重度の輸入車マニアが初代マツダ ロードスターを選んだ理由
ガレージに並ぶのは、1960年代製のフランス車2台と、その交換用エンジン。……どこからどう見ても「輸入車エンスー」の住まいである。
オーナーである神戸市在住の翻訳業・吉岡正次さん本人にその車歴を尋ねても、「……この人は輸入車、特にフランス車のマニアである」という筆者の確信は深まるばかりだった。
詳しくは後述するが、現在ガレージ内にある1964年式ルノー 8ゴルディーニ1100と1969年式のルノー 8 Sに加え、これまで乗ってきたのは2台のルノー4と、英国製の元祖ミニ(これも2台)、初代ルノー トゥインゴ、アルファロメオ アルフェッタ2.0 GTV、そしてその他もろもろ……。
これを「輸入車マニアの選択」と言わずして何をそう言うのか? とでも言うべきラインナップである。
だがそんな吉岡さんのガレージの一番目立つ場所、もっとも出し入れしやすい場所にある1台の白いオープンスポーツは、さまざまな意味で異彩を放っている。というか、来訪者に違和感を覚えさせる。
1991年式マツダ(当時ユーノス)ロードスター スペシャルパッケージ装着車。
言わずと知れた軽量オープンスポーツの世界的名作だが、なぜそれがここに、つまり「重度のフランス車エンスーのガレージ」にあるのか?
その旨を率直に尋ねると、吉岡正次さんは答えた。
「そんなに違和感ありますか? 僕はフランス車が好きというよりも『小型で軽量でシンプルな、後輪駆動のMT車』が好きなだけなんです。その意味では、ゴルディーニもロードスターも“同じ”とまでは言いませんが、共通する部分の多い車だと思うのですが……」
大学生だった20歳で車の運転免許を取得し、最初に買った四輪車は中古のフォルクスワーゲン サンタナ。
それを聞くと「おっ、いきなり輸入車エンスーの道に踏み入ったな?」と思うわけだが、実際はサンタナに約1年間乗った後は「グランドシビック」こと4代目ホンダ シビックの中古車に乗り替え、そしてお次に初代スバル レガシィ RSの同じく中古車を購入してミニサーキットに通うという、どちらかと言えば国産車派な学生生活を送った。
輸入車の魅力にとりつかれたのは、いや、傍からはそう見えるようになったのは、社会人になってからだ。
最初の輸入車は、実兄の知人から譲ってもらったアルファロメオ アルフェッタ2.0 GTV。故障したエアコンを「エンジン負担軽減のため」と信じて潔く取り外したのはいいが、今度は暑すぎて夏に乗れる車がなくなったため、「とりあえずエアコンが利く足グルマ」として2代目のBMW 5シリーズを10万円で購入。
それが壊れると、新車を試乗してみて気に入った初代ルノー トゥインゴの中古車を購入し、ワンメイクの草レースに鋭意参戦した。
「当時は初代トゥインゴを本当に気に入ってしまい、特に『何の変哲もない1.2L OHVエンジンの素晴らしさ』にハマったんですよね。で、どうやらそのOHVエンジンのルーツは『ルノー 8(ユイット)』という1960年代の車にあることを知りました。
『じゃあ、いっちょうルーツに行ってみるか!』と思ったわけですが、ただルーツに行くのもどうかと思い、ルノー 8のスポーツバージョンである『ゴルディーニ1100』にしたんです。それが、今ここにあるブルーのルノー8です」
言わば宝物であるルノー 8 ゴルディーニ1100と並行してさまざまな中古輸入車を足グルマとして購入し、今から10年前には「スポーツモデルではない普通のルノー 8」も買い足した。それが写真上のアイボリーのルノー 8 Sであり、吉岡家の人々にとっての大切な「おでかけのお供」になっている。
そして話は冒頭近辺に戻る。フランス車を中心とする往年の輸入車にそこまでずっぽりハマっていた吉岡さんは、なぜ今から3年半前、「NA」こと初代マツダ ロードスターを購入したのか?
