「雨漏りも仕様」と割り切れるほど惚れ込む愛車。1998年式トヨタテクノクラフト MRスパイダー(SW20型改)
愛車は、名刺代わりとなる。
クルマ好きの方であれば、愛車とセットで覚えられた経験はないだろうか。時に「クルマの調子はどう?」が挨拶になることもしばしばだ。個性の強いクルマほど、その傾向が強いのかもしれない。
今回は、よく愛車とセットで覚えられるというオーナーが主人公だ。「このクルマは自分を変えてくれた存在でもある」と語る、現在29歳のオーナーである。職業は自動車エンジニア。出逢いも運命的だったという愛車との物語を紐解いていこう。
オーナーの愛車は、トヨタ MR2(SW20型)をベースにしたオープンスポーツカー、トヨタテクノクラフト MRスパイダー(SW20型改)。
このクルマはトヨタテクノクラフトが手がけた「特装車」で、限定100台で受注生産された。総生産台数はわずか92台、うち販売台数は89台だった。
ベースモデルのトヨタ MR2はシリーズ2代目だ。小変更を含む5回のマイナーチェンジを行いながら、1989年から1999年まで約10年にわたって生産された2シーターミッドシップスポーツだ。今も多くのファンに愛され続けている。
この個体は手に入れてから7年目。納車当時の走行距離は約4万キロだったが、現在のオドメーターは13.5万キロを刻んでいる。
MRスパイダーのボディサイズは、全長×全幅×全高:4170x1695x1235mm。排気量1998ccの直列4気筒DOHCエンジン排気量「3S-GE型」は最大出力200馬力を誇る。
オーナーの個体は、1998年式の最終型。「3S-GE型」エンジンを搭載したグレード「G」がベースだ。最終的な改良が加えられたモデルのため通称「5型」と呼ばれる。この改良の際、エンジンも吸気側に可変バルブタイミング機構「VVT-i」が採用されるなどにより、180馬力から200馬力へパワーアップ。エンジンルームを覗くと「BEAMS」のバッチを冠した赤いヘッドカバーが目を引く。
オーナーはこれまでどんなカーライフを歩んできたのか。まずは幼少時代の思い出から伺ってみた。
「物心つく前からクルマ好きだったようです。夜泣きすると、国道を行き交うクルマを見せれば泣きやんでいたと聞いています。言葉も『パパ』『ママ』の次に覚えたのが、お気に入りのミニカー『赤いブーブー』だったみたいです。
5、6歳の頃に初めて買ってもらったビデオは1990年のWRCでしたし、初めてのお小遣いで買ったのも『仕組みとメンテナンス』という本でした。小学生の頃はF1ドライバーか自動車のエンジニアになりたいといい続けていました」
同世代のクルマ好きは周囲にいたのだろうか?
「一緒にゲームセンターに行って『頭文字D』のアーケードゲームで遊んだり、クルマの絵を描いたりする同世代の友だちがいました。当時はRX-7やGT-Rがかっこいいという程度でしたが、クルマを深く知っていく時期だったと思います。いっぽうで、クラブ活動や部活で吹奏楽もやっていたので、そのコミュニティごとに仲の良い友達がいました。その中のひとつにクルマもあった感じです」
ゲームやスポーツなどにも親しむオーナーの中には、どんなクルマの好みが醸成されているのか。今、気になっているクルマを伺ってみた。
「運転してみたいクルマはたくさんあるんです。例えば日産 プリメーラ(P10型)やフェアレディZ(Z31型)が好きですね。それからゲーム『アウトラン』に登場するフェラーリ テスタロッサにも憧れがあります。あのゲームのリアルな世代ではないですけど、ゲームのワンシーンのように、いつかテスタロッサで海岸線をドライブするのが夢です。
70年代のマッスルカーもカッコいいですね。学生時代は自動車設計について学んでいたこともあって、ジャンルやメーカーにこだわらず、いろんなクルマを好きになりました」
少年時代の漠然とした夢から「作る側」の道を志し、大学では機械工学科へ進学。卒業後、自動車のエンジニアとなったオーナーは、レースマシンの開発に携わることもあるという。そんなオーナーの愛車遍歴を伺ってみた。
「最初にSW20型のMR2、そして現愛車のMRスパイダーですが、同時にセカンドカーも所有しています。セカンドカーは結構乗り換えていて、スズキ ワゴンR(CT21型)、ダイハツ ムーブ、祖母の形見でもあるトヨタ チェイサー(GX81型)、ダイハツ ムーブコンテと乗ってきました。
