人生初の愛車とともに20年!1983年式トヨタ スプリンター トレノ GT APEX(AE86型)
この記事に興味を示してくださる方であればご存知かもしれないが、昨今の国産旧車・ネオクラシックカーに対する過熱ぶりはすさまじいものがある。
いま、90年代の国産スポーツカーを購入できたとして、かつてのように「納車されたらステアリングを交換して、そのあとにマフラーとホイール、それからエアクリーナーとコンピューター・・・」といった具合に、気軽にモディファイできる雰囲気ではなくなってきているようにも思える。
これはあくまでも肌感覚だが、日に日に「フルオリジナルが是」という傾向が強くなってきている気がするのだ。いまや、多くの国産旧車・ネオクラシックカーが「モディファイして楽しむ」から「保存や保護(悲しいかな投資を含めた)」の対象として変化しつつあるのかもしれない。
しかし、今回のオーナーはそんな世間の過熱ぶりとは無縁だ。既に20年以上、純粋に愛車のため、そして、クルマという1台の工業製品がオーナーよりも長生きするために心血を注ぎ続けているからだ。
今回は、多くのクルマ好きが驚き、共感してくれるに違いない、貴重な「1型のAE86トレノGT APEX(ほぼノーマル)」とそのオーナーのエピソードをご紹介したい。
「このクルマは1983年式トヨタ スプリンター トレノ GT APEX(AE86型/以下、トレノ)です。前期型のなかでも「1型」と呼ばれる初期のモデルです。手に入れてから今年で20年目に入りました。現在の走行距離は約14万キロ、私が所有してからはおよそ4万キロ乗りました」
もはや世界共通語として成立しつつある「ハチロク(Hachiroku)」ことAE86型カローラレビンおよびスプリンタートレノ。
カローラ レビンおよびスプリンター トレノは、それぞれ「2ドアクーペ」および「3ドアハッチバック」が用意された。現役当時、人気があったのはレビンの方で、実際の販売台数も倍近く売れている。
両車の人気が逆転したのは、いうまでもなく「頭文字D」の影響が大きいだろう。オーナーの個体も、頭文字Dの劇用車として活躍したいわゆる「パンダトレノ」と同じ仕様だ。
そんなトレノのボディサイズは、全長×全幅×全高:4205x1625x1335mm。駆動方式はFR。「4A-GE型」と呼ばれる排気量1587cc、直列4気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力は130馬力を誇る。
このトレノとは20年の付き合いになるというオーナー。このクルマに興味を持ったきっかけもやはり・・・?
「頭文字Dです(笑)。たしか、テレビアニメの再放送だったと記憶しています。ただ、このときは興味を持ったというくらいで・・・。
それから数年後、インターネットオークションでたまたまこの個体が出品されているのを見つけたんです。フルノーマルで、メンテナンスもしっかりしていそうな印象を持ったのでピンときたんですね。
長野県の方が出品されていて、さっそく都合をつけて、住まいがある横浜から松本まで電車に乗って観に行きました。現車確認をして、即決して乗って帰ってきてしまったんです(笑)。誰にも相談せずに決めて乗って帰ってきたので、いきなり車庫に現れたハチロクに家族がびっくりしていました(笑)」
いまほど過熱していないとはいえ、つねに高い人気を誇るハチロク、しかも頭文字Dと同じ仕様のフルノーマル車を見初めたとは・・・。やはり、相当な激戦を勝ち抜いたのだろうか?
「このとき、問い合わせは何件かあったようですが、出品者の方によると早い者勝ちだったみたいで・・・。たまたま私が最初に問い合わせをしたとのことで、実車を観る機会に恵まれたんです。ちょっとタイミングがずれていたら手に入れることはできなかったと思いますね。運命の出会いだったというか」
20年前であっても、探してすぐに見つかるとは限らない仕様だ。オーナーのいうとおり、まさに運命の巡り合わせで出会った愛車なのだろう。オーナーがこのトレノを手に入れるまでの愛車遍歴を伺ってみてた。
「実は初めての愛車がこのトレノなんです。それまでは父親が所有していたホンダ アコードインスパイアやトヨタ イストを借りて乗っていましたから。イストは譲り受けましたが、自分で購入したクルマはトレノだけなんです」
初めての愛車がAE86・・・。手に入れた時点で既に20年落ちだ。それなりに苦労があったのではないかと思うのだが・・・?
