26歳のオーナー兼主治医曰く「大切な存在だけど大事には扱わない」1988年式日産 サニートラック ロング(L-GB122型)
「旧車」。いわずもがな、古いクルマのことを意味する。
旧車の定義について気になって調べてみたのだが、少なくとも日本では「これ」といった基準や決まりは明確に定まっていないらしい。
とはいえ、今回取材が実現したクルマは、少なくとも「旧車」の枠に収まる1台だろう。
「旧車」という先入観を持って接してしまうと、何かと気を遣う。いや、正確にいうと「遣ってしまいがち」になる。いわゆる「過保護」というやつだ。その一例として、水温計の針が動き出すまで暖機運転は必須、最低でも半月に1度は乗る、雨の日は乗らない、錆びるから洗車はしない…などなど。それぞれのオーナーに考え方や譲れない基準がある。
いずれもオーナーの深い愛情表現ゆえの行為なのだが、労ってもらえるクルマの方はともかく、付き合わされる人がいるとしたらたまったものではないだろう(苦笑)。
今回、取材したオーナーはまだ20代半ば。1997年生まれとのことだ。1988年生産の愛車の方が年上ということになる。目の前にいる青年は、20代半ばとは思えないほどの落ち着きを放ち、自然とこちらの緊張をほぐしてくれるような優しい眼差しが印象的だ。まずは、自己紹介と愛車について伺った。
「このクルマは1988年式日産 サニートラック ロング(L-GB122型/以下、サニトラ)です。丸目の最終型である“中期モデルのロングボディ”にこだわって探して手に入れました。現在の走行距離は…メーターが10万キロで1周してしまうので、おそらく11万5千キロくらいだと思います。手に入れてから3年間で3万キロほど乗りました。
私は1997年生まれの26歳です。サニトラは1988年式なので、9歳年上です。仕事はクルマのメカニックなので、サニトラの“オーナー兼メカニック”ということになります」
サニトラは、初代(B20型)が1967年に発売開始、その後、モデルチェンジを経て日本国内では1994年まで生産されていたロングセラーモデルだ。オーナーが所有する2代目となるサニトラは1971年から生産され、ボディサイズは、全長×全幅×全高:3845(ロングは4140)×1495×1395mm。排気量1171cc、名機と呼ばれる直列4気筒OHV「A12型」エンジンを搭載する。ロングボディの車両重量は720kg、最大積載量は500kgだ。
オーナーのコメントにもあったとおり、丸目ヘッドライトの最終モデルの『中期型』であり、翌1989年からは角目の『後期型』となる。サニトラのカスタムでは角目を丸目に変更するのが定番のようだが、オーナーの個体は正真正銘、オリジナルの状態で丸目ヘッドライトだ。
この若きオーナーがなぜサニトラに興味を持ったのか?取材としてはもちろんのこと、個人的にも気になって仕方がない。そのきっかけ、「原体験」について尋ねてみた。
「たしか私が小学校3、4年生の頃だと思うんですが、自宅の裏が工務店で、そのお店でサニトラを使っていたんですね。一緒にいた父親に“あのクルマなに?”と尋ねたら『あれはサニートラックだ』と。そして『よく回るいいエンジンが載ってるんだぞ』と教えてくれたんです。しかも、父が若いときにアルバイトしていたガソリンスタンドでも配達用のクルマとして乗っていたらしいんですね。ウチの家系はトヨタ車ばかりで、日産車は乗らないので、当時はサニトラのことを知りませんでした。振りかえってみると、おそらくはこのときがサニトラを知った原体験だと思います」
オーナー曰く、このときはサニトラにそれほど興味を抱かなかったという。
「もともとクルマは好きでしたが、当時はどちらかというと、スープラのようなレースにも出場している速いクルマが好きでしたね。好みが変わってきたのは高校生くらいのときです。隣町で旧車のイベントがあり、自転車をこいで観に行きました。当時、主に乗っていたクロスバイクで行きましたが、このときも自転車を複数台所有していたので、自分でバラしては組んで遊んでいました」
オーナーによると、高校生の頃に乗っていたクロスバイクで片道200キロはあるとある海岸まで自転車で出かけたこともあるそうだ。また、クロスバイクを手に入れていったんバラし、ロードバイク仕様にカスタムしたり、あまった部品で友人に自転車を造ってあげたり…と、オーナーがメカニックという仕事に就く素地はこの時点で整っていたのかもしれない。そして現在も、クルマだけでなく、ホンダのカブなどを数台所有しているという。18歳になり、運転免許を取得し、クルマを手に入れることも自然な流れといえるだろう。