チェイサーは紺のアバンテで、内装色も紺という珍しい個体でした。自分が乗り潰してしまうよりは、形見だからこそ走り続けてほしい気持ちがあり、整備士をしている新しいオーナーに譲りました。今はAW11型のMR2を手に入れて、コツコツとレストア中です。この個体を含めると、MR2は3台所有したことになりますね」
レストア中の個体も所有するオーナー。MR2は、オーナーにとってそれほど特別な存在なのだ。そこまで惚れ込むきっかけは何だったのか。
「MR2を好きになったきっかけは母親なんです。小学生の頃に母親から『実は昔、MR2に乗っててね』と聞かされてその存在を知り、どんなクルマか調べて魅了されてしまいました。デザイン・ミッドシップレイアウトなど、すべてがカッコいい。初めて乗るクルマはMR2だと決めました。
そして大学に進学してまもなく、アルバイトで貯めた資金で最初のMR2、SW20型(5型)のNAモデルを手に入れました。ジムカーナ仕様になっていて、シート・ECU・足回りなど、ひととおりチューニングされた個体でした。クルマを見た母親は『こんなポンコツ買って来て……』といっていましたけど(笑)。アルバイトで維持費を捻出するのは大変でしたが、乗っているだけで楽しかったです」
オーナーが愛車とめぐり会うのは就職直後のことだ。愛知県での研修を控えた頃だったそうだ。出逢いをくわしく伺った。
「最初の愛車だったMR2は、就職活動のためにアルバイトができなくなったので手放しました。就職して、そろそろ次期愛車を探そうと中古車サイトを開いたらMRスパイダーを見つけたんです。珍しいなとテンションが上がりました。
MRスパイダーは名古屋にあったんですが、偶然にもこれから愛知県に研修で1カ月ほど滞在することになっていたので、有給を取って見に行き即決してしまいました。MRスパイダーは店頭に出されたばかりで、私が購入しなかったら別の方が買っていたそうです。商談している最中にも問い合わせの電話が入っていたと聞きました」
単なる思い込みかもしれないが、偶然とは思えないエピソードにしばしば遭遇するので「クルマに選ばれたオーナー」は確実に存在すると思っている。オーナーもそんなひとりに違いない。
「そうですね。友人からも『クルマに選ばれたんだよ。クルマがお前の元に来たがってたんだよ』といわれます。のちに分かったことですが、MRスパイダーを購入した中古車店は、普段見ているサイトには載っていない店でした。あの日見たサイトは、普段見ているサイトが繋がりにくかったので、たまたま開いたサイトだったんです。いつものサイトが繋がっていたら、このMRスパイダーには乗っていなかったかもしれません。
さらに驚いたことがあって、車検証や整備記録から前オーナーの住所が、いま住んでいる家の近所だと気づきました。歩いていける距離です。配属先の所在地の関係でたまたま借りた部屋だったので、こういうこともあるんだなと思いました」
数々の不思議なめぐり合わせで手に入れたMRスパイダー。乗り始めてからの変化や気づいたことを伺った。
「MRスパイダーはまさに『人生観を変えた1台』といえます。実はこれまで、人見知りで内気な性格に引け目を感じていました。このMRスパイダーに乗ってからは、MR2のオーナー仲間はもちろんメーカーや車種・ジャンルを問わず、ミーティングに参加するようになり、気がつけば会話を楽しめるようになっていたんです。
SNS上でも声をかけてもらう機会が増えて『顔とクルマがセットになってる』とか『あのクルマにはお前が乗ってるイメージ』などといわれるので、『MRスパイダーの人』という認識をしてもらえているのかなと」
オーナーのMRスパイダーは、ほぼオリジナルだ。コンディションも抜群だが、手に入れてからモディファイは行われているのだろうか。
「購入したときのままで、ほとんど手を入れていません。前のオーナーがターボタイマーやビートソニック、AW11型用の七宝焼のエンブレムを取り付けている以外はオリジナルです。カーナビと、以前当て逃げに遭ってしまったのでバンパーを交換、幌の張り替えくらいでしょうか」
このクルマで最も気に入っている点は?
