25歳のオーナーと深く・強い絆で結ばれた1994年式トヨタ MR2 Gリミテッド
「クルマで人生が変わるなんてこと、本当にあるのですか?」
クルマに対してそれほど興味を抱いていない人から、ときどきこの種の質問を受けることがある。
その答えは「YESであり、NO」だろう。つまり、その人次第ということを意味するのだと思う。
今回、取材させていただいたオーナーは、自ら「クルマで人生が変わった!」と語る25歳の女性。愛車は彼女よりも少しだけ年上のスポーツカーだ。
なぜ、このクルマを選んだのか?そしてどのように人生が変わり、これから変わっていくのだろうか?ひとつずつ紐解いていきたい。
「このクルマは1994年式トヨタ MR2 Gリミテッド(SW20型/以下、MR2)です。人生初の愛車でもあります。手に入れたのは約2年前、現在の走行距離は約16万キロ、私が所有してから3万キロほど走らせました」
初代AW11型から約5年ぶりにフルモデルチェンジを果たし、2代目となるSW20型MR2が発売されたのは1989年10月。SW20型では「スポーティコミューター」という基本コンセプトを踏襲しつつ、よりスポーツカー的な性格を強めた。実は、初代セルシオとほぼ同時期の発売であることは意外と知られていない(MR2の方が1週間ほど後だった)。
その後、約10年にわたって製造・販売され、その間に幾度となくマイナーチェンジが行われた。大きく分けると1型から5型までに分類され、オーナーが所有する個体は1993年にマイナーチェンジが行われた3型に属する。
ボディサイズは、全長×全幅×全高:4170x1695x1240mm。駆動方式はMR。「3S-GE型」と呼ばれる、排気量1998cc、直列4気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力はNAで180馬力を誇る。その他、「3S-GTE型」を搭載したターボモデルも設定された。また、ボディタイプもノーマルルーフとTバールーフの設定が用意され、1996年にはフルオープンモデルの「MRスパイダー」も販売された。
なお、車名のMR2は「Midship Runabout 2 Seater」の略であり、ミッドシップ方式の2人乗り小型車という意味を持つ。
さて、オーナーはなぜ人生初の愛車にこのMR2を選んだのか?多くの人が気になるのもその点だろう。
「父がクルマ好きで、ボルボやアウディなどの輸入車を乗り継いでいるんです。そのため、私自身も輸入車、それも古いアメ車が好きでした。日本車にはあまり興味がなかったのですが、フェアレディZ(Z32型)に乗っている同世代の女友だちと知り合う機会があり、彼女がクルマを大切にしていることに衝撃を受けました。その影響で、私も彼女のように自分の愛車が欲しいと思っていましたが、なかなか気に入ったモデルが見つからなかったんです。
あるとき、仕事帰りにバス停で待っていたら、1台の紫のボディカラーをまとったクルマが目の前を通り過ぎました。それがMR2だったんです。もう、一目惚れでしたね。車種は分からなかったけれど、リアガーニッシュのところに“MR2”のバッヂが見えたので、おそらくこれがモデル名なんだと理解できました。私みたいな人もいるので、モデル名のエンブレムを分かりやすいデザインにするのは重要なことかもしれません」
確かに、クルマによっては車種名を表すエンブレムやシールがどれなのか、すぐに分からないことがある。分かりやすい書体・エンブレムやシールのデザイン・配置場所…。モデルによってはクルマに詳しくない人が見てもすぐに車名が分かる、あるいは覚えられる配慮はとても重要なポイントかもしれない。
さて、人生初の愛車を探しているときにふとしたきっかけで出会ったMR2、オーナーのお眼鏡にかなう個体探しがはじまった。しかし、MR2は20年以上前に生産を終了したモデルであり、クルマの性格上、なかなか程度の良い個体に巡り逢えなかったようだ。
「知り合いからも『いいクルマだし、整備の知識も身につくよ』とアドバイスされ、何台ものMR2の中古車を観に行きました。しかし、なかなかコンディションの良い個体が見つからず諦め掛けていたとき、大阪のMR2専門店で売られている個体が目に留まりました。問い合わせてみたところ、まだ売れていないとのことでした。とはいえ、現在の住まいからかなり離れていることもあり、前述のZ32オーナーの友人に相談したんです。すると彼女が『専門店同士でつながりがあるかも!』と、主治医であるZ32専門店の代表の方にその旨を伝えたところ『観に行くなら紹介するよ!』と、MR2専門店の方に話をつないでくださったんです。
これはもう行くしかない!と、レンタカーで電気自動車を借りて弾丸ツアーで大阪の専門店に行き、その場で即決しました。実は、問い合わせてから大阪に行くまで、敢えてクルマを押さえてもらうことはしなかったんです。縁があれば手に入れられるだろうし、売れてしまったら縁がなかったと諦めがつきますから。私、運命的なものが好きなんです(笑)。父にもMR2を手に入れたことを話してみたところ「いいねぇ」といってくれました」
オーナーの目に留まったということは、他にライバルがいてもおかしくはない。しかし、そこで焦らず、運命の出会いを信じるという行為はなかなかできないことだと思う。もし売れてしまっていたら「あのとき押さえていれば…」と、長年にわたって引きずることになるからだ。
結果として、頼れる友人やZ32専門店のサポートもあり、納得のいくコンディション、そしてボディカラーをまとったMR2を手に入れることができたというオーナー。こうして、運命の出会いを感じたMR2との蜜月の日々がはじまった。しかも、このMR2との暮らしが彼女のライフスタイルをも変えてしまったようなのだ。
