大切な存在ゆえに過保護にはしない。31歳のオーナーが愛でる1993年式トヨタ スプリンター トレノ GT APEX(AE101型)
街で見かけていたあのクルマがいつのまにか姿を消し、ある日突然「懐かしいクルマ」となって登場して、愕然とすることが増えた。今や、90年初頭に登場した国産車が「レトロカー」になりつつあるのだ。
「普通のクルマだったのに、ごくあたりまえのように乗れなくなってきているのが現状」なのだろうか。
今では「レトロカー」と呼ばれる昭和のクルマたちも、かつては「普通のクルマ」だったのだ。しかし時代が進むにつれ、整備に精通する限られたオーナーにしか乗れなくなってしまっている車種も少なくない。
90年代初頭に登場した国産車も、いずれそうなっていくのかもしれない。そんなクルマたちは、大切にしてもらえるオーナーを自ら選んで生き残っているのでは?と錯覚することがある。
この取材でときどき感じるのが「クルマはオーナーを選んでいるのではないか」ということだ。希少な車種にもかかわらずベストなタイミングで出会えたり、故障を乗り越えられたりと、必ずドラマティックなエピソードを持っている。
選ばれるオーナーには共通点がある。大切にしながらも、しっかりと走らせて“過保護”にしないという点だ。
しかしクルマへの気遣いは人一倍かそれ以上であることが多い。
例えば、シートの擦れを防ぐために乗り降りに気遣っていたり、消耗品をこまめにリフレッシュしていたりといった小さなメンテナンスなどを積み重ねて、維持する努力は惜しまないのだ。
このように、愛車と適度な距離で付き合えているオーナーには、多くのクルマ好きにとって参考になり得る逸話が多い気がしてならない。
今回の主人公も「クルマに選ばれたオーナー」ではないだろうか。愛車のトヨタ スプリンタートレノ(A101型)がコンディション良好なのは、ひと目で分かる。
「このクルマは1993年式トヨタ スプリンタートレノ(AE101型) GT APEXです。2016年に8万8000キロで手に入れ、現在の走行距離は約13万キロになりました。年間の走行距離は約1万キロ。通勤を含めて頻繁に乗っていましたが、最近はこのクルマを温存するためにスバル プレオをセカンドカーとして手に入れたばかりです」
兄弟車のレビンとともに知られるトヨタ スプリンタートレノ。「スプリンター」は英語で「短距離走者」。「トレノ」はスペイン語で「雷鳴」を意味し、英語で「稲妻」の意味を持つレビンと対をなしたネーミングとなっている。
そしてもはや説明不要だが、シリーズ4代目の「ハチロク」ことAE86型は、今も熱狂的なファンに愛されている。漫画「頭文字D」の主人公が乗るマシンとしても定着した、トヨタが誇るライトウエイトスポーツの雄だ。
オーナーのスプリンタートレノ(AE101型/以下、トレノ)は、1991年から1995年まで生産されたシリーズ6代目。ボディサイズは全長×全幅×全高:4285x1695x1305mm。
排気量1587cc、最高出力160馬力を誇る 直列4気筒DOHC エンジン「4A-GE型」は、初の5バルブ化となったほか、可変バルブタイミング機構「VVT-i」を採用。
低速域のトルクが向上したことでより乗りやすくなり、実用性と高いスポーツ性を両立させた。駆動方式はFF。
新採用の「スーパーストラットサスペンション」は、サスペンションがストロークする際に発生するキャンバー角の変化を抑えることで操舵性が向上。セリカ、コロナなどの同社スポーツモデルにも採用された。
オーナーの個体は後期型。見分けるための特徴のひとつにリアスポイラーの形状が挙げられる。前期型はボディから浮かせてある形状だが、後期型になるとリアスポイラーとボディが一体化している。
オーナーは現在31歳。取材当日、これまで収集した当時のカタログコレクションを持参してくれた。
6代目トレノがデビューしてまもない頃に生まれているため、追体験でこの世代のクルマに関する知見を得ているはずだ。まずはそのルーツから伺ってみた。
「両親がクルマ好きで、私が生まれる前には父親がミニ クーパーS MK-IIIを所有しており、かなり手を入れて乗っていたそうです。
私が小学校低学年の頃、頭文字Dが好きでハイパーレブに特集記事が載っていたことがきっかけで本を購入しました。そこでAE86以外のレビン/トレノのことを知りました」
運転免許を取得してからの愛車遍歴は少ないが、学生時代は自動車部に所属して濃厚なカーライフを送っていたという。
「日産 180SXを手に入れてサーキットを走っていました。次第に不具合がひどくなっていったので、ある程度のところで区切りをつけました。その次がこのトレノと、セカンドカーとして最近購入したスバル プレオです」
「頭文字D」が好きならAE86型は選択肢にあったはずだが、AE101型を選んだ経緯は?
