【カーライフメモリーズ ~愛⾞と家族の物語~】家族の思い出と新たな出会いを運んでくれた超極上⾞のオースチンA50ケンブリッジ
「私が⼩さい頃に叔⽗が同じ型のオースチンに乗っていて、叔⽗の⼀家とウチの家族で、いろんなところにドライブに連れて⾏ってもらっていた記憶が鮮明に残っていました」
⼦供の頃に憧れたクルマを⼤⼈になってから手に入れたいと思っても、実際はなかなか難しい。しかもそれが希少⾞となればなおさらだ。
しかし、偶然にもノンレストアで抜群に程度がいい、いわゆる“未再⽣原型⾞"の状態で憧れだったクルマを⼿に入れ、⼤事に乗り続けている⽅がいる。
それが今回ご紹介する岡 健さん(65才)だ。主役の愛⾞はオースチンA50ケンブリッジ・デラックス(1959年式)である。
「オースチンは私がクルマ好きになった原点なんです。あの頃、叔⽗や⽗親が運転している様子を後部座席から見て、運転の技術を覚えました。当時の我が家のクルマは3速のブルーバードなどでしたが、叔父のオースチンは4速の1500ccだったので、山にドライブにいくとオースチンのほうが圧倒的にラクに速く登るんですよ。それから、普通はキーをひねるとセルが回るのに、オースチンはスターターが別になっていて、そういうのも『あーおもしろいな』って覚えていましたね」と、幼少期の岡さんに強烈な印象を与えていたことがうかがえる。
「『いつかオースチンを⾃分で運転したい』とずっと思っていましたが、絶対数が少ないし⼿に⼊るとは思っていなかったんですよ。ところが 10 年ほど前、所属していたクラブを通して引き取り手を探していたオースチンを⾒に⾏く機会があり『まだこんな個体があったのか!』と驚くほどコンディションの良い状態に一瞬で心が決まり、すぐに譲っていただきました」
オースチンA50ケンブリッジは⽇産が1955年から生産していた4気筒1500ccの⼩型⾃動⾞。もともとはイギリスの⾃動⾞メーカーBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)が販売していた車両の部品を輸⼊して国内で組み⽴てるノックダウン生産からスタートし、最終的には完全国産化して生産販売していたという希少なモデルだ。
「このクルマはもともと前オーナーのお⽗さんが新⾞で購⼊して、その後も息⼦さんが引き継いで乗っておられたそうなのですが、ずっとシャッター付きガレージ保管だった上に、前オーナーのお父さんは遠出する時にわざわざ地元のタクシー運転⼿に運転を頼んでクルマが傷まないように気を遣われていたというほど⼤事にされていたそうです。実際その頃の初任給から換算すると新車で1000万円オーバーの超高級車ですから、大切に乗られていたのも頷けます。20年以上かかさず整備工場で6ヶ月点検サービスを受けてきた整備記録簿まで残っていましたし、備え付けの時計やラジオの取説や保証書、それにオリジナルキーまですべて揃っている大変貴重な状態でした」と岡さん。
実際、外装は多少の傷はあるもののボディカラーは塗り替えられることなく当時のまま。ナンバープレートも、地名が⼊らない東京のシングルナンバーというとても貴重なもの。
今では入手するのが難しいオースチン特有のサイドミラーや『フライングA』のボンネットマスコットも健在だ。
また車内も同様で、カーペット下のフロアにはサビが一切なく、内張りのゴム類も未だに弾⼒が残っている極上状態。オリジナルの内装を保ちつつ、レストアついでに前席シートのスポンジを仕様変更したり、安全性を高めるために3点式シートベルトを追加したり、ETCを装着したりと、現役でも問題なく乗れる工夫もされていた。
日産の主力エンジン『ストーン・エンジン』の源流となった1500ccの1H型エンジンが搭載されたエンジンルームも、昨今の気温の上昇によるオーバーヒート対策として岡さんが電動ファンを追加したくらいという。ちなみに初期型の出力は50psだったが、岡さんが所有する最終モデルは57psを発揮する。
「毎週エンジンをかけて乗っていますが、⾮常に快調です。燃費はリッター10km/hくらいかな。サードギアの守備範囲が広いので、街中も楽だし⾮常に快適です。運転姿勢も座⾯が⾼いし視界がいい。クッションも疲れにくいしソファーに腰掛けているような形で運転できるんです」と、とても気に⼊っていることが伺える。
ただ、これだけの希少⾞となると部品がないなど維持する上での苦労も絶えないのではないか?
