初めての愛車は「かわいい」から選んだトヨタ センチュリー

トヨタ センチュリー。官公庁の公用車や大企業の社用車として利用される機会が多いモデルであり、センチュリーをベースに御料車が製作されていることでも知られている。おかかえの運転手がハンドルを握り、オーナーは後部座席に座って移動。そんなイメージを持っている人も多いだろう。

また、プレミアムモデルをカスタムするVIPカーが流行した時は、センチュリーをベース車に選ぶオーナーもいた。

今回紹介する2代目センチュリーのオーナーは、それらとはまったく違う。ノーマルセンチュリーのステアリングを自ら握り、ビジネスで全国を走り回る28歳の女性だ。

全長が5mを軽く超える大きなセダンの運転席から降り立つ、studio8 diffusion LLC代表の松村優菜さん。トラディショナルなクルマと、ビビッドな色合いの洋服を纏う若い女性というギャップの大きさが面白い。しかもこのセンチュリーは松村さんにとって初めての愛車だという。

「免許を取ってから、クルマは必要な時だけ軽自動車のレンタカーに乗っていました。でも、ある日事故に巻き込まれて、乗っていた軽自動車が横転して大破してしまったんです。幸い怪我はせずにすみましたが、それ以来小さなクルマは怖いと思うようになって……」

松村さんは海外のファッション業界に憧れ2015年に単身イタリアへと渡った。そしてブランドの運営やコンサルティングを手がけるようになり、日本とイタリアを頻繁に往復することになった。

「日本でイタリア人デザイナーと行動する機会が増える感じになりそうだったので、自分のクルマが欲しいと思うようになったんです。それで2019年11月末にセンチュリーを買いました」

せっかくクルマを買うなら、イタリアの人に日本の良さをアピールしたい。そして松村さんの頭に浮かんだのがトヨタ クラウンとセンチュリーだった。もう1台候補に上がったのは、ダイハツ エッセ。

「いいなと思ったのは少しくすんだブルーのエッセ。見た目がシンプルでかわいいから、フィアットっぽく乗れるかもと考えたんです。でも事故のことがあったので軽自動車はやめておこうと思い、クラウンとセンチュリーを中古車サイトで探しました」

そして見つけたのがこの1998年式のセンチュリー。購入時の走行距離は約17万kmだった。中古車販売店の店頭でこのクルマを見た時の第一印象がすごい。

「初めて見た時、かわいい!と思いました。とくに鳳凰のエンブレムがすごくかわいい♥」

センチュリーはトヨタが持つ技術の粋を集めたモデルで、熟練工が製造にあたっていた。また、デザインやインテリアの仕立てからは日本の伝統を感じとれるモデルだ。デビューから数十年の時を経て女の子から「かわいい」と言われるなんて、開発者やデザイナーは考えてもいなかっただろう。

ともあれ、走行距離はかなりかさんでいたがクルマの状態はとてもきれいだったので、松村さんはセンチュリーの購入を即決した。イタリアからやってくるデザイナーたちは日本の伝統的なクルマに乗ってどんな風に思うのか。考えるだけでワクワクしていたが、購入後すぐに地球規模のパンデミックが発生して世の中が激変。松村さんの暮らしも大きく変わった。

「海外と日本を自由に行き来することができなくなりました。しかもイタリアは被害が日本以上に深刻なので、日本での活動に専念することにしたんです。そして、仕事で全国を回るならどこに住んでいても変わらないので、ずっと憧れていた海の近くで暮らそうと外房に引っ越しました」

最初はセンチュリーの感覚に慣れていなくて、都内の狭い月極の駐車場や裏路地で四苦八苦したという。千葉県の外房なら駐車場は広そうだし、かなり楽になったはずだ。ところが……。

「せっかくなら周りに何もない場所に住みたいと考えて、田んぼの真ん中にある家を借りたんですよ。駐車場は広いけれど家までの道がものすごく細くて、いつか田んぼに落ちるんじゃないかとヒヤヒヤしています(笑)」

