ロードスターで先行車を追いかけていた男が今、ジムニー シエラで天の川を追いかける理由

「自分はもう、車を使って楽しむことの“すべて”をやり尽くした」などという不遜なことを思ったことはない。だが正直「ある程度はやりきった」とは感じていた雲然(くもしかり)崇裕さんだった。ビデオグラファー(動画撮影者)であり、上記写真のような「天の川の写真」を撮ることをライフワークとしている人物である。

ちなみに上の写真は、雲然さんが以前撮影した天の川の画像と、フォトグラファー阿部昌也さんが今回撮影した人物&車両画像とを合成したものだ。

大学生の頃に購入したユーノス ロードスターでサーキット走行に目覚め、そちらの活動を徹底的かつ本格的に継続しつつ、同時に超激安中古輸入車でドロ沼にハマる楽しさ(?)も会得。
さらにはホンダ アコード ユーロRで、「これ1台で市街地もサーキットもイケてしまう」という“好バランスな車の歓び”という新ジャンルも知ることになった。

そんな“走り”を主眼とする楽しみ方をしてきた雲然さんに「車で楽しめるフィールドって、走るということ以外にもたくさんあったんだな……」と気づかせてくれたのが、現在の愛車である2019年式のスズキ ジムニー シエラだった。

20代は会社勤めのかたわら、前述のユーノス ロードスターでレースに打ち込んだ。それに体力的な、そして経済的な限界を感じ始めてからは、何台かの「普通の中古ドイツ車」を乗り継いだ。
そして最終的には、専門店が仕上げた2代目フォルクスワーゲン ゴルフの上物を、ひとめぼれで購入した。

そしてちょうどその頃――というか、正確には2代目ゴルフから見て3台前の愛車であったアウディ A6の中古車に乗っていた頃、「自然の中で動画撮影をする歓び」に目覚めた。

「やっぱり車好きとしては『自分の車をカッコよく撮影したい』という煩悩がありますので(笑)、僕もご多分にもれず、当時のコンパクトデジカメでいろいろ頑張って愛車を撮影してました。で、そういったカメラには動画モードも付いてるじゃないですか? その動画モードで愛車を撮影して、ついでにBGMも自分で編集して入れるといい感じになることに気づき、『こりゃいいや!』という感じでしばらくやってたんですよね」

当初は「こりゃいいわ!」と感動した雲然さんだったが、いつしか物足りなさも感じるようになってきた。

普通の市街地で普通に動画を撮影し、入念に編集しても――決して悪くはないのだが、かといって「素晴らしい!」という感じにもならないのだ。

「そこで車を自然の中に持っていって、タイムラプス(一定の間隔で連続撮影した静止画をつなぎ合わせ、一般の動画と同じスピードで再生することで、時間の経過を印象的に表現する手法)で撮影すれば、かなりいい感じになるのでは……って思ったんです」

結果は大正解だった。

得も言われぬほどのグッとくる光景が、生まれた。そしてその行為の副産物として「天の川のタイムラプス撮影」自体にも、雲然さんはハマっていった。

「なんていうのか……丸ひと晩かけて天の川をタイムラプスで撮影して、その出来上がったものを、つまり天の川が動いている様を見ると……馬鹿みたいな話かもしれませんが『うわっ、地球って回ってるな!』というのが心の底から実感されて、どうにもこうにも感動するんですよね。そして『光をカメラに焼き付ける』という行為自体もたまらなく崇高で素晴らしいと感じられたため、どんどんのめり込んでいきましたね」

さまざまな機材をそろえ、機材をそろえるだけでなく腕前も上げていった雲然さんだったが、実は問題もあった。

その当時乗っていた2代目のフォルクスワーゲン ゴルフである。

「いやゴルフ2(2代目ゴルフ)自体は素晴らしいんですよ。車そのものとしても、中古車としても。しかし……天の川撮影のお供にするには無理があるというか、“ゴルフ2では行けない場所”が、あまりにも多かったんですよね」

深夜であっても現代の東京都内では天の川など見られないが、だからといって『郊外へ行けば見られる』というものでもない。人家や街灯の灯りなどがほとんどないような場所へ行って初めて、それは目にすることが可能になる。そして、デジタルカメラの撮像素子(CCD)にとらえることができるのだ。

「だから天の川を撮影できる場所というのはたいていの場合、人里離れた場所なんですよ。で、そういった場所へいくために細い山道を車で登っていくと、たいていの場合、倒木が道を塞いでいたりしますので(笑)一般的なFFハッチバックであるゴルフ2では、そもそも撮影地までたどり着けないことも多かったんですよね……」

そのため、「ゴルフ2が嫌いなわけではないが、“どこへでも行ける車”も欲しい……!」と感じ始めていた雲然さんの耳に入ってきたのが、「スズキ ジムニーが20年ぶりにフルモデルチェンジされるらしい」という噂だった。

「で、そういった話が出てくると、たいていネットにスパイショットみたいなのが出回るじゃないですか? それを見てみると……めちゃめちゃカッコいいわけですよ。もしもスパイショットどおりのカタチであったなら、これはもう買うしかないな――と思いましたね」

正式に発表された新型スズキ ジムニーは、まさにスパイショットどおりの素晴らしい造形だった。そして悪路の走破性能に関しては、わざわざ試乗するまでもなくクラストップレベルであろうと予想された。なぜならば、それはなんてったって「ジムニー」だからだ。

ということで、大学生の頃から30歳になるあたりの頃までは、完全サーキット仕様のユーノス ロードスターにレーシングスーツで乗り込み、コンマ数秒を縮めることに燃えていた雲然崇裕さんは今、フォルクスワーゲン ゴルフ2に加えて増車したシフォンアイボリーメタリックのスズキ ジムニー シエラで、車中泊をしながら星を撮っている。ちなみに軽自動車のジムニーではなく小型乗用車の「ジムニー シエラ」を選んだ理由は、天の川撮影に伴う長距離移動をこなすには、やはり1.5Lであるシエラのほうが断然有利だからだ。

「ジムニー シエラは、本当に“どこへでも走っていける車”ですよね。倒木も、急斜面も、この車にとっては関係がないというか、『それもまた単なる道のひとつでしかない』という感じなんです。撮影のための車中泊も快適に行えますし、舗装路を長距離走るのも、まあまあ得意ですしね」

最高のオフローダーであり、雲然さんにとっては最高の相棒でもある――ということだろうか?

「そのとおりですね。僕にとっては最高の一台です。……もちろんお金さえ出せば、世の中にはもっともっと高性能な大型オフローダーもあるのかもしれません。でも日本の小ぶりな野山で、僕のような普通の人間が相棒として使う分には……ジムニーまたはジムニー シエラ以上の存在って、たぶんないのではないでしょうか?」

サーキットでコンマ数秒を詰めるのにふさわしい車があるのと同様に、「倒木を乗り越えてでも、行きたい場所へ行く」というのにふさわしい車もある。またそれとは別に「コーナリングが得意なわけではないし、倒木を越えられるわけでもない。だがしかし、夫婦や家族などがその幸せを噛みしめるうえでは最適な車」というのも、たぶんあるだろう。

それらから得られるものすべてが広義のドライビングプレジャーであり、「サーキットを駆け抜ける歓び」に続いて「倒木を乗り越える歓び=行きたい場所へと自在に行ける歓び」も知ることになった雲然さんの生活と人生は今、端的に言って非常に楽しそうである。

すなわち、いい車は「人生に効く」のだ。

それがスポーツカーであろうとミニバンであろうと、そしてオフローダーであろうと。

(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也)

[ガズー編集部]

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