大仏や石仏を撮影しながら旅するフォトグラファーがスズキ スペーシアをパートナーに選んだ理由
この企画のような愛車取材をオーナーに依頼すると「うちのクルマはありふれたファミリーカーだし、語ることなんてないですよ……」と言われることがよくある。
でも実際にお会いして話を聞いてみると、その方しか持ち合わせていない愛車とのストーリー、そして独特なクルマの使い方が見えてくるものだ。
今回紹介する先代スズキ スペーシアのオーナーもまさにそうだった。
彼女の名前は半田カメラさん。職業はフォトグラファーだ。
1年半ほど前に取材した飛行場近くで爆音浴を楽しむ2代目ホンダ フィットオーナーから「おもしろい人がいるよ」と紹介していただいたのだが、半田さんは「私はクルマに詳しいわけではないし、何も話せないですよ」と言う。
でもフィットオーナーから「ライフワークで全国の大仏や石仏を撮影している大仏写真家で、本も出版している」と聞いた時、これは絶対におもしろい話が出てくるはずだという直感が働き、なかば強引に取材を受けていただいた。
半田さんは出版社の写真部でアシスタントを経験した後、フリーランスのフォトグラファーとして独立。さまざまな雑誌で著名人のポートレート撮影を担当してきた。
20代は撮影活動に忙殺されたが、30代に入り「仕事だけじゃ人生がもったいない」と感じるようになり、旅を楽しむ時間を持つようになった。
興味があったのは巨大建造物。その流れで牛久大仏を訪れた際に衝撃を受けたという。
「100mを超える高さのビルは日常的に見ていますが、人型をした120mの巨大建造物なんて目にしたことがなかったので、圧倒されました。でもレンズを通してみたら、大仏の撮影もポートレートだなと感じました」
普段、人物を撮影する際は撮りたい写真に合わせてライティングをしたり、被写体にポーズをお願いしたりできる。
だが大仏、それも世界一の高さを誇る大仏にそんなことが頼めるわけもない。
どの季節、どの時間帯だと自分が思い描いたとおりに撮影できるか。半田さんは当時乗っていたスバル プレオで何度も牛久に足を運んだ。
「大仏様は季節や時間帯によってさまざまな表情を見せてくれるので、すっかりのめり込んでしまいました。そして調べてみると、牛久大仏以外にも巨大な仏像は全国にたくさんあることがわかり、時間を見つけてはクルマで大仏巡りをするようになったのです」
現在は大仏にも行くが、意図的に屋外にある小さな石仏の撮影も行っている。
小さな石仏は山道を1時間以上歩かないとたどり着けない場所にあるものも珍しくない。また、石仏は屋外にあるため風化で崩れてしまったり、雪崩や土砂崩れで流されてしまうこともある。
だからこそ体力があるうちに少しでも多くの石仏をカメラに収めておきたいと考えているそうだ。
そんな半田さんの愛車は先代スズキ スペーシア。ここには大仏写真家ならではのこだわりがあった。それは“クルマは絶対に軽自動車を選ぶ”ということ。
お寺に行こうとしたらだんだん道が細くなり、果たして自分のクルマでたどり着けるのか心配になった……。
観光で地方のお寺や神社を訪れたことがある人ならこんな経験をしたこともあるはずだ。
考えてみたら、お寺や神社はクルマが世の中に登場するよりもはるか前からそこにある。当然お寺の前の道も古いので、場所によってはクルマが通ることを考慮していないままで残っていても不思議ではない。
いずれにしても半田さんは全国津々浦々のお寺に撮影に向かうために細い道を頻繁に走るため、車幅が狭い軽自動車が絶対条件になったという。
「以前レンタカーを借りてお寺に向かったら途中でコンパクトカーでも通るのが厳しい道があり、結局引き返して地元の方の軽自動車に乗せてもらったことがありました。
山寺の石仏に会いに行く際は、途中にある小さな駐車スペースにクルマを停めてそこから山道を歩きます。撮影を終えて帰ろうとしたら駐車スペースと道が狭すぎて何回も切り返さないと出られないことも珍しくありません。大仏写真家にとって、クルマは小さければ小さいほど便利なんですよ」
