28歳のオーナーが父から受け継いだ、家族同然の1996年式日産ラルゴ SX-Gプラス GTパック(W30型)
この取材を続けていて学んだことのひとつが「原体験が大切」ということだ。幼い頃の体験は、その後のカーライフの決定打となることが多い。
今回、取材が実現したオーナーもまさにそんな1人だといえる。オーナーが生まれたことをきっかけに父親が手に入れた愛車を受け継いだ現オーナーの濃密なカーライフをお届けしたい。
「このクルマは、1996年式の日産ラルゴ SX-Gプラス GTパック (W30型/以下、ラルゴ)です。我が家に来たのは、私が生まれた1年後の1996年でした。今年の11月で丸28年になります。現在の走行距離は約22万キロです。父から私の名義になってからは16万キロくらい走っていますね」
そうなのだ。オーナーのラルゴは、親子二代にわたって乗り継がれている。30年近くの歳月を感じさせない抜群のコンディションから、家族の一員として大切にされてきたことが伝わってくる。
日産ラルゴは、1982年に初代モデル「バネットラルゴ」がデビュー。3世代にわたって生産されたワンボックス型のミニバンだ。シリーズ3代目の「W30型」は、高級感のある装備と室内空間で人気を博した。
オーナーのラルゴは1993年にデビューしたシリーズ3代目、1996年にマイナーチェンジした後期モデルだ。ボディサイズは全長×全幅×全高:4585×1745×1905mm。駆動方式はFR。排気量2388cc、直列4気筒DOHCエンジン「KA24DE型」の最高出力は145馬力を誇る。エンジンレイアウトは、助手席下に搭載するキャブオーバータイプとなっている。
SX-Gのオプションに設定されていた「GTパック」には、スポーティな装備が盛り込まれている。コーナリング時の安定性、路面の凹凸による振動や傾きを抑えるアクティブダンパーサスペンションをはじめ「スーパーHICAS」「電子制御パワーステアリング」などが搭載された。
販売当時はエアロパーツが装備された「ハイウェイスター」が人気だったが、7人乗り仕様のみであった。オーナーの父親は8人乗りであることを重視して、この「SX-Gプラス GTパック」を選択したのだという。
先述しているが、ラルゴはオーナーの誕生から1年後に納車されている。つまり、物心つく前から家にあったわけだが、オーナーはいつからラルゴのことを認識していたのだろうか?
「記憶にあるのは5歳くらいからでしょうか。幼稚園が午前中で終わる日に、父がラルゴで迎えに来てくれたんです。父が迎えに来ることは珍しいことだったんですよ。それから、家族みんなを乗せて東京タワーに行きました。展望台まで行ったことを鮮明に覚えていますね。
ラルゴの前、父はポルシェ928に乗っていたと聞いているので、もともとクルマ好きだったみたいですね。『チャイルドシートを付けるんだ!』といって買ってきたのがラルゴだったそうです(笑)」
このラルゴはオーナーのために購入されたといっても過言ではない。そしてオーナー自身も、幼い頃からラルゴを相当気に入っていたようだ。
「ミニカーに『ドライブタウン』というシリーズがあって、当時ラルゴが入っているミニカーセットがあったんです。確かZ32(日産フェアレディZ)も一緒に入っていたはずです。そのミニカーをどこにでも持ち歩いていた記憶があります。
それから、これは記憶にはありませんが、私が泣いていてもラルゴを見ると泣きやんでいた…と聞いています。ラルゴが帰ってきた音を聞いても泣きやんでいたそうです。物心がついた後も、点火系の故障で修理に出して長い間ラルゴがいなかったときは不安で『今日は戻ってくるかな』と、毎日窓の外を眺めていましたね」
ミニカーのラルゴを外に連れ出し、ミニカーに新しい世界を見せてあげていたオーナー。いつしか成長し、自ら運転するときが近づいていた。
「中学生の頃には、父のラルゴに乗ると決めていました。ただ当時は、もう1台別のラルゴを購入するというプランだったんですよ。厳しくて怖い父親なので、絶対に譲ってもらえないだろうと思っていました。そこで、3代目ラルゴの前期と後期、特別仕様車のカタログやパンフレットなどをコンプリートしていきましたね」
カタログを収集するなど、クルマ好きとしての熱も上昇していたようだ。ここで気になるのはオーナーの「人生観を変えた1台」だが、いわずもがなだろうか?
