天体望遠鏡製作者が、マイナス15℃の日もマツダ ロードスターの幌を閉めない理由
入門用から普及グレードまでの天体望遠鏡のなかでは「圧倒的」と言えるほど高品質なものを製造している株式会社スコープテックの創業者兼取締役、大沼 崇さん。現在は現行型のマツダ ロードスターを「愛機」としている彼だが、それ以前は長らくスバル車を乗り継いでいた。
そんな大沼さんは約10年前、スバルブランドの天体望遠鏡開発という仕事を通じて知己を得た2代目スバル フォレスターの開発主査・石藤秀樹氏(知り合った当時はスバル用品株式会社の代表取締役社長)から「あなたの仕事のやり方は、スバルのそれに似てますね」と言われたそうだ。
その言葉によって「あぁそうか。だから自分は、ずっとスバルのクルマが好きだったんだな」と気づいた彼だったが、その後は長らく愛好したスバル車を離れ、前述の現行型マツダ ロードスターに「たぶん一生コレに乗る」とまで思うに至った。
乗り替えというか「宗旨変え」の理由は何だったのか?
「スバルのWRX STIからマツダのロードスターへはあくまで“短期留学”のつもりで乗り替えたんですが、どうやら“修復不能なまでに壊れない限りは一生コレに乗る”ということになりそうですね」と、恥ずかしげに笑う。
大沼さんがそれまで愛し続けたスバル車同様、現行型マツダ ロードスターの味わいと思想もまた、大沼さん自身の仕事のやり方・考え方に酷似しているという。だがロードスターには、大沼さんが乗っていたスバル車には必然的に存在していなかった大きな美点がある。
それは、軽量オープン2シーターならではの「広義の開放感」のようなもの。大沼さんは、その部分の虜となってしまったのだ。
大沼さんのクルマ選びというか「自動車観」と密接にリンクしているのが、彼の本職である「天体望遠鏡製作」に対する考え方だ。
「子供の頃から天体望遠鏡や双眼鏡、顕微鏡が大好きだったんですが、小学校3年生のときに年上のいとこが持っていた天体望遠鏡で土星のリングがシャープに見えたとき、ものすごい衝撃を受けたんですよね」
その衝撃を胸に秘めたまま大沼少年から大沼青年となった彼は、天文雑誌の編集部等を経て35歳で独立。小学生の小遣いでも買えて、それでいてよく見える、おもちゃではない本物の天体望遠鏡を開発するためだった。
当時の入門者向け天体望遠鏡は「ひどいものばかりだった」と言う。
レンズを含めた光学系の精度が低いばかりでなく、架台(三脚と望遠鏡をつなぐ部分。ガタつかずブレない強度が必要で、なおかつ望遠鏡の向きを変える際にスムーズに動くかどうかも重要)や三脚の作りがきわめて粗いため、いつまでたってもブレが収まらない。そして向きのスムーズな調整もできないため、「そもそも星を観るどころの話ではなかった」のだそうだ。
「こんなモノを子供たちに売っちゃいかん!」と憤った大沼さんは、「子供や入門者が初めて使う天体望遠鏡とはどうあるべきか?」を真剣に考え抜き、それを形にしていった。
とはいえ大沼さん自身はエンジニアではない。脳裏に出来上がっている完成形のビジョンを具体的かつ明確に技術者に伝え、それを形ある部品にしてもらったうえで「いや、そうじゃなくて、もっとこう!」的なニュアンスで試行錯誤を繰り返し、最終的に「ビジョン通りのモノ」に仕上げる――というのが大沼さんの役回りだ。
かくして出来上がったのが、大ベストセラー製品「ラプトルシリーズ」と「アトラスシリーズ」だった。
写真上の入門者用天体望遠鏡「ラプトル60」の場合で1万7800円(税込み)と安価でありながら、すべてがメイド・イン・ジャパンで、対物レンズの研磨精度は上級クラスの日本製望遠鏡と変わらないレベル。そして架台の動きも、今回の撮影を行ったカメラマン氏が「……この動きのスムーズさは、プロのムービーカメラマンが使ってる高価な雲台(カメラにおける架台)に近いですよ」と舌を巻くほどの精度と強度に仕上がった。
「私のなかの頑固な性分というか、『子供や入門者向けのプロダクトであっても絶対に手を抜きたくないし、そもそも性分として抜くことができない!』みたいな部分が、長らく愛好していたスバルのクルマと共鳴していたんだと思います。しかしそれはそれとして、出会ってしまったんですね、現行型のマツダ ロードスターというクルマと……」
大沼さんは若い時分に初代のマツダ ロードスターに乗っていて、そのクルマとは約16万kmをともにした。その後、前述のとおり各種のスバル車に移行していった大沼さんだったが、ひょんなことからマツダディーラーで現行型ロードスターに試乗してみたとき、こう感じたのだ。
「マツダ ロードスターに対してしばしば言われる“人馬一体”の感覚は当然として、その“外界に対して閉じていないこと”と言えばいいでしょうか、広義の開放感みたいな部分に対して『あ、これは自分の生き方に合ってるクルマだな』って直観したんです」
どういうことか?
