オレンジ色が眩しいホンダ S660に秘められた、夫婦の愛の物語

今回取材することになったのは、知人から紹介してもらったホンダ S660のオーナー。少し早めに待ち合わせ場所の駐車場についたのでのんびり待っていると、遠くからS660が走ってくるのが見えた。ガードレールから腰を上げ、近づいてくるクルマを眺める。そして私の真横に停まった時、思わずウォッ!となった。

正面からだとノーマルのS660に見えたのだが、ホイールやインテリアなどいたるところにキャンディカラーのオレンジ色が配色された、かなり気合の入った仕様になっているのだ。

オーナーは平山宗隆さん。職業は、ビジネススクールの准教授と吉祥寺にある爬虫類カフェ『はちゅカフェ』のオーナーとのこと。クルマといい、職業といい、ただものではない。

駐車場にクルマを止めて、はちゅカフェに案内してもらった。ケースの中にはリクガメ・カメレオン・トカゲ・イグアナなど、さまざまな爬虫類がいる。お客さんは店でのんびりしながら、爬虫類との触れ合いを楽しめるそう。

「S660は主に彼らを動物病院に連れて行く時に使用しています。言うなれば社用車みたいなものですね(笑)」

色鮮やかな爬虫類と、オレンジ色が眩しいS660。しかも社用車?いろいろな方向から予想だにしない情報が変化球のように入ってくる。話を整理するために、まずは平山さんの愛車歴から尋ねてみた。

「最初に買ったのはホンダ S2000です。10代の頃からクルマが好きで、大学卒業後はホンダの関連会社に就職しました。そして、入社したばかりだったのに思い切って新車で購入したんですよ」

ホンダの創立50周年を記念して開発されたFRスポーツのS2000は、新車価格が350万円近い。それを新卒の社会人がローンで購入するというのは、かなり思い切った行動だ。平山さんはS2000をコツコツいじりながら、3年半ほどその走りを楽しんだという。

次に手に入れたのは父親と共同購入したプジョー 307CC。電動開閉式のメタルトップを備えたクーペカブリオレで、プジョーのWRC参戦車両のベースとなったモデルだ。ところが購入後に大阪への転勤が決まり、307CCは1年ほどで手放してしまう。

「大阪では自分のクルマがありませんでした。それがかなりストレスで。東京に戻ってきて手に入れたのは、かなり変わったクルマです」

それはカナダに本拠地を置くコーチビルダーのインターメカニカインターナショナル社が製作した、ポルシェ 356スピードスターのレプリカモデル。よほどのマニアでなければ、存在すら知らない激レア車だ。

「雨漏りは日常茶飯事だし、冬はエンジンがかからない。しかも途中でトランスミッションは壊れるし、かなり大変なクルマでした(笑)。でも走ると楽しかったですね。このクルマは2年ほど乗って手放しましたが、ほとんど値落ちせずに売れたのもよかったです。ちなみに売却したお金はこのお店の開業資金になりました」

お店が軌道に乗るまではクルマがなく、爬虫類を病院に連れて行く時は店の近所でレンタカーを借りていた。ところがそのレンタカー店がなくなってしまったため、平山さんは急遽クルマを買うことにした。

「主な用途は爬虫類を動物病院に連れて行くことです。普通に考えれば1BOXタイプやワゴンになるのでしょうが、僕はそれがどうしても嫌で……。レンタカーで病院に行っていた時は爬虫類が入ったケースを一つクルマに積んでいくことがほとんどでした。それなら自分が好きなクルマでも十分カバーできるだろうと考えたのです」

先ほど紹介した平山さんの愛車歴を見て気づいた人も多いだろう。これまで乗ってきた3台は、いずれもオープンモデル。新しく手に入れるクルマとしてオープンモデルを選んだのは、ごく自然な流れだった。

「運転免許を取得して以来、僕にとって運転はある種の“エンターテインメント”なんですよね。非日常を味わえる時間であり、日常のストレスから気持ちを解放してくれるもの。オープンカーで走ると、普段見ている街並みも全然違う景色に見えます。桜や紅葉も、トンネルの中から見ているような感じと言えばいいのかな。走れば風を直接感じることができる。まるでジェットコースター気分です」

オープンカーと一口に言ってもバリエーションは豊富。ライトウェイトな2シーターもあれば、後部座席が用意されているタイプもある。車種は限られるが、オープンタイプのSUVだって存在する。その中から、なぜもっとも小さい軽オープンを選んだのだろう。