田んぼのあぜ道をトロトロと走る、20代の女の子が運転するセンチュリー。なかなかシュールな光景ではないか。

ここで松村さんにセンチュリーのお気に入りポイントを聞いてみたので、いくつか紹介しよう。

■インテリアの仕立ての良さ

センチュリーのシートに座り、すぐ気づいたのが本革ステアリングのていねいな縫い方。

「これってたぶん手縫いだと思うんです。今、私はビジネスパートナーとオーダーメイドの洋服や小物を手がけているのですが、センチュリーの仕立て方と共通するものを感じます」

インパネ中央にある時計も、昔の応接間のような雰囲気で気に入っているという。

■車名のフォント

“CENTURY”の文字が落ち着いた雰囲気で気に入っている。トランク以外にもドアを開けた時に見えるスカッフプレートやインテリアの時計にも“CENTURY”の文字がつけられている。

■ボディカラー

センチュリーといえば真っ先に黒を連想するが、松村さんの愛車は上質感のあるグレーに。あまり見ない色なので気に入っているそう。

ちなみにこの色は“鸞鳳”(らんぽう)と名付けられた。

■装備類の操作感

たとえば各席に備えられたスライド式の灰皿のふたなど、車内にある装備の動きがとても滑らかで高級感がある。松村さんはタバコを吸わないので灰皿は使わないが、細かい部分からセンチュリーの“コストのかけ方”を感じるそうだ。

■スイッチ類の日本語表記

最近は日本車でも英単語でスイッチの説明が書かれたものがほとんど。しかし、センチュリーは日本語で操作説明が書かれている。

「最初に見た時、漢字が書かれていることにビックリしました。でもこのほうがかわいい感じがします」

ちなみに2代目センチュリーは国産車で唯一V型12気筒エンジンを搭載したモデルだ。大きなボンネットの下に収まるエンジンのカバー、そしてCピラーには“V12”と書かれている。

しかし松村さんはこの意味を知らず「V12、すごいね!」と言われた時に「何それ?」と答えたそう。すごい!と言われなかったら、きっと今でもV12が何を示しているのかわからないまま乗っていたかもしれない。でもそれでいいじゃないか。かわいいクルマを手に入れることができたのだから。

現在、松村さんはビジネスパートナーとともに、センチュリーのトランクと後部座席に荷物をたくさん積んで関西や東北など全国にあるサプライヤーを回っている。購入時に約17万kmだった走行距離は1年半で19万kmを超えた。

「以前は軽自動車に荷物を積んで、3人で岩手に行ったりしていました。センチュリーは高速道路をゆったり快適に走れるから長距離移動も全然苦になりません。肉体はもちろん、精神的にも楽になりました。パートナーとは『応接間にいるみたいだね』と話しています。リラックスして運転できるから、無理に追い越そうとか思わないんですよね。心にゆとりが生まれる感じがします」

移動では松村さんが運転を担当することがほとんどなので、後部座席には滅多に乗らない。でもたまに座るとファーストクラスのように感じる。助手席のシートバックは大きなオットマンになる。これを使って移動するのは相当気持ちいいに違いない。

初めてのクルマ、そして20代という若さで日本が世界に誇るVIPカーの乗り心地を覚えてしまった松村さん。幸せなことではあるが、最初に究極の“味”を知ってしまったので、今後の長い人生でクルマを選ぶことが相当難しくなるかもしれない。

「今、これよりひとつ前のセンチュリーに乗りたいって考えています。実はこのセンチュリーを買いに行った時に、お店の人が最初のセンチュリーに乗っているのを見せてくれて、私もいつかこれに乗りたいと思いました。運転席の横にある三角窓がかわいくて。私はちょっと古くて四角いクルマが好きみたいですね」

だから、今乗っているのは運転の練習用のセンチュリー。松村さんはこう笑う。

なるほど、その選択肢があったか。ただ、初代センチュリーは中古車の流通台数も減っているし、パーツ問題もあるだろうから、ハードルはかなり高い。でも松村さんならどんなに大変でも「かわいい!」で乗り切ってしまいそうだ。

(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人)

[ガズー編集部]

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