「私は、オープンカーに乗る場合は雨の日以外は絶対に幌を閉めず、マイナス15℃の日でも真夏でも平気でオープン状態で走るんです(笑)。そうやって走ってると、例えば川が見える前に『あ、そろそろ川だな』ってわかるんです。なぜならば、匂いがするから。住宅地を走っていると『あっ、この家の今日の晩ごはんはカレーだな!』って思ったり(笑)。」
「それから、周りのドライバーや歩行者などの感情や心の動きみたいなものもすぐに伝わってきますよね。『オープン状態で走る現行型ロードスターとは、いろいろなモノやコトと交信でき、自然体で、他者に対して優しい運転ができるクルマである』と言えば、そのニュアンスが伝わるかな?」
確かに伝わる。だがそれは、現行型マツダ ロードスター以外のオープン2シーターでも同様なのではないか?
「いや、実はそうでもない部分が多いんです。一般的なオープン2シーターだと、とてもじゃないけど『天体望遠鏡や大型の顕微鏡を荷室に載せ、妻と2人で旅に出る』なんてことはできないのですが、現行型ロードスターだとそれができちゃうんですよ。
世間で言われているとおりの人馬一体なクルマで、なおかつ交信できるクルマ(笑)でもあるのですが、それと同時に“ギリギリ実用的なクルマ”でもあるんです。そこが、このクルマの素晴らしい特長のひとつなんですよね」
コメントに出てきた顕微鏡というのは、大沼さんの趣味のひとつ。病院や大学の研究室にあるような大型の生物顕微鏡や実体顕微鏡をクルマに載せ、旅に出るのだ。
「旅先で、顕微鏡で何を観るのかって?そりゃもう川や森で採取した石とかプランクトンとか虫を観るんですよ。楽しいかって?めちゃめちゃ楽しいに決まってるじゃないですか(笑)」
自身が山梨県で主催している「乙女高原星空観望会」はすでに初回から15年が経過し、次回行われる2020年4月で開催100回目を迎える。その星空観望会に向かうための相棒も、当然ながらこのマツダ ロードスターだ。
初代ロードスターに乗っていた頃はどこへ行くにもそれと一緒だったため、「大沼のお尻はロードスターの座席とくっついてるみたいだ」などと友人にからかわれていたそうだが、現行ロードスターでも、それと似た状況になりつつある。
「たぶんですが、もう“閉じたクルマ”を買うことはないと思います。外界のさまざまなモノや行き交う人、クルマだけでなく、頭上を流れる雲や星空、夜空に浮かぶ月、街中をただよう焼鳥の匂い……などとの“交信”を楽しみながら、ゆっくりのんびり走るつもりです。そうすることで、仕事に関するアイデアもどんどん湧いてきますしね」
日没後の夕焼け空に燦然と輝く宵の明星こと金星を見上げながら、大沼さんはそう言った……というのは話を美しくシメるための筆者の創作で、「宵の明星こと金星を見上げながら」という部分は事実と異なる。大変申し訳ない、謝罪いたします。
だが事実として大沼さんは非常に寒かったこの取材日も、一度もロードスターの幌を閉めることはなかった。
きっとこの日も、さまざまな事象と“交信”していたのだろう。
(取材・文/伊達軍曹 撮影/阿部昌也)
[ガズー編集部]
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