「サニトラが欲しいという想いはありましたが、さすがに18歳になって運転免許を取得してからすぐには買えませんでした。なぜなら、今から8年前の時点でサニトラは高値がついていたからです。とはいえ、クルマが必要だったので親に購入資金を少し援助してもらったんですが、友だちも乗せて4人で出掛けられるクルマの方がいいだろうから、2人乗りのサニトラはダメだといわれてしまいました。結局、最初の愛車はスズキ アルトワークスとなりました。
それから社会人になって数年経った頃、いろいろありしんどい時期があったんです。そのときにはお金もある程度貯まっていたので、サニトラを買うか、ガレージでクルマいじりでもしようと思い立ったんです。狙うは“中期モデルのロングボディ”。いわゆる丸目の最終モデルなんですが、程度の良い個体がなかなか見つからなくて…。30年以上も前のクルマですし、ボロボロに朽ち果てているか、あちこち手が加えられていてその分高いという状況でした」
オーナーには無礼を承知で書き連ねてしまうと、サニトラ自体、後世に残りにくいクルマであることは確かだ。道具として酷使され、役目を終えた時点で廃車にされる運命をたどる個体が大多数だろう。いわゆる「極上車」は仲間内などで取引きされるから市場にはなかなか出まわってこない。反対にコンディションがよいとはいえない個体は、スクラップか部品取り車となっていく。
このように、両極端に位置する個体が多く、売り物として成立する個体が市場に出まわることは少ないようだ。これはサニトラ以外のクルマでもあてはまりそうなモデルがあるように思う。それでもオーナーは根気強く希望のサニトラを探したのだ。
「“中期モデルのロングボディのサニトラ”を手に入れるために、ひまさえあればカーセンサーWebの新着情報をチェックしていましたね。そうしたらついに見つけたんです。新着情報として売りに出されたばかりの個体、それが現在の愛車です。すぐにお店に連絡を取り、翌日に実車を見に行くと伝えました」
オーナーの住まいから少し距離がある販売店で売りに出されたサニトラ。待ちきれず翌日の「朝イチ」に訪れ、店舗の人たちを驚かせたそうだ。
「実車を観てみると、外装のコンディションはまずまず。錆びている箇所もあるけれど希望どおり“中期モデルのロングボディのサニトラ”だし、シートも貼り替えているし、ちょっと高いなと思ったんですが、その場で即決しました。シートの貼り替えだけでもそれなりの出費になりますし、またいつ条件に合致する個体が出てくるか分かりませんから。お店の人からは『古いクルマだから壊れるよ』といわれたのですが、自分がクルマのメカニックの仕事をしていることを伝えると、それならば大丈夫だろうと思って売ってくれたみたいです」
こういってはナンだが、販売店にしてみれば「売りっぱなし」にすることもできる。きちんと壊れる確率が高いクルマであることを伝えてくれたあたり、良心的なお店だったのかもしれない。しかも、不思議な偶然を感じさせるできごとがあったそうだ。
「商談はあっという間に終わって、お店のご夫婦と世間話をしていたら、ご主人のお嬢さんが、私が通っていた接骨院に勤めていた時期があったり、住んでいたところも隣町だったり…世の中狭いなと感じましたね。サニトラを納車するときはガレージまで持ってきてくれたんですが『娘に会いに行くついでだから』と、納車費用をサービスしてくれたんです」
ようやく念願のサニトラを手に入れたオーナーの、これまでの愛車遍歴を伺ってみた。
「最初の愛車でもあるスズキ アルトワークスなんですが、少し前まで所有していましたが事故で廃車に……。アルトワークスを所有していたとき、父親名義のダイハツ ハイゼットを借りて乗っていた時期もありました。ただ、クーラーもパワステもない仕様だったので、ミラ(L250S型)の5速MTに乗り替えましたが、シングルカム仕様でめちゃくちゃ遅くて。そこでアトレーが安く買えたので乗り替えました。見た目がボロすぎて警察に職務質問されたこともあって(苦笑)、ミラジーノに乗り替えて不具合を修理して、きれいに仕上げたところで手放しました。
現在はサニトラと、ボロボロのジープ(部品取り車も込み)を手に入れたのでこれからゆっくり仕上げていこうと思っています。あと、仲間内でボロボロのユーノスロードスターを手に入れたので、こちらも友人たちときれいに仕上げるべく、少しずつ作業を進めているところです」
お気づきのように、オーナーは、新車はもちろんのこと、中古車販売店でクルマを購入して乗りまわすタイプ…というより、どちらかというと売り物にならない(失礼)個体を手に入れ、自らビシッと仕上げてリリースしているタイプかもしれない。
そんなオーナーにも実は気になっているクルマがあるという。
「いすゞの117クーペですね。このクルマのフォルムが好きで。私にとっては特別なクルマなんですが、サニトラもあるし、憧れのままで終わりそうです。あとは310型サニークーペにも魅力を感じます」