「ボディの状態は良かったのですが、内外装のコンディションは年式相応だったので、専門店に預けてレストアしてもらいました。古いクルマだけに、あちこちが壊れましたね。出先でエンジンがかからなくなったり、走行中に急にエンジンがストールしたり、ブレーキが効かなくなったこともありました」
ここが運命の別れ道だ。憧れだけで旧車・ネオクラシックカーを手に入れると、トラブル続きで嫌気が差して手放してしまうケースも少なくない。しかし、オーナーは違った。挫折するどころか、最近の表現で例えるなら「ハチロク沼(しかも底なし?)」にハマっていったのだ。
「愛車だけに、自分自身で治したいし、面倒を看てあげたいなと思うようになったんです。そこでネットオークションで整備書をはじめとする専門書を入手して、独学でクルマのことを勉強しました。少しずつ工具も揃えていって、メンテナンスできる領域が広がっていきましたね。そのおかげでクルマの構造にも詳しくなりました。
重整備はディーラーにお願いすることもありますが、メンテナンスは基本的に自分でできますよ。車検も自分で通していますし。20年くらい前は純正部品も手に入るものが多かったので、ストックはそれなりにあります。その気になればもう1台ハチロクが造れるくらいにストックしてあります。自宅の1部屋がトレノの部品で埋もれています(笑)」
ハチロクであれば、各地に精通したプロフェッショナルがいるだろう。愛車を託せばしっかりとメンテナンスしてくれるはずだ。しかし、自分の愛車でありながら、コンディションを把握しているのは主治医で、オーナーは所有車兼ドライバーという位置付けになってしまう。オーナーのように愛車のすべてを把握しておきたいという姿勢にはただただ頭が下がる思いだ。
実はオーナーは、よくあるクルマ好きとは一線を画す方でもある。
「平成19年に運転免許に関する法改正があったんですね。トラックに中型免許が加わることで、大型の免許を取得する際のハードルが上がるなと思ったんです。それならば大型免許を取得してしまおうと思ったんですね」
オーナーは教習所には通わずいわゆる「1発免許」でチャレンジを繰り返したという。
「大型1種は非公認の練習場で12回練習して、1発試験の5回目でようやく合格することができました。そうなると次はけん引一種、その次は大特一種。次は2種の欄が空いていることが気になり、普通2種、中型2種、大特2種、けん引2種まで合格することができたんです。
今度はバイクの欄が空いていることが気になり、普通2輪、それから大型2輪と・・・練習と1発試験を繰り返し、ようやくコンプリートすることができたんです(笑)。最初の大型一種を突破したのが5月の連休明け、最後の大型2輪を突破したのがその年の年末でした」
まさかと思ったら・・・たしかに運転免許コンプリートである。オーナーの許可をいただき、その証拠となる部分の撮影および記事に掲載することにした。オーナーの努力の結晶をここにご紹介したい。
●練習開始:2/13~
- 大型一種(5/11取得):練習12回/試験5回/費用98,150円
- けん引一種(6/29取得):練習8回/試験2回/費用58,850円
- 大特一種(7/4取得):練習0回/試験3回/費用15,450円
- 大特二種(7/17取得):練習0回/試験1回/費用6,250円
- 普通二種AT(8/16取得):練習2回/試験5回/費用77,250円
- けん引二種(8/17取得):練習1回/試験2回/費用16,850円
- 中型二種(9/13取得):練習9回/試験7回/費用114,550円
- 小型二輪AT(10/24取得):練習1回/試験1回/費用22,150円
- 大型二種(11/21取得):練習6回/試験4回/費用77,950円
- 大型二輪(12/27取得):練習18回/試験6回/費用93,750円
●合計:練習57回/試験36回/費用581,200円
「平日にも休みがある仕事なので、空いた時間を見つけては試験場へ。もはや趣味ですね。短期間のうちに試験場に通い詰めたので、職員の方に顔を覚えられていましたし(笑)。そのうち『また来たのか』といわれるようになり、『次はどれを取るんだ』なんて聞かれて、最後に全部埋まったときには『やったな!』といってもらえましたね」
断っておくが、オーナーの仕事はまったく別であり、自動車関連業ではない。趣味・・・だとしてもここまで極められる方はごく少数だろう。こうしてありとあらゆるクルマを運転できる資格を得たわけだが、お気に入りのカテゴリーはあるのだろうか?