「旅行が好きなので、学生の頃から海外を中心に出掛けていました。しかし、新型コロナウイルスの影響でそれも叶わず、休日は家に引きこもるような日々を過ごしていました。MR2を手に入れたおかげで、ドライブに出掛けるようにもなりましたし、クルマつながりの友だちもできました。それまではバスに乗って通勤していましたが、いまはMR2で会社に行っています。実は自動車関連の企業に勤めていまして、MR2を介して社員や上司の方との共通の話題が増えました。このクルマが現役だった当時のことを教えていただいたり、公私を問わずコミュニケーションツールにもなっていますね」
「クルマを手に入れる=コミュニケーションツールを手にする」ことは、愛車を所有するからこそ味わえる醍醐味のひとつであり、実はとても重要な意味合いを持つ。老若男女問わず、それまで出会うことのなかった人たちと知り合うことで、自身の世界が広がることは間違いない。また、自ら愛車をメンテナンスすることで技術を身につけたり、クルマの構造を理解できる。オーナーのように自動車関連業に従事していれば、仕事にも活かせる場面も必ずあるはずだ。
「手に入れたときは、アルミホイールやステアリング、それと足回りなどが社外品に交換されていました。それでもMR2としてはノーマルに近い状態だし、コンディションも良好で、専門店さんと歴代のオーナーさんに感謝の気持ちをお伝えしたいです。私がオーナーとなってからは、ステアリングは専門店の方に譲っていただいたナルディを装着しています。その他、マフラーをFUJITSUBO製に、足回りはボーナスをはたいてTEIN製に交換しました。工具を知人に借りて、YouTubeで動画を観ながら自分で交換してみたんです。難しいかなと思っていたんですが、やってみると案外できるものですね。何しろ仕事が自動車関連業なので、分からないことがあれば先輩が教えてくれるんです。仕事中に裏紙を使ってこっそり説明してくれたこともありました(笑)」
取材(愛車の晴れ舞台)ということで、多くのオーナーがじっくりと時間を掛けて洗車してくださる方が多い。もちろん今回のオーナーも例外ではない。しかし、ボディカラーはソリッドカラーのブラック。汚れやすく、洗車しても拭き残しが目立つなど、手入れが難しいボディカラーだ。だが、目の前にあるMR2はとても27年前に造られたとは思えないほど艶やかで、細部にいたるまで手入れが行き届いていることに驚かされる。その美しいフォルムと素晴らしいコンディションゆえ、道行く人が足を止めてMR2を眺めているのも納得できる。
「私も真横から見たMR2のラインが好きですね。2シーター・ミッドシップレイアウトだからこそ実現できた形だと思います。それとリトラクタブルヘッドライトにも魅力を感じています。まったく異なる表情が楽しめますし“目がパカッと開く”ようにも見えるのか、みんなニコニコしてくれますね。ちょっと古めかしいけれど、シンプルで使いやすいスイッチ類や内装のデザイン、カチッと決まるシフトフィール、センタートンネルの高さもお気に入りです」
ふと気づいたことがある。2DIN規格のカーナビがインストールされているようだが、今どきのクルマには必須ともいえるスマートフォンやカップホルダーが装着されていないのだ。インタビューを続けていると、この個体への深い愛情ゆえ…であることが分かった。
「MR2が現役だった“当時感”を大切にしたいので、あえてスマホホルダーを付けていません。社外品のホルダーでエアコンの吹き出し口が損傷してしまう可能性がありますから、不便なのは承知のうえです。
あと数ヶ月で車検ですが、このMR2を購入した大阪の専門店に預けるつもりです。機械なので言葉を発してくれませんが、異音やちょっとした違和感など“このクルマの声を敏感に察知”してコンディション維持に努めていきたいです」
車検を兼ねて…とはいえ、コンディションチェックのためにわざわざ数百キロ離れたショップに預ける…。ここまで手間と時間を掛ける人は少ないだろう。最後に、このMR2と今後どのように接するのか。聞くまでもないのだが、改めて伺ってみた。
「もはやなくてはならない、相棒のような存在です。今後やってみたいこと、暮らしてみたい土地、将来に向けての方向を模索中です。環境が大きく変わったとしてもこのMR2を手放すつもりはないし、一緒に連れていきます。もはやこのクルマがない生活・人生が考えられないんです」
この取材を終えて帰路につく際、たまたまスクラップ工場の前を通った。今回、取材させていただいたMR2よりも新しい、まだまだ使えそうなクルマたちがブロックのように積み上げられ、最期の時が訪れるのを静かに待っているようだった。もしかしたらこの記事が公開される頃には鉄くずとなり、原形を留めない状態に姿を変えているかもしれない。
形あるものはいつか壊れるのが道理であり、極めて自然なことだ。頭ではそう分かっていても割り切れないものを感じたのは事実だ。
オーナーにとって人生初の愛車であり、おそらくは「アガリの1台」であろうこのMR2、スクラップ同然の大ダメージを受けたとしてもあらゆる手段を講じて復活させるに違いない。今回、それほどのオーナーの覚悟と「このMR2と一緒に歩んでいきたい」という並々ならぬ意志を感じたのだ。深く、そして強い絆で結ばれたオーナーとMR2。これから先の未来がどう変化しようと、同じクルマ好きとしてドラマチックかつ充実したものであって欲しいと心から願う取材となった。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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