「運転免許を取る頃には手が届かない価格まで高騰していたので諦めたんです。そんなとき、AE101型のレビンが思い浮かびました。ふとしたきっかけで片山右京さんが出演しているレビンのCMを観て好きになったモデルです。今、レビンが出てきたら買ってしまうかもしれない・・・と思えるほどの大本命ですね」
この個体に実際に出逢うまでを振り返ってもらった。
「レビンが欲しいと思って探し始めたものの、自分で探しているときに限って出てこないものです(笑)。そこで同じ型のトレノも探してみようと思って中古車検索サイトを見ていたらこの個体を見つけたんです。
職場の先輩に一緒に見に行ってもらい、価格のわりには状態が良く、特に外装が綺麗だったので即決しました」
状態の良さからワンオーナーの個体だと思ってしまうが、実際は何人目のオーナーだったのだろうか。
「私で3人目のようです。記録簿は断片的でしたが、登録事項証明書を交付しに行って3オーナー目だという裏付けが取れました。
1人目の方は、6年ほど乗って同じディーラーに売却したようです。そのディーラーで2人目のオーナーさんの手に渡り、その後、15年間も乗っていたことに驚きました」
実用性が優先されたり、競技ベースにされたりすることなく、30年近くもの間綺麗に保たれ、大切にされてきたということは、乗り継いだオーナーに恵まれていたとしかいえない。
ひょっとすると、トレノがオーナーを選んでいたのかとさえ思えてしまう。
トレノを所有して気づいた点や、クルマへの印象に変化があったかどうかを尋ねてみた。
「この時代のトヨタ車の造りがすごい・・・ということですね。あらゆる部分に質感の高さがあらわれています。特に内装の質感の高さは目を見張るものがあって、へたりが本当に少ない。
このトレノは歴代オーナーの方が丁寧に乗っていたとしても、スイッチ類のしっかりとした作りは今見てもわかりますし、ダッシュボードも割れたりしていません」
細部にわたるクオリティの高さをふまえつつ、オーナーがこのトレノで特に気に入っている点を尋ねてみた。
「フィーリングかもしれないです。走りの魅力はもちろんですが、私にとってデジタルとアナログの端境期を感じるこの時代のフィーリングがいちばん好きです。
30年経っても新鮮さが感じられるのは、内装の質感も含めてすべてにおいて高められているからだと思います。リアのデザインも好きで、特にテールライトの造形はすばらしいですね」
このように歴代オーナーに大切にされてきた個体だが、やはり消耗品の劣化は避けられない。そこで、納車から6年間に行ったリフレッシュ内容を尋ねてみた。
「私が手に入れたときはいろいろと故障もありましたが、基本的に大切にされてきたせいか致命的なトラブルはなく、すべて直すことができました。
おもに交換した消耗品は、ヘッドガスケット、タイミングベルト、ウォーターポンプ、デスビキャップ、ローター、ロアアーム、サスペンション、ラジエターとパワステホースなどです。
大きなリフレッシュは、ヘッドライト、純正ECUの交換と、ウインカーと一体型のフォグランプの交換。それから、スーパーストラットサスペンションがガタついてきたので、ブッシュとアームのASSY交換を行いリフレッシュしました」
90年代初頭のクルマたちといえば、部品の供給状況はどの車種も入手困難になってきている今日だが、オーナーが感じている現状は?
