初代ホンダ オデッセイを使い倒す未来のプロロードレーサーが抱く夢
ヨーロッパのプロ自転車ロードレーサーを目指す選手を育成している『Yamanakako Cycling Team』。ここに所属する山之内壮真さん(19歳)が初代ホンダ オデッセイのルーフにひょいと登り、競技用の自転車を積み込んでいる。
ルーフバスケットがついているならまだしも、直にルーフに登る姿にドキッとしていたら、山之内さんは笑いながら秘密を教えてくれた。
「これはチームが所有しているクルマで、ガンガン使い倒して構わないという許可を得ています。オデッセイは意外と車高が高いので、ルーフの中央に自転車を積むときは登ってしまったほうが楽なんですよね」
一般の人におすすめできる方法ではないが、クルマを“競技に参加するための道具”として割り切り使い倒していると考えれば、確かに合理的なやり方だ。
山之内さんが自転車に目覚めたのは中学時代。きっかけは“盗難”だったという。
「当時はクロスバイクで塾に通っていました。ある日、塾が終わって自転車置き場に戻ったら僕の自転車がなくなっていて……。盗難届を出しましたが自転車は戻ってきません。当時の生活で自転車は欠かせなかったので、親に新しいロードバイクを買ってもらったんです」
もちろん中学生が乗るロードバイクだから高価なものではなかった。それでもクロスバイクとは比べものにならない爽快感に魅了され、山之内さんは自転車競技部がある高校へと進学する。そして平日は部活に励み、休日はトレーニングで実家がある横浜から鎌倉や三浦半島まで走る、文字通り自転車漬けの高校生活を過ごしたという。
自転車にのめり込むうちに、将来は海外で活躍するプロ選手になりたいという気持ちが芽生えた。そして夢を実現するために、高校卒業後は山中湖に移住。アルバイトをしながらチームの一員としてロードレースに出場している。
「自転車のレースは全国で行われます。静岡、群馬、宇都宮あたりは近いほうで、全日本選手権は島根県で行われます。出場するときはクルマで会場に向かいますが、高校時代は運転できないので父親が運転するクルマでレースを転戦していました」
山之内さんのお父さんは長距離運転が苦にならないタイプで年間数万kmの移動も難なくこなしていたという。しかし山之内さんは親の好意に甘えることをどこか申し訳なく感じていた。自分も早く運転免許を取ってクルマに乗りたい。そんなことを考えながらレースに参加していた。
高校を卒業して山中湖に移り住むと、すぐに教習所に入所。そして2020年の夏にマツダのミドルクラスハッチバック、アテンザスポーツを手に入れた。
「父親が富士スピードウェイで開催されるイベントで走るル・マンカーの787Bを観に行くほどのマツダ党で、実家のクルマはずっとマツダ車でした。僕も初めて乗るクルマはマツダにすると決めていたんです」
3ナンバーサイズのアテンザスポーツは車内に2台の自転車を積むことができる。2.5Lエンジンのパワフルな走りは心地よく、なによりリアに向かってルーフがなだらかに傾斜するスタイルがカッコよく、山之内さんにとってお気に入りのファーストカーとなった。
ところが今回の取材の前日、山道を走っている時にハンドル操作を誤り壁に激突……。アテンザスポーツは廃車となってしまった。アテンザではレースはもちろん、プライベートでもドライブデートを含めていろいろなところに走りに行った。思い入れの強いクルマだけに、山之内さんはかなり落ち込んでいる。
「せっかくの取材だったのに本当にすみません……」と恐縮する山之内さんに、怪我がなかったのは不幸中の幸いと声をかけるものの、心配なのはレースへの参戦だ。地方で行われるレースにクルマがなくて大丈夫なのか。
「もともとチームで参戦するときはオデッセイで出かけていたので大丈夫です。個人で参戦するときはしばらくの間、父親のCX-5を借りるつもりです」
オデッセイはルーフに4台、そしてラゲッジに1台で最大5台の自転車を積載できる。チームで参戦するときは4人でオデッセイに乗って移動することが多いそうだ。
「遠征する時はメンバーが交代で運転します。オデッセイは古いけれど力があるしシートもしっかりしているので移動はかなり楽ですよ。ただ、レース前はみんなかなりピリピリしているので大勢で移動といっても会話を楽しむような雰囲気ではありません。ヘッドフォンをして自分の世界に入り込んでいる感じですね」
遠征で重宝するのがオデッセイのキャプテンシート。レース前でメンバーがピリピリしていると、コーナーで体が左右に振られて隣の人の体に触れるだけで集中力が途切れることもあるという。
2列目が独立したキャプテンシートだと互いに気遣いをせずにレースに向けて気持ちを高めることができる。逆にレース後は開放感や高揚感から、車内は遠足のように盛り上がるそうだ。このギャップに平成生まれらしい若さが垣間見える。
「アテンザを買う前は親からCX-5を借りて遠征していました。うちのは2.5Lのガソリンモデルでパワーに余裕があるから運転が楽だし、クルーズコントロールが付いているので長距離移動も苦になりません。ラゲッジも広くて自転車を楽に積めます。正直に言うとアテンザ以上に移動は楽ですが、いつまでも親に甘えてばかりもいられません。早くお金を貯めて次のクルマを手に入れないと……」
夢は自転車競技の本場、フランスでプロになること。そのためにまずは国内で結果を出さなければならない。
自転車の世界で成功したらどんなクルマに乗りたい? 夢に溢れた青年にこんな質問をぶつけたら、すぐさま答えが返ってきた。
「自転車を積むクルマとは別にマツダ ロードスターに乗りたいですね。実はアテンザを買う時に一瞬ロードスターも頭をよぎりました。もちろん自転車を積むことを考えてすぐに諦めましたが(笑)。やっぱりオープンカーで風を感じながら走るのは憧れます。そしていつか本当に成功したら、ポルシェ911 GT3に乗りたい。ポルシェは子どもの頃から憧れているブランドです」
山之内さんのクルマに対する憧れも、原体験は中学生でロードバイクに乗ったときの爽快感にある。話を聞きながらそれが伝わってきた。スピード感と、体で受ける風の心地よさ。もちろんレース中はそんなことを考える余裕はないだろうから、プライベートでクルマを運転するときに思い切り“風”を楽しむのだろう。ところが山之内さんはレース中の“風”すらも楽しんでいた。
「レースでは他の選手の後ろを走って空気抵抗を減らしたほうが有利です。でも一番前を走っているときの風は最高に気持ちいい。だから無理をしてでも前に出たくなるんです」
なるほど。自転車競技には“トップ選手だけが浴びられる風”があるのか。努力をして、その風を浴び続けた先に、海外での活動と憧れのクルマを手に入れるという夢への扉が待っているに違いない。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人)
[ガズー編集部]
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