では数多ある軽自動車の中から、半田さんはなぜスペーシアを選んだのか。
理由はお子さんが生まれたから。半田さんはプレオの後に新車でスズキ ワゴンRを購入。それがかなりの距離を走ったことから買い替えを検討した際、最初はスズキ ハスラーにしようと思ったという。
たしかに軽クロスオーバーのハスラーなら山道もワゴンRよりも楽に走ることができそうだ。ただ、普段使いはスライドドアのほうが子育てに便利。そう考えてスペーシアにした。
実際にスペーシアに乗ってみるとスライドドアはお寺の狭い駐車場でも撮影機材を楽に出し入れできるのでとても便利だった。
また、半田さんは長期の撮影には家族で出かける。そのため撮影機材に加え、海外旅行用のスーツケースに衣類などを詰めていく。お子さんが小さかった時はさらに大量のおむつなども持っていかなければならなかった。
背が高いスペーシアはたくさんの荷物を楽に積むことができるので何を持っていくか悩んだこともないという。
撮影したい石仏があれば、全国どこでも旅する半田さん。北海道と九州はさすがに飛行機を使うが、本州と四国なら青森県でも山口県でも迷わずクルマで向かう。
そんな旅の代表的なスケジュールを聞いて驚いた。
西へ向かう場合、まずは神社仏閣が多い愛知県を目指す。そして愛知で撮影をして一泊。翌日は大阪府を目指しつつ、気になる石仏があれば途中で高速道路を降りて撮影する。
昨年は滋賀県の栗東で降りて山道を走り、さらに一時間以上山道を歩いて山奥にある石仏を撮影した。
長い旅になると大阪の後は四国に渡り、高知県や徳島県で撮影。このあたりにも山の上に古い石仏が多くあるそうだ。
そして本州に戻り、岡山県や兵庫県で撮影。大阪周辺、愛知周辺で再び撮影し、東京に戻る。長いと10日ほどの旅になる。
ただ、旅の行程はざっくりゴールだけ決めてあとはその場の思いつきで動くので、旅は予定より長くなることも短くなることもあるそうだ。
大仏写真家には小さな軽自動車が最良の選択とはいえ、これだけの移動を繰り返すとなると非力な軽自動車だとかなりきつそうだが……。
「私は軽自動車しか所有したことがないから、今の状態が辛いかどうか判断できません(笑)。長旅では夫も運転してくれるので、嫌だなと思ったことはないですね。
高速道路を走る時、私は一番左の車線を80km/h前後でのんびりと気持ちよく走っています。これくらいのスピードが燃費も一番延びますね。夫はもう少しスピードを出すので、とたんに燃費が悪くなります」
半田さんは家族で撮影旅行に出かける際、ルールを一つ設けている。旅のおおよその日程は半田さんがつくるが、それを家族には伝えずに旅に出るのだ。
「主目的が大仏や石仏の撮影なので、夫と娘はそれに付き合ってもらう形になります。だから撮影中は退屈したり、行くこと自体が面倒だったりすることもあるはず。どこに行くかわからずに出かけると、目的地に着いた時に驚いてもらえるかなと思って。
夫は地形や地層などが好きなので、私が撮影している最中も周囲を散策して楽しんでくれているので助かっています」
わからないこと、気になることがあってもインターネットで検索するだけでどんなことでも答えにたどり着ける現代社会。半田さんも事前に情報収集した上で旅に出れば効率よく撮影をこなせることはわかっている。
でもそれはネット上に情報をアップした人がたどった道をなぞるだけ。だったら効率は悪いし失敗もあるが、事前情報は極力入れずに旅に出たほうが旅を楽しめるし、ネットにすら情報がない無名の石仏に出会える期待が高まる。
ベーシックな軽ファミリーカーのスペーシアは、半田さんのアドベンチャー感あふれる旅にもしっかり付いてきてくれる、頼れる相棒だった。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 撮影協力/九品仏浄真寺 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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