使い捨て文化へのアンチテーゼとしての鉄鍋と保護犬、そしてレガシィ アウトバック

次から次へと登場するニューモデルにおおむね3年ごとに乗り替え、ペットショップで生体販売されている血統書付きの犬を、数十万円で購入する。

そういったライフスタイルを「素晴らしいもの」「ステキなこと」として喧伝する立場に立つほうが――まぁ犬のことはいったん置くとして――自動車ライターの処世術としては賢いのかもしれない。

だが自分はどうしてもそれらを――決して否定するわけではないが、積極的に推奨する気にはなれない。

そして、走行15万kmのスバル レガシィ アウトバックに保護犬を乗せて走る山口壮一さんのお話を聞いた後には、とりわけそう思うのである。

2008年式の初代アウトバックに乗り続ける山口さんは「鉄鍋伝道師」。神奈川県の葉山町にて、さまざまな鉄製の鍋やフライパンとともに「最高にうまい各種食材」を取り扱うお店『COOK & DINE HAYAMA』を営みつつ、鉄鍋を使って作る料理の素晴らしさを地道に啓蒙し続けている。

「とはいえ、若い頃の自分は料理なんてひとつもできませんでしたし、外食をするにも『とにかく安いところで!』みたいなタイプでしたが(笑)」

そんな山口さんが料理にハマったのは――というか、正確には「安価なモノを使い捨てながら暮らすのではなく、良いモノを直しながら&育てながら使い続けるほうが、何倍もシアワセである」と気づいたのは21年前。「ダッチオーブン」に出会ったことがきっかけだった。

「ダッチオーブンというのはご存じのとおり、持ち手と蓋の付いたぶ厚い鋳鉄製の鍋です。それとひょんなきっかけで出会い、レシピ本に言われるがまま、とりあえずトンポーロー(豚の角煮)を作ってみたところ……おそろしいぐらいにうまかったんですよ。なんにも“ワザ”なんて使ってないのに、なんでこんなにうまいの? ってことでそれ以来、完全にハマってしまいました」

ダッチオーブンおよびその他の鉄鍋や鉄フライパンで料理を作っていく過程で「食材」にもハマり、長年勤めていた百貨店を退職して独立。まずはネット通販で鉄鍋と食材の販売をスタートし、その後、葉山と横浜に実店舗を構えるに至った。

そんな流れのなかで出会った車が、2008年式のスバル レガシィ アウトバックだった。

「私はGAZOOの記事を読んでいらっしゃる皆さんのような“大の車好き”というわけでもないため、車は、いちばん最初に家から近いディーラーで買った5ナンバーサイズのステーションワゴンにずっと乗ってました。それを選んだ理由ですか? 価格とサイズが手頃だったという、まぁそれだけです(笑)」

その5ナンバーワゴンに特に不満もなく乗り続けていた山口さんだったが、鉄鍋の試作品や完成品を店舗や工場などに運搬するにあたり「もう少し大きなサイズのステーションワゴンが必要だな……」と思い始めていたとき、レガシィアウトバックという“本物”に出会ってしまった。

「衝撃的でしたね。車のメカニズムについての詳しいことはわかりませんが、フルタイム4WDだからでしょうか? カーブでも高速道路でも路面にひたすら吸い付くような走行感覚と、全体の剛性感は、それまで私が触れたことのあるどんな車とも違っていた。そしてデザインも、ボディの上端のほうが絶妙に絞り込まれていて美しい。……これなら長く乗れる、と思いましたね」

山口さんが、鉄鍋以外にも「長く愛せるモノ」を見つけた瞬間だった。

その“長く愛せるモノ”に先代の保護犬「ゴン太」を乗せ、山口さんは各地を走った。ゴン太は、レガシィ アウトバックの後席から外の景色を眺めながら走るのが大好きだったという。

だがそんなゴン太にも生き物の宿命としての寿命は訪れ、そしてその後、レガシィ アウトバックという機械も“寿命”を迎えようとしていた。

「や、正確には寿命ということはぜんぜんなくて、まだまだ走行10万kmでしたから、いろいろ直しながら普通に乗ることはできました。でも、10万kmという節目を迎えたことで『買い替えるべきなのかなぁ……?』と、漠然と思ってしまったんですよね」

漠然と買い替えを志向しはじめた山口さんだったが、冷静に考えてみれば、レガシィ アウトバック以外に乗りたい車は特になかった。

「言ってはなんですが“どうってことない車”を買うにしても、新車だと200数十万円はかかってしまいますから、どうしようかなぁ……なんて思っていたときにひらめいたんですよね。そうだ、アウトバックを好みの色にペイントしちゃえばいいんじゃないか?――って」

なんとなくのイメージとして「ベージュ系の2トーンに塗ろう」と考えた山口さんだったが、塗装専門店の主人が「いや、もっと濃い色のほうが絶対に似合いますよ! ついでにトリム部分もウッド風にするのがカッコいいと思う!」と提案する内容に納得し、結局は現在の「モカ的なボディ色+ウッド風塗装」というワン・アンド・オンリーなレガシィ アウトバックが出来上がることになった。

「やってよかった……としか言いようがありませんね。この個性に大満足してますし、自分の車に対しての“愛着”がさらに増しました。費用は40万円ぐらいかかりましたが、特に興味もない新車を200万円以上出して買うのはどうかと思いますし、40万円でここまで豊かな気持ちになれるなら『安いものじゃないか!』というのが正直なところです」

実は今回の撮影の数日前に、山口さんのレガシィアウトバックはラジエターとその他一部の機構が故障し、その修理には10万円ほどの費用がかかったそうだ。

「でも人間だって年を取ってくればいろいろありますし、この車もかなり年季が入ってますから(笑)、10万円の修理費というのは“当然の医療コスト”みたいなものですよね」

毎年のように修理費50万円レベルの故障が頻発するようならさすがに考えるが、そうでないならば、特に問題はないという。

「……使い捨てのアルミ製フライパンと違って、鉄鍋って“育つ”んですよ。しっかりケアしてあげればどんどん状態が良くなっていくし、一生使えるどころか、世代を超えて使えるんです。

細かな機械部品の集合体である車の場合は、さすがに『育つ』というのはないのかもしれません。でも……こうやって塗り替えるなどすれば、そしてどこかがちょっと壊れたならば直してあげれば、どんどん愛着が湧いて、その愛着や思い出が、心の中で育っていくんですよね。だから……今は『このアウトバックにもっともっと乗ってやろう!』という気持ちしかないんです」

そのようにして「ある意味育ったアウトバック」の後席は今、2代目の保護犬である「チータ」にとってのお気入りの場所になった。

千葉県の山中に捨てられ、推定1年間は山で孤独に暮らしていたチータが山口家に来たときは、とてもじゃないが普通に飼える状態ではなかったという。山中での孤独と恐怖は、幼かったチータの心を完全に蝕んでいた。

だがそれから3年。まだ、人間がたくさんいる商業施設などに行くのは苦手だが、山口さんおよびそのご家族には心を開くようになった。そして、チータにとっては見知らぬ存在である取材班の前でもポーズ(?)を取れるようにはなった。

何事も“育つ”のだ。だから、あきらめたり捨てたりする必要は――ない。

(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)

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