「もちろんラルゴですが、スカイラインGT-R(R32型)が好きなんですよね。小学3年生の頃に初めて作ったタミヤのプラモデルで、お店で何気なく選んだのがガンメタのR32GT-Rだったんです。自分の部屋に今も飾ってありますよ。このR32GT-RとマツダRX-7(FC3S型)は大好きで、いつかは乗りたいクルマなんですが、ラルゴを降りてまで乗りたいとは思わないですね」
そして、時は満ちた。オーナーの父親がラルゴを託したあの日を振り返ってもらった。
「18歳の誕生日を迎えた翌年、この時点ではまだ高校在学中でしたが、2月4日に運転免許を取得しました。運転免許を手にしたその日の夜、父からラルゴとキャラバンのキーを突然渡されたんです。そしていわれた言葉が『お前の鍵を作ってこい』ですよ(笑)。
それから駐車場を借りるようにいわれ、その駐車場代やラルゴの燃料代はもちろん、車検代から自動車税まで維持費一式が私に移りました。こうして、子どもの頃からずっと一緒だったクルマが自分の愛車になったわけです」
幼い頃からの夢の実現。当時の心境はうれしくてたまらなかっただろうと思いきや…複雑な心境を抱いていたようだ。
「正直、怖かったですよね。運転の初心者なので慣れていないし、ぶつけてしまったらどうしようかと不安でした。このクルマを自分が潰してしまったらどうしようという、強い恐怖感がありましたね」
と控えめに語るオーナーだが、クルマのコンディションを見れば、惜しみない愛情を注ぎ続けてきたことは一目瞭然だ。さらに、ホイールやエアロなどにも手が加えられている。
「グリルとフルエアロはGIALLA(ジアラ)というメーカーのもので、父が新車当時から取り付けているものです。ホイールも同様で、SUPER STARのもので16インチを履いています。このホイールを選んだ理由は、当時はBBSのホイールが流行っていたので、人と被りたくなかったからだそうです。アンテナは前期型の純正パーツで伸縮できるタイプのものに交換してあります」
オーナー自身が手を加えた部分はあるのだろうか?
「基本的に、父が取り付けた部品や劣化した部分のリフレッシュがメインです。ステアリングを新品に交換しました。それと、SUPER STARのホイールはメッキが剥がれてきたので、ブラックに再塗装しています。リアホイールのセンターキャップが飛んでいってしまったので、オーダーメイドで作ってもらいました。
自分でカスタムした部分は、メッキモールが入ったドアバイザーとドアミラーのメッキカバーくらいです。ドアバイザーはメッキモールのものが欲しくて、オークションでようやく手に入れた一品です。ドアミラーのカバーは、父から『新車のとき、あえて選ばなかったのに…』と文句をいわれていますが、実はあと3個ほど予備をストックしていますよ(笑)。今後はドアの内張りを中心に、劣化した部分をリフレッシュしていきたいですね」
オーナー親子のこだわりがちりばめられているが、中でも気に入っている点はどの部分なのだろう。
「実は…、このクルマのナンバーなんです。当時の2ケタナンバーのままですし、希望ナンバーの制度がなかったので、4ケタの数字も偶然もらえた番号なんですが、案外覚えやすくて。オフ会などではナンバーで覚えられていることも多いですね。あと、一部板金塗装している箇所もありますが、塗装はほぼ当時のままなんです」
車体だけでなく、ナンバーを含めてオーナーにとってはかけがえのない存在ということなのだろう。では、今後についても伺ってみたい。このラルゴとどう接していきたいのだろうか?
「特別扱いすることなく、どこにでも乗っていきます。たまに父も一緒に乗ってもらって、親子で好きな『超ときめき♡宣伝部』のライブを一緒に観に行くこともあるんですよ。かつては父親が運転かつ所有していたラルゴに私が乗り、それが今では私がオーナー兼ドライバーとなり、父が助手席に座っている……。父親がどう考えているのかは分かりませんが、なんだか感慨深いものがありますよね。
ひとつの目標が、新車からのナンバーを維持して『30年を迎えること』なんです。今年の11月で28年目に入ります。家族の一員同然のクルマなので、手放すときは必ず廃車にすると決めています。他の人が乗るのを見たくないですし、海外に売り渡されていくのも嫌なので、廃車にしてもらう業者もすでに決めてあるんですよ。でも、手放すことはないんだろうな……という気がしますね」
オーナーは、この取材のことを父親には伝えていないという。それでも何かのきっかけで目にすることがあるかもしれない。男同士、照れくさいこともあるだろうし、良い機会なので普段は面と向かっていえないことも話していただいた。
「いいクルマを買ったうえに、コンディションを維持してくれたことに感謝していますね。これは親戚から聞いた話ですが、私が中学生の頃にラルゴを手放そうという話があったらしいんです。それをどうやら父が止めたらしくて。『息子が免許を取ったら乗らせる。とりあえずは維持させてくれ』と待ったをかけていたことを知りました。今日ここにあるのは父の努力があってこそです。ありがとう!」
父親にとって、息子がどれほど成長しようとも自分の子どもであることに変わりはない。愛する我が子のために乗り替えたクルマを、いつしか子どもが受け継ぎ、大切に扱ってくれる……。父親冥利に尽きる瞬間ではないかと思う。
新型が気になるから、と乗り替えるのはたやすい。しかし、頻繁に繰り返していたら、父親がどんなクルマに乗っていたか、子どもたちの記憶には残らない可能性もある。
とはいえ、1台のクルマを長く所有すればするほど故障も増えるし、部品の入手も困難になる。ボディのあちこちが痛んでくるのは避けられない。しかし、同じ時間の流れをともに積み重ねていくことで、かけがえのない存在となっていくことは確かだ。
オーナーが赤ちゃんの頃から成長を間近で見てきたクルマが自身の愛車となる。こんなカーライフを送ってみたかった…。取材を終えて感じた偽らざる本音である。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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