「もともと英国⾞なので向こうの旧⾞クラブがあって、維持するために必要な部品はそちらに発注すればだいたい⼿に⼊るんですよ。それに国内でもダットサンのパーツはオースチンを元に作られているので共通部分が多いんです。むしろ当時のナンバーを維持し続けることだったり、出先でイタズラされないように⼼がけたりすることのほうが大変かな」 と、意外にも苦労しているのは部品以外のことだった。
学生時代は自動車部に所属していたという岡さんは、日常メンテナンスもご自身で行うそうで「昔のクルマって当時は“保守点検は自分でやりなさい”ってスタイルじゃないですか。今は使っていませんが実際このクルマにも立派な工具箱が日産純正で付属されていますしね。私は旧車を維持するなら自分で最低限いじれる必要があると考えています」とのこと。
その純正工具箱を見せていただくと、日産純正のドライバーやモンキーレンチ、プライヤーにエアゲージだけでなく、シックスネスゲージや指定のグリスアップ箇所対策でグリスガンまでセットになっているのだからビックリだ。
ところで岡さんは、オースチンの他に1990年から5年間サンフランシスコに駐在していた時期に購⼊した左ハンドルのフェアレディ(SRL311)も現役で所有。日本に帰国後は全⽇本ダットサン会に所属して精⼒的に活動し、現在も顧問としての顔を持つ。そして岡さんはこのクラブに所属したことで、ご⾃⾝のスキルの幅も⼤きく広がったという。
「⼤所帯のクラブなので、イベント出動や映画撮影⽤のオファーなど、いろんな相談が届きます。そこでイベント企画の段取りやトークショーやインタビュアーをやったりと、このクルマを持つことで⾃分が今まで踏み込んでこなかった世界に踏み込めたし、できることも随分広がったと思います。それに仕事と趣味って、関係ないようで相互関連があると思うんです。私はこの趣味のおかげで集中⼒や段取りのノウハウもアップしましたし、⼈間関係が広がっておもしろくなりました。⾮常にありがたいと思っています」
実際、岡さんのオースチンはこの 10 年の間に NHK や東宝などテレビや映画のオファーを何度も受けているそうで、こういった経験も希少⾞を所有する醍醐味のひとつと⾔えるかもしれない。
家族の思い出をきっかけに⼿に⼊れた愛⾞が、普通に⽣活しているだけでは繋がることのない新たな出会いも与えてくれたというわけだ。
そんな充実した⽇々を送る岡さん、このオースチンは最後まで乗り続けるという。
「この年代のクルマとしては完成度が⾼いところがとても気に⼊っています。ハンドルのデザインだったりメーター類や時計の位置、スイッチのノブの形などのインテリアも洗練されていて、ちょっとした仕掛けやデザインにもお⾦をかけているのがわかりますから。片手でも差し込みやすいように工夫されたドアのカギ穴や、トランクにゴルフバックを積んだままでもスペアタイヤに交換できる(車体下に取り付けられていてクランク棒でネジを回すと降りてくる仕組み)という英国車らしい心遣いなんかも気に入っています。それにフェアレディと⽐べるとオースチンは乗るのが楽だし全然疲れないんですよね。希少価値もあるし、年齢を考えるとフェアレディを⼿放すことはあってもオースチンだけは最後まで乗り続けるつもりです」
「念じて待っていれば向こうから来るもんだ」と語る岡さんは、家族との思い出が詰まった⼦供の頃からの憧れのクルマを最⾼の形で⼿に⼊れた。そして⽣涯の相棒としてオーナーの⼈⽣を彩り続けてゆくだろう。
エンジン音を動画でチェック!
(⽂: ⻄本尚恵 / 撮影: ⼟屋勇⼈)
[ガズー編集部]
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