オーナーよりも9歳年上のサニトラにすっかり魅了されているようだが、気に入っているポイントを挙げてもらった。
「リアからの眺めですね。斜め後ろから見たときのボディサイドの1本のプレスラインがサニトラの造形美を引き立たせてくれているように感じます」
このサニトラの「オーナー兼主治医」でもあるわけだが、自身で心掛けていることがあるという。
「サニトラらしく、できるだけ特別扱いしないこと、ですね。エアコンレスなので通勤には使いませんが、仕事から帰って来てドライブしたり、自分や仲間のクルマやバイクの部品をネットオークションなどで落札してこのクルマで引き取りに行ったり。
このサニトラで部品を引き取りに行くと喜んでもらえることが多いんです。その場で相手の方と意気投合して、クルマやバイク談義してしまうこともよくあります(笑)。ただ、雨の日は乗らないようにしています。年数が経っているクルマなので錆びやすいんです。なので、ガレージ保管であることと、雨の日には乗らないので汚れない分、洗車をする回数も少なくて済みますし」
オーナーのガレージの周囲は民家が少なく、同世代の友人が集い、クルマいじりを楽しんでいるという。そんな仲間たちのカーライフについても伺ってみた。
「1997年というと、その時点でスカイラインGT-RはR33型、RX-7(FD3S型)もモデル後半ですよね。私たちが物心ついたときには、憧れの存在となるはずのスポーツカーが軒並み生産終了していった時期と重なるんです。大人になったとき、憧れを現実にするための存在がない代わりに、父親が乗っていたクルマの話を聞いたりして、高くて壊れるのを承知でS13型シルビアとか、R31型スカイラインを手に入れたりするんです。私も、生まれた年代があと5年後だったら、サニトラを買っていなかったかもしれません」
そうなのだ。1997年生まれのオーナーや同世代の仲間たちは、1980年代の国産スポーツカーの盛りあがりや、R32GT-Rをはじめとする280馬力国産スポーツの全盛期をリアルタイムで体験していない。インターネットや親世代などから知識や情報を得て「後追い」で知ることとなる。いま、物心がつきはじめた子どもたちは10年後にどうなっているのだろうか……。
それと……ちょっと余計なことだが、同世代の女子ウケはどうなのだろうか?
「うるさい・乗り心地悪い・汚い・ボロい・エアコンない。さらには『スリッパみたい』といわれています(苦笑)」
予想どおりというか、何というか…。いくらなんでも「スリッパ」はあんまりのような気がする(苦笑)。
最後に、このサニトラとどう接していきたいのか伺ってみた。
「それっぽい表現だと“大切な存在ですけれど、大事には扱わない”というところでしょうか。幸い、壊れても部品はまだまだ出ますし、自分で直せますから。古いクルマとして特別扱いせず、普通にサニトラらしい使い方・乗り方をしていくと思います」
「大切な存在ですけれど、大事には扱わない」。
この「メリハリ」こそが、古いクルマに乗る極意のひとつかもしれない。機械としては特別扱いせずにガンガン使う。多少、傷がついたり、塗装に艶がないくらいがサニトラらしいともいえる(道具として生き生きと映る、という意味で)。
しかし、古いクルマである以上、錆は大敵だ。経年劣化による「ヤレ」は避けようもないが、オーナー自らわざわざこのクルマの寿命を早める必要もないのだ。「オーナー兼主治医」として、誰よりもサニトラのコンディションを把握し、一見雑に見えて、実は愛情深くサニトラと接していることが伝わってくる。アメとムチのサジ加減、クルマとの距離のとりかたは実に絶妙だ。
サニトラや他のクルマやバイクの修理などで得たノウハウを、本業であるメカニックの仕事に反映させているのだろう。また、その逆もありそうだ。オーナー自らクルマと真剣かつ真摯に向き合い(…といってもオーナー自身はいたって自然体だが)、血となり肉としてきたからこそ語れる言葉がある。もしかしたら、それは結果論かもしれない。しかし、実体験から発せられる言葉には重みがあり、同時に説得力がある。インタビューを通じて、オーナーの信念のような想いが伝わってきた。
今回、いつしか忘れかけていたクルマとの接し方を、改めてオーナーに教えてもらった気がする。そのことに気づかせてくれたオーナーに対して、この場をお借りして心よりお礼を申し上げたい。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき / 取材協力: Garage, Café and BAR monocoque)
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