けてあったり、油圧や水温計などは大森製に交換されていて、しかも初期モノの機械式追加メーターが組み込まれているんです。ワタナベ製のホイールはガンメタリックにペイントして、それなりに走りを予感させる雰囲気になっていると思います」
さりげなくオーナーの好みを織り交ぜつつも、ノーマルの雰囲気を取り戻したこのベレット、気に入っているポイントを挙げてもらった。
「足まわりやハイカム&ハイコンプピストンといった、当時のいすゞ純正のチューニングキットが組み込まれている点ですね。ノーマルの外観にチューニングされたOHVエンジンが載っているところもお気に入りです。購入時にはノッキングがひどかったんですが、シングルナンバーを掲げた旧車のメンテナンスを得意とする主治医にセッティングを出してもらったんですね。その結果、乗りやすく、エンジンの調子も落ち着きました。実は、普段用にトヨタ bBを所有しているんですが、仕事の足としてベレットを使うこともあります。お客さんがこの種のクルマに理解のある方だと乗っていって、仕事のあいまにクルマ談議したりすることもあるんですよ。ときには試乗してもらったり。皆さん、遠慮されてなかなか乗ってもらえないんですが、このクルマの気持ちよさをもっとたくさんの方に知っていただきたいんです」
たとえ仕事関係であっても、うまくこの種のクルマを活用すればコミュニケーションツールとして有効な手段になりそうだ。
では最後に、今後このベレットとどのように接していきたいか尋ねてみた。
「私自身、このクルマが“アガリ”だと思っています。このベレット、いずれは20代後半に差し掛かった息子に乗り継いでもらいたいですね。2035年前後に国内で新車のガソリン車の販売を禁止する報道がありましたよね。正直、温暖化を食い止める対策としては、目先の一時凌ぎにしか思えないんです。もっと広い視野で考えられないものでしょうか…」
いまや、多くの先進国が内燃機関から電気自動車へと舵を切ろうとしている。日本もその流れに呼応するのは避けられないだろうし、この点については多くのクルマ好きも一定の理解を示しているはずだ。と同時に「将来、ガソリンエンジンのクルマ、さらには旧車と呼ばれる車種には乗れなくなってしまうのではないか?」と危惧していることも事実だ。
今回のベレットは20年の眠りから目覚め、良きオーナーと巡り逢えたおかげでふたたび日本の道を走ることができた。しかし、いまこの瞬間も、倉庫やガレージの片隅で埃を被りつつ、密かに復活のときを待ちわびている旧車が日本のあちこちに点在しているはずだ。
興味がない人たちからすれば「単に旧いクルマ」としか映らないかもしれない。しかし、この時代のクルマが現在の日本車の礎となっていることは間違いないのだ。古くなったから、壊れたからという理由で貴重なクルマをいとも簡単に葬り去る行為が当たり前になるとしたら…それはあまりにも悲しいことではないか?電気自動車、あるいは燃料電池自動車が普及する未来においても、旧車と呼ばれるクルマが存続できる「共存共栄のクルマ社会」を何とか実現してほしいものだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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