「いちばん楽しいのは大型バスですね。独特の車両感覚が必要になりますし、大きなバスを自分が運転しているんだという感覚が味わえますから。自宅に広い敷地があり、さらにバスを所有できるなら乗り回したいくらいです」
そろそろ話をトレノに戻そう(笑)。まさに「溺愛」しているトレノ、大切に乗られていることがクルマをとおしてひしひしと伝わってくるのだ。
「仕事が休みの日にドライブしたり・・・と、街乗りがメインです。雨の日は乗らないようにしていますし、水洗車もしません。コーティングしたボディを拭くだけです。ハチロクって錆びやすいんです。駐車場は地下の車庫に保管しています。ボディカバーを被せるとカバー傷がつくのでそのままの状態で保管です。紫外線をあてないようにガラス全面に透明のUVカットフィルムを貼ってあります」
ハチロクというと、チューニングされている個体が少なくないのだが、オーナーはというと・・・。
「可能な限り、ノーマル仕様にこだわっています。マフラーとエキマニは純正部品が製造廃止となり、ボロボロになってきて穴が開きそうな状態だったので・・・。フジツボ製に交換しました。あとはホイールをワタナベ製に交換してあります。"あの豆腐店"のステッカーは貼りませんけれど(笑)」
可能な限りノーマル仕様を維持しつつ、その雰囲気を崩さないようにモディファイが施されているようだ。
「本来であればGT APEXはデジタルメーターのはずなんですが、この個体にはGTV用のアナログメーターが装着されていました。
私がオーナーになってモディファイしたのは、外装のレストア、内装の交換、フジツボ製のマフラーとエキマニ、ワタナベ製のホイール、フォグランプ、Defi製の3連メーター、pivot製デジタルスピードメーター、ETC、前後ドライブレコーダー、デジタルミラー、レーダー探知機、ハイマウントストップランプ、TPMS(タイヤ空気圧検知機)、キーレスエントリー、ヘッドライトとフォグランプを除いた灯火類のフルLED化など、安全装備や快適装備がメインです。
あとは、Twitter(オーナーのアカウント名は「@AE868655」とのことだ)のフォロワーさんが手作りしてくれたハチロクのマスコットですね(笑)。メーターパネルにちょこんと乗せてあります」
前期型のGT APEXにのみ採用された「赤内装」。この純正シートも貴重だ。
「紫外線を気にする理由のひとつがこの内装なんです。色褪せしやすいんですね。シートも乗り降りしていくうちにサイドサポートが擦れてきて・・・リフレッシュしようにも業者さんが見つからず・・・。それならば自分で直そう!と、ユザワヤで似たような生地を買い、擦れていた部分の型を取り、ミシンを手に入れて自分で縫い合わせました。なんでも自分でやりたいんですよね、あまり人任せにしたくなくて(笑)」
これまでさまざまな「愛車溺愛オーナー」の方を取材してきたが、自らミシンまで買い込んで自らリペアしたケースは初めてだ。今後もこの状態を維持することに情熱を注いでいくのだろうか?
「いまの状態を維持することはもちろんなんですが・・・リペア済みの純正のアルミホイールも保管してあるんです。ノーマルに戻そうか迷っていますが、ノーマル仕様の前期モデルにワタナベのアルミホイールって似合うんですよね。あえて14インチ5.5j、タイヤも185/60の純正サイズにしてあります。実は、車高もノーマルのままなんです」
最後に、今後このトレノとどのように接していきたいのか。聞かずにはいられなかった。
「もう20年乗っていますから“相棒”であることは確かなんですが、それは今後も変わりません。この状態を維持しつつ、私が乗れなくなったら・・・1つの案としては可能な限りノーマルに戻し、トヨタさんに寄贈して、歴史的な資産として、展示してもらえたら嬉しい・・・なんて考えたりします。私がいなくなっても、このトレノはいつまでもこの世にあり続けて欲しいですね」
いわゆるインタビュー用のリップサービスなどではなく、本気でそう思っていることが伝わってくる。大切なトレノのためにクルマの構造やメンテナンス方法を理解・会得し、誰よりも愛車のことを理解しようという努力を惜しまない。簡単なようでなかなかここまでできるものではない。
憧れているクルマがあるとしたら・・・いつか手に入れようと密かに想い続けるクルマがあるとしたら・・・このオーナーのように大切に所有「しつづける」ことができるかどうか、改めてもう1度、自分自身に問うてもいいかもしれない。その時点で「手に入れることが目的」だと気づいたら、考えを改めた方がいい場合もある。
余談だが、オーナーはクルマ全般だけでなく、バイクも嗜んでいるそうだ。しかもちょっと特殊なカテゴリーだ。時には劇用車としてドラマや映画の撮影に貸し出すこともあるという。さらには鉄道の分野にも造詣が深い。運転免許もコンプリートしているだけに、根っからの乗り物好きなのだろう。そんな圧倒的な守備範囲を持つオーナーにとっての「宝物」が、このトレノなのだ。
紫外線や雨風が当たらない地下駐車場でオーナーがやってくるのを、いまこの瞬間もトレノは静かに待ち続けている。オーナーの情熱には遠く及ばないが、同じクルマ好きとしてこの関係がいつまでもつづくことを節に願うばかりだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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