「フルオープンである点です。ボディ剛性は多少犠牲になっても目をつぶることができますね(笑)。屋根を開けたときのスタイルが大好きで、自分がオーナーでなかったとしても、きっと惚れぼれしていると思います。
オープンにして走っていると、走行サウンドがダイレクトに聞こえるところも好きです。SW20型の最終モデルはサージタンクの容量が変わっていることもあって、アクセルを踏むと『シュゴー』という吸気音もよく聞こえるようになっています。高速道路の合流時や追い越し車線に出たとき、シフトダウンして加速する瞬間が最高に気持ち良いです」
オープンモデルといえば、中古車を所有すれば幌の張り替えを一度は経験するだろう。最近では幌の色も選べるので、幌の張り替えはオープンモデルならではのモディファイで、楽しみのひとつともいえる。オーナーも張り替えを行っているが、幌へのこだわりは?
「この幌も張り替える前は、友人たちとあれこれ悩んだんですよね。せっかくだから色を変えてみようとチョコレートブラウン・ネイビー・ワインレッドバーガンディなど検討したんですが、結局元のブラックに落ち着いたんですよね。
完成されているだけにモディファイが難しくて、自分の感性ではまとまりません。ある意味おこがましいですけど、珍しいクルマの宿命だと思うんです。自分はMRスパイダーの『一時預かり人』をしているような気持ちがありますので」
旧車の乗り方の中には「壊れた部分を修理しながらオーナーをリレーしてクルマを存続させる」という考え方もあるが、生産台数が100台にも満たないクルマだけに、例えお互いが見えなくてもオーナー同士の結びつきは強く、自然と「クルマを守りたい」という思いも強くなるのかもしれない。
オープンカーオーナーを泣かせるのが幌の雨漏りだ。MRスパイダーの場合はどうなのだろうか?
「雨漏りはもう割り切っています。豪雨の中を走ってずぶ濡れになったこともありましたし。カタログにも『雨水が侵入することがあります』と書かれているくらいなんですよ(笑)。助手席に乗る人には、あらかじめ着替えを用意しておくことを本気ですすめています。でも、ミーティングやキャンプにも乗っていきますし、乗るときに気を使うようなことは特にありません」
ここで少し突っ込んだ質問を投げかけてみた。もし、同じMRスパイダーで走行距離が短く、コンディションの良い個体が目の前に現れたら乗り替えてしまうのだろうか?
「この個体の代わりになるクルマってないんです。同じ車種でも『他のMRスパイダー』です。この個体は『5型』で生産された8台のうちの1台(このボディーカラーをまとった個体はオーナーのクルマのみ)ですが、別の同じ個体に乗ったとしても、今乗っているMRスパイダーと同じ感覚にはならないと思うんですよ」
最後に、このMRスパイダーと今後どのように接していきたいのかを伺ってみた。
「納車して7年間、辛いことや楽しいことを一緒に経験しながら隣にいてくれたので、これからもどうぞよろしくという気持ちです。どんな高性能なクルマでも代わりにはならないくらいの存在です。
でも正直、いつまでも乗っていられるとは思っていません。電動化や部品供給の事情などもあって、いつか降りる日がきます。そのとき、もしMRスパイダーが走れたなら、新しいオーナーに託すか、自動車博物館に譲渡する方向が良いのかなと考えています。『一時預かり人』といいつつも、路上で走るのは自分がラストオーナーのつもりでいるんです」
MRスパイダーがオーナーのもとにやってきたのは、シンクロニシティかもしれない。重なる偶然の数に関連性を感じずにはいられないのだ。走りや性能はもちろん、このクルマによってもたらされるシンクロニシティも含めて、この“個体”はオーナーの人生を彩り続けることだろう。
(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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