スズキ ジムニーは、初めての田舎暮らしを支えてくれる心強い相棒

『NAVI CARS』『MOTO NAVI』の編集長を努め、現在はフリーの編集者に。つい先日はクラウドファンディングで資金を集め、自身の憧れの存在である作家・片岡義男をテーマにした雑誌を刊行。また、「日本武道館のステージを目指す!」という壮大な目標を立てて結成したバンドでデビューを果たしてアルバムもリリース。文字通りマルチな活動を行う河西啓介さん。

長くクルマやバイクとライフスタイルをテーマにした活動をしてきたこともあり、河西さんには都会的なイメージが漂う。ところが現在、河西さんが暮らすのは千葉県の南房総市。それも“里山”と呼びたくなるような田園風景を抜けて、少し山の中に入った場所になる。クルマを15分ほど走らせれば、そこは海だ。

河西さんの現在の愛車は2018年にデビューすると同時に大ヒットモデルとなり、今なお多くのバックオーダーを抱えるスズキ ジムニーと、街乗りはもちろんトレッキングもこなせるホンダ CT125 ハンターカブ。ジムニーは河西さんの愛車歴の中で初の国産車になる。

「これまで仕事で数え切れないほどのクルマに乗ってきたし、自分でも多くのクルマを所有してきました。その中で3回ほど転機になるクルマと出会っています。ジムニーは間違いなく僕にとって大きな転機でした」

もともと小さな欧州車が好きで、社会人になり初めて手に入れたクルマはアウトビアンキ A112だった。最初の転機が訪れたのは2012年。手に入れたクルマは1991年式アルファロメオ スパイダーだ。

「自分で会社を立ち上げて『NAVI CARS』を創刊した時“もういちど、クルマと暮らそう。”というテーマを掲げました。家族ができるとなかなか自分の好きなクルマに乗れないものですが、40歳を過ぎたくらいでもう一度好きなクルマに乗ろうよというメッセージを“クルマと暮らす”という言葉に込めたのです」

“もういちど、クルマと暮らそう。”と人々に問いかけた時、果たして自分はクルマと暮らせているのかと自問した。そして20代の頃から憧れ続けたスパイダーを手に入れる。スパイダーに乗るようになり「好きなクルマと暮らすというのはこういうものか」と実感した。

2度目の転機は2016年。クルマは先代ジープ ラングラー ルビコンだ。

「それまで大きなクルマには興味がなかったのですが、タフなクルマにはどこか憧れを持っていました。あるジャーナリストに『いつかラングラーが欲しいんですよね』と話したら、真顔でこう言われました。『河西君。ラングラーはいつか乗るクルマじゃない。今乗るクルマだよ』って」

普段だったら笑って受け流しそうな言葉だったが、河西さんは「そういうものか」と感じ、本当にラングラーを手に入れてしまった。スパイダーも所有していたので、古いオープンカーとタフな4WDという対極の2台がガレージに並ぶことに。この経験は河西さんのクルマの価値観を大きく変えるものになったという。

そして3度目の転機が、ジムニーと暮らすようになったことだ。この話をするには、河西さんが南房総に移り住んだ経緯から紐解く必要がある。

「僕は千葉県の船橋出身で、子どもの頃から東京に憧れていました。社会人になって東京に引っ越し、日々の暮らしを満喫していましたね」

2020年の秋、河西さんは友人から「千葉に釣りに行こう」と誘われた。釣りの経験はなかったが教えてくれるならいいよと付き合った。その時、ふと「せっかく千葉に行くなら不動産屋を覗いてみよう」と思い立った。

不動産屋の軽自動車に先導されていくつかの物件を見て、最後に見た山の中にあるアパートを借りることにした。

東京に憧れ、スパイダーとの濃密で快適な暮らしを満喫していた河西さんが南房総に拠点を構えたのは、コロナ禍の影響もあったのだろうか。

「コロナのことは意識しませんでしたが、心のどこかにあったのかもしれないですね。ただ、同じ海のそばでも湘南エリアは考えませんでした。湘南は人が多いしオシャレな店もたくさんあるから、東京と変わらないでしょう。どうせなら思い切り田舎に拠点が欲しいと思ったんです」

この時点で、河西さんは東京と南房総のデュアルライフ(2拠点生活)を考えていた。生活の拠点はあくまで東京。月に数回南房総で何日か過ごして英気を養い、また東京での暮らしに戻る。そんな計画だった。

ところが南房総で暮らしてみると、ここでの時間が思いのほか快適なことに驚いた。東京だと一歩外に出ると誰かの目があるから、多少なりとも気を遣うもの。ギターを弾くにも隣人の迷惑にならないかを考えなければならない。でも南房総では周りに人がいないので何も気にする必要がなかった。

コロナ禍以降はリモートワークが推奨されているので、打ち合わせなどもオンラインが中心に。最初はたまに南房総に行くという感じだったが、だんだんと南房総で過ごす時間が長くなった。

