解体屋で学んだ知識と技術で快調さを保ち続けるブルーバード(P510)
メカ好きなら「分解したのはいいけれど、もとに戻せなくなってしまって困った」という体験をしたことがある人も少なくないのではないだろうか?
幼い頃から親戚の解体屋さんで自動車の解体に慣れ親しんできたという高橋信行さんは「叔父さんの仕事場でよく遊んでいて、その仕事風景を見ながら育ちました。だから昔からバラすのはお手の物でしたけど、このクルマに乗るために『あとで組めるようにバラす』ということを覚えましたね」と笑う。
「解体屋に持ち込まれるのはだいたい新車から10年落ちくらいのクルマが多かったんですが、仕事を手伝う中でほんとにいろんな車種を体験させてもらいましたね。当時のトヨタ車はアメ車の影響を受けていて派手で見栄えがよかったですけど、日産車の方が平凡なる非凡で、自分はそれが好きでした。でも、ハコスカは重たくてあまり好みじゃなかったんですよね」と当時を振り返る。
そんな中でも軽量でよく走るブルーバードの性能に魅了され「免許を取る前からいつかはブルーバードに乗る!」と決めていたという高橋さん。
「ほんとうは4ドアが欲しくてずーっと探していたんだけど、いい個体がなかなか出てこなくてね。そんなときに、お世話になっていた車屋さんからこの2ドアクーペの情報が入ってきて、見に行ってみることになりました。解体屋でブルーバードの腐りやすいところなどの弱点はよく学んでいましたから、実際にクルマを見ながらそういう部分をチェックしてみたところ、すごく良い状態でね。少しも悩むことなく購入しました」
多くのクルマに触れながら状態を見定める目を養ってきた高橋さんが、欲しかったモデルではなかったにも関わらず即決したというから、どれだけこの個体の状態が良かったかを察することができる。
また、もしも17年前に訪れたこの機会を逃していたら、高橋さんは今でもブルーバードを探し続けていたかもしれない。
これが高橋さんとブルーバードの運命の出会いの瞬間だった。
日産の大衆車として発売されたブルーバードは、乗用車としてはもちろんタクシーからレース車両までさまざまな用途で活躍。2ドアと4ドアのセダン、ワゴンやバンなどラインアップも豊富で、安くて高性能だったことから『プアマンズBMW』などと呼ばれることもある。
なかでも1600ccのL型エンジンを搭載したスポーツモデルが『SSS(スーパー・スポーツ・セダン)』。サファリラリーで優勝したことなどもあり、日本国内はもちろん海外での人気も高いモデルだ。
「いつか自分がブルーバードに乗る日のために、免許を取得してからも、自分の愛車はもちろん、知人のクルマなどにも触れる機会を通じて、メンテナンスや部品交換など『ブルーバードを維持管理するために必要な知識と技術』を学んでいきました」
使い込まれたものから新しいものまで、必要に応じて少しずつ増えていったのであろう工具たちが一緒に詰め込まれた工具箱からも、その整備歴の長さが感じられる。
「クーペってボディカラーが白のイメージが強くて、このグリーンはなかなか珍しいと思います。自分のイメージですけど、なぜか希少カラーのクルマはアタリが多い気がするんですよね」
残されていた整備記録簿によると、最初の持ち主は法人登録で、10数年間で約12万kmを走行。そのまま1桁ナンバーを受け継いだ2人のオーナーを経て、高橋さんのもとにやってきたのはトリップメーターが16万kmほどまで進んでいたという。
「法人所有だった頃はディーラーで半年点検まで受けながら屋根付き駐車場で保管されていたようですが、おそらく前オーナーがハイカムを入れたのが原因でまともにアイドリングもしない状態になってしまい、そのまましばらく放置されていたみたいです。なんとか積載車に乗せて引き取ってきて、純正カムに戻したりキャブ調整を繰り返したりと整備をして、快調さを取り戻しました」
ちなみに高橋さんのお気に入りポイントはダッシュボード。
「前期はステンレスで、それが好きだというファンも多いみたいですが、僕は中期型のこのダッシュボードが好きなんです。だから、たまたまこの中期型に巡り合えたのはラッキーでしたね」と笑顔を見せる。
いっぽうで「サイズやデザインなどを考慮するとホイールの選択肢は意外に少ないので、今は定番のワタナベ8スポークを履かせています。純正ホイールとホイールキャップは高くて手が出せないけど、ほんとうはもう少し細いタイヤを履かせたほうが、ステアリング操作が軽くていいんですよね」と、まだ満足の域に達していない部分もありそうだ。
エンジンは購入時から1600ccから1800ccに載せ換えられていたものの、車検証の記載が変更されていなかったため、自分で必要書類を作成して公認車検を取得。
キャブレターも純正とおなじSUキャブだけれど、「こっちのほうが調整や整備がしやすいんですよ」と、後継モデルのP610などに使用されている改良版に交換済み。流用可能なパーツに関する豊富な知識がしっかりと活かされている。
「生産廃止になった部品は、ほかの車種やメーカーの似たようなパーツを流用したり、ホームセンターで使えそうなパーツを探したりと、解体屋の頃の経験は今でもすごく役立っていますね」と笑う。
ちなみに、ブルーバードのチョークワイヤーが切れてしまった時には他車種用のトランクワイヤーを流用し、固定するための部品はホームセンターで仕入れたという。
ミッションも購入後に載せ換えていて、さらに予備ももう1機持っているという。
「みんな5速ミッションを載せたがるので、4速ミッションは程度のいいものが手に入りやすかったんだよね。理想はファイナルギアを変更してもう少し高速仕様にしたいけれど、街乗りはけっこう楽しいんですよ」と高橋さん。
実際に助手席に乗せていただいてみると、コンパクトなボディサイズで狭い路地もスイスイと走り抜けることができるし、1トンを切る車重に対して1800ccのエンジンが搭載されていることもあり、軽快な加速感でキビキビとよく走る。古いクルマだからとナメてかかったら、返り討ちにあうのは間違いないだろう。
そんな快調さを保っていられるのも、高橋さんの技術と知識があってこそ。なにしろ、ミッションの換装から鈑金塗装まで「このブルーバードで手をつけていないのはガラス外しくらいかな」と、すべての作業を自分でやってしまうというのだ。
愛車が納められ整備なども行えるスペースを持つこの建物も、高橋さんが父親と一緒にふたりで建てたというのだからすごい!
エアコンプレッサーやフロアジャッキなど、整備に必要な道具も一式揃えられている。
たとえば、助手席側のリヤクォーター近辺は、高橋さんが鈑金塗装で修正した部分だという。
ちなみに、高橋さんの職業は「好きなことを仕事にすると嫌いになってしまいそうだったので」ということで、クルマ関連ではない。
「クルマは熟成のさせ方によって、おいしくもなるし、まずくもなると思うんです。ほったらかしすぎると腐ってしまうし、やりすぎて普段乗れない仕様になってしまうのも自分としては好きじゃない。気兼ねなく普段から快適に乗れる愛車がいいんですよね」と笑う高橋さん。
現在の走行距離はすでに25万kmを超えているが、トランクに積んだ愛用の工具を使って調子が悪いところを修理しながら、まだまだ走行距離は伸びていくに違いない。
エンジン音を動画でチェック!
(⽂: ⻄本尚恵 / 撮影: 土屋勇人)
[ガズー編集部]
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