「僕の使い方だと、走るのは圧倒的に市街地が多い。その時間をとことん楽しめるものはなんだろうと考えた時、軽オープンが頭に浮かびました。元々ホンダが好きだったので、軽オープンに乗ると決めた時、S660以外は考えなかったですね」

平山さんが最初に選んだS2000は、NAながら250馬力を発生する2Lエンジンを搭載。高速道路などでアクセルを踏み込んだときはとても気持ちいいが、一方で雨の日は信号待ちからの発進時などにホイールスピンすることもあったという。ステアリングもピーキーで、街中では気を使うことが多かった。

絶対的なパワーが小さいS660は、街中を法定速度で走っているだけでワクワクするような楽しさがある。クルマと一体になり、クルマの実力を出し切る感覚。それがとても心地いい。シフトチェンジなどでアクセルから足を離すとターボ車特有であるブローオフバルブが作動して「パシューン!」という音が背中越しに聞こえる。これがとても好きだと平山さんは話す。

一方でその感覚を味わうために犠牲になっているのは積載性だが、ケース一つなら助手席に載せることができるので病院通いには支障がない。何個かのケースを運ぶ必要がある場合は、レンタカーを借りる。そう割り切った。

ところで、冒頭で触れたように平山さんのS660はオレンジ色をアクセントにしたカスタムが施されている。なぜここまでオレンジ色にこだわったのか。

「僕はT.M.Revolutionの西川貴教さんの大ファンで、アーティストとしてはもちろん、実業家としての彼も尊敬しています。そんな西川さんのイメージカラーが白と黒、そしてオレンジなんです。それをクルマに取り入れたいなと思って」

中古車で購入したS660のホイールには結構キズがあったので、まずはアルミホイールを新しくすることに。ネットを見ていたら、鮮やかなオレンジ色のホイールを発見。そこから、オレンジ色で愛車を彩るプランがスタートした。シートカバーは専門ショップに製作を依頼。インパネやトリムは、ホンダ系の部品メーカーがオレンジ色のパーツを製作しているのを見つけた。

平山さんは購入から1年弱で、マフラーやストラットタワーバー、足回りなど他にもいろいろな箇所に手を加えた。カスタムに費やした費用は約100万円。

「これだけ聞くとかなりお金をかけているように感じる人もいるかもしれませんが、車両購入代金と合わせると約260万円で、2Lクラスのミニバンを新車で買うよりも安いですからね。ものは考えようです」

今後は、ミッドシップカーの弱点であるエンジンの冷却系に手を加えられたらと考えているそうだ。

インタビューが終わり、撮影のためにクルマを置いた場所に移動した。最初はその派手さに驚いた平山さんのS660だが、あらためて見ると、全体的に統一感があり、とてもすっきりしている。メーカー純正の特別仕様車だと言われたら、信じる人もいるのではないだろうか。

「オレンジ色をふんだんに使っていますが、僕はあくまで“さりげなく”ということを目指しました。だからエアロパーツなどはあまり派手になりすぎないようにしています。自分で言うのもなんですが、すごくカッコよく仕上がったと思っています」

クルマは自己表現のツール。ファッションと同じように自分を投影するものだから、他の人と同じものではなく、自分好みに仕上げたい。平山さんはそこに尊敬する人物のエッセンスを取り入れることで、ぶれることなく自分だけの一台を作り上げたのだろう。

ところで、このクルマを奥さまはどのように見ているのか。

「妻は『あなたと一緒にいる限り、広いクルマに乗るのは無理ね』と呆れています(笑)。でもオープンにして走るのは気持ちいいと言ってくれていますよ。実は、僕が西川さんを好きになったのは妻の影響です。だからオレンジ色のカスタムパーツを探すのは、妻も面白がって協力してくれました」

クルマのカスタムは家族の理解が得られず、挑戦したくてもできないという人は多いもの。そんな現状を考えると、平山さんはとても恵まれた環境にいるのだろう。聞けば、爬虫類好きも奥さまの影響だという。

好きな分野で起業し、好きなクルマを好きなように楽しむ。もちろんそこには奥さまの理解がある。鮮やかなオレンジで彩られたS660は、夫婦の愛の形なのかもしれない。

(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人)

[ガズー編集部]

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