「友人に状況を話したら『それなら東京を引き払えっちゃえば?』と言われました。自分の頭にまったくなかった発想で最初は『無理だよ』と思いましたが、すぐ『それもありだな』という結論に達しました。東京の家賃は10万円以上します。コロナ禍以降、東京のホテルはすごく安くなっているので、一泊5000円でもそこそこいい部屋に泊まれる。月に10日間ホテル暮らしをしても家賃の半額以下だし、光熱費もかからない。だったら南房総に拠点を移しても困らないだろうと思えたのです」

河西さんは今の生活を2拠点生活よりももう少し田舎に軸足を置いた“1.5拠点生活”と呼んでいる。ただ、1.5拠点生活にはひとつ問題があった。それがクルマだ。

不動産屋に連れられて今の住まいを見に来た時はスパイダーに乗っていた。田んぼの中の道を走り、山の中に入っていくと、車高の低いスパイダーの下回りを何度もゴツンとやってしまった。南房総でスパイダーとともに暮らすと気を遣うことが多くなる。何より南房総で見るスパイダーには“よそ者感”が漂っている。河西さんは思い切って南房総で暮らすためのクルマを手に入れ、スパイダーは東京で楽しむことにした。

「公共交通機関でどこにでも行ける東京で暮らしていると、クルマは趣味だったり、自己表現のツールという意味合いも大きいですよね。でも南房総ではクルマはライフラインです。生きる上で絶対に必要だから所有する。長くクルマに乗ってきましたが、これは初めての経験だったので、とても新鮮でした」

南房総ではどんなクルマと暮らそう。家の周りには細い道が多いので、軽自動車じゃないと対向車とすれ違うこともままならない。地方では軽自動車が人々の生活の足として活躍しているが、それには意味があることを思い知らされた。でも、どうせならカッコよく乗りたい。そこで河西さんはジムニーのコンプリートカーを選んだ。

「軽の中でジムニーを選んだのは、世界で一番“どんな道でも走れるクルマ”だと思ったからです。オフロードの走破性はメルセデス・ベンツ Gクラスやランドローバー ディフェンダーも十分高い。でも車体が大きいことがネックになり走れない道もあるでしょう。小さなジムニーはその心配がない。逆に言えばジムニーで行けない道は、ほかのどのクルマでも走れないだろうと思ったのです」

田舎暮らしをしてみると、ふとした時に自然の脅威のようなものを感じることがあるという。夏の大雨では、夜中に外を見ると家の目の前の山から大量の水が流れ込み、膝下くらいまで来ていたことがあった。慌ててギターをジムニーに積んで避難。間もなく雨は止み事なきを得たが、もしスパイダーだったら逃げることはできなかっただろう。

「僕のジムニーは上級グレードのXCなので、シートヒーターや本革ステアリングもついています。豪華とは言えないですが、何かを我慢しているという感覚はないですね。あと、MTを操るのも面白い。パワーがあるクルマではないので、逆に田舎の道を法定速度内で走らせるだけでドライビングを楽しめます。これは500ps、600psのエンジンを積んだクルマでは絶対に味わえない感覚です」

唯一懸念していたのは長距離移動が辛いかなということだが、実際に高速道路を走ってみると、余裕綽々ではないが十分快適に移動できる。何より高速道路が軽自動車料金で利用できるのが助かっている。

最初はジムニーさえあれば南房総ライフを存分に楽しめると考えた。でも実際に暮らしてみると、もっと気軽に乗れるものが欲しくなった。そして手に入れたのがハンターカブ。コンビニなど近所の買い物にはこれで出かけている。

「ハンターカブはまだ乗り始めたばかりですが、先人たちの経験から“カブは絶対に壊れない”という刷り込みが僕の中にありました。ジムニーとハンターカブは僕の南房総ライフで最強の組み合わせだと感じています」

雑誌を通して多くの読者を魅了し、彼らにとって憧れの存在でもあった河西さん。彼ならではのライフスタイルを感じさせる輸入車に乗り続けてきたが、まさか南房総でジムニーとカブに乗る暮らしにたどり着くとは想像もしていなかっただろう。

「今の悩みは、ジムニーとカブはどちらも“あがりのクルマ”な感じがあること。でも僕は年齢的にも落ち着いちゃうにはちょっと早いかなと思って。これから先、どう展開させていくかはなかなか難しいですね。まあ、楽しい悩みですが(笑)」

多くの人は変化のきっかけが目の前に現れた時、できない理由を探して変化を遠ざけようとするものだ。しかし河西さんはスパイダーも、ラングラーも、そしてジムニーも、突然の転機を受け入れて、どうやれば実現できるかを考えてきた。

きっと次の展開も、突然現れるだろう。河西さんはそれを楽しみながら次の流れに身を任せていくに違いない。

(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人)

[ガズー編集部]

愛車広場トップ

MORIZO on the Road