「AE101型のトレノでも部品取り車を買うレベルになりつつある気がします。ガラス、内装、外装の部品がなくなっているようです。そこで後継モデルの部品を流用することもあります。
パワステのホースがすでに製廃(製造廃止)で、AE111用のものを流用しました。その他、リアの足まわりの部品は、リンク類一式をAE111型のBZ-R用のものを流用しました。補強プレートはBZ-Rにのみ装着されていたもので、純正流用アップデートのようなイメージです。
ラジエーターとクラッチは純正相当品に交換していますが、まだ純正部品も注文できるはずです。
普通のクルマだったのに、普通に乗れなくなってきているのが現状です。今ある不安はとにかく部品の心配だけですね。ネットオークションもこまめにチェックして、少しでもストックを増やそうとしています」
やはり愛車の維持には優れた主治医の存在が不可欠だが、オーナーの場合は?
「180SXに乗っている頃から診てもらっていたショップと、『GR Garage』を併設しているディーラーに依頼しています。100系や110系のカローラ/スプリンターに強いショップもあるんです。専門店の存在はありがたいですね。
運良く優秀なショップに出会えたなら維持は可能だと思いますが、部品のストックや流用の知識がないと、どうにもならなくなる可能性も無きにしも非ず、ですよね……」
当時のカタログを収集し純正の奥深さを理解できるオーナーだからこそ、モディファイからも時代へのリスペクトが感じられる。
「純正を大切にしたいので、交換しているのはホイールとマフラーくらいです。当時の自動車の雑誌を資料にして純正のスタイルに馴染ませたかったので、RSワタナベを履かせています。
以前、白いAE92型レビンにワタナベのホイールを履かせているのを見て、AE101型にもどうだろうと試してみました。ダウンサスは組み込みましたが、インチアップは行わずに純正サイズである15インチを選んだ点もこだわりです。
マフラーも当時をイメージした5ZIGENの砲弾タイプを選びました。音も予想以上に良くて、また違った音でエンジンを楽しめるので気に入っています。以前はサーキットへ行っていましたが、このトレノがもっと新しい頃にスポーツ走行をしていたら楽しかったかもしれないですね。運転していて本当に楽しいので!」
ちなみに、取り外した純正のホイールとマフラーは、いつでも戻せるよう大切に保管しているという。
「インパネまわりもシンプルに統一したかったので、オーディオも純正デッキのままなんです。一時期は社外品に交換したり、純正デッキを年式別に試したりしたんですが、やはり当時のデッキがしっくりきますね」
これがリアルタイムの世代なら簡単なことだが、この時代を経験していない世代であるはずのオーナーがここまで熱を入れていることに脱帽だ。
最後に、このトレノと今後どう接していきたいのかを伺ってみた。
「調子の良いときと悪いときはありますが、良いときに乗ると本当に楽しいので、手放そうという気持ちはないです。いつ別れの日がきてもいい覚悟はできているので、今は一日でも長く乗れればと思います。結婚しても手放したくないので、できれば理解のある奥さんがいいですね(笑)」
コンディションを維持するいっぽうで、このクルマの価値を理解し、実用車としての接し方も心得ているオーナーに見初められたこのクルマは、幸せな個体といえるだろう。
90年代初頭に生産されていたクルマ、いわゆる「ネオ・クラシック」を取り巻く環境は年々厳しくなっているが、90年代の国産車に魅せられて所有する20代、30代のオーナーは多い。
今回登場したオーナーをはじめとした平成生まれのオーナーは、クルマ文化にとっての光明である気がしてならない。
(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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