「根本的な話はさておき、きっかけになったのはフォルクスワーゲン シロッコでした」
今から6年ほど前、吉岡さんは仕事の関係でひんぱんに長距離移動をしなければならない時期があった。だが1960年代の車では不安が残る。奥様が乗っていた最近の車を奪うわけにもいかない。代わりになる「長い距離を楽ちんに走れる車」が必要になった。
「そこで目をつけて購入したのがフォルクスワーゲンのシロッコという4座クーペで、これが本当にいい車でした。1.4Lのツインチャージエンジンはトルクフルで、世間ではいろいろ言われた7速DSGというトランスミッションも、僕は本当に素晴らしいと思いましたし」
吉岡さんいわく「本当にいい車だった」というシロッコを使って仕事のための長距離移動を繰り返した日々だったが、その仕事にもひと区切りがついた。つまり、毎日のように長距離移動を繰り返す必要はなくなった。すると――。
「するとですね、シロッコにはまーーーったく乗らなくなってしまったんですよ。当時はあんなにもいい車だと思ってましたし、実際そのとおりだと思うのですが、パッタリ乗らなくなってしまった。
そのときに気づいたんですね。世の中には『どこかへ行くための車』と、『ただ乗ることが目的である車』の2種類があるんだなと。そしてシロッコは――あくまで僕にとってはですが――『どこかへ行くための車』カテゴリーに入る存在だったんです」
そのことに気づいた吉岡さんは、至急「用事を済ませるためではなく、そして人や家族のためでもない“自分”が運転を楽しむための車」を求めた。その役割に適任であるはずの青いゴルディーニは、レストアの関係で登録を抹消していた。
そして見つけたのが、この1991年式マツダ ロードスターだった。
マツダスピードによるストリート向けチューン「B-spec」が施されたエンジンに換装されていたという点も、購入の決め手であったことは確かだ。だが「本質的なポイントは別にあります」と吉岡さんは言う。
「先ほども申し上げましたが、僕が好きなのは『フランス車』ではなくて『小型で軽量でシンプルな、後輪駆動のMT車』なんです。だから、例えばルノーの最新世代のスポーツモデルを見ても、もちろんその性能を『凄いな!』と思いますが、別に欲しいとは思わないんです。
でも初代マツダ ロードスターをあらためてじっくり見直したとき、シンプルに『これが欲しい!』と思った。それだけのことなんですよね」
初代ルノー トゥインゴに乗っていた頃はワンメイクのカップ戦で活躍していた吉岡さんだけあって、購入後に機械式LSDを装着した1991年式ロードスターでサーキットに行くこともある。パイロンターンの練習会にも参加している。
だがそれ以上に「ふとした瞬間、ロードスターでちょっとそこまで出かけていく」という日常的な行為そのものを、心底楽しんでいるのだという。
「仕事で煮詰まったときには必ず、ロードスターで六甲山へ走りに行きます――なんてコメントすればわかりやすい話になるのでしょうが、実際は違います。別に気晴らしとかではなく、本当に『ふと思い立った瞬間』に、曲がりくねった六甲山の向こう側にあるごく普通の田舎道を、ロードスターの幌を開けてのんびり走るんです。
といってもせいぜい週1回あるかないかぐらいですけどね。それだけのことなんですが、この『小型で軽量でシンプルな、後輪駆動のMT車』は、他では得られない楽しみを僕に与えてくれています」
世の中に速い車や快適な車は星の数ほどある。だが『シンプルなのに、あるいはシンプルだからこそ、楽しい。気持ちいい』と心の底から感じられる車の数と種類は、特に2022年の今となっては、きわめて少ない。
そして少ないからこそ「車の国籍なんぞにこだわる理由もヒマもない」というのが、それでもフランス車エンスーであることは間違いない吉岡正次さんのガレージの一番手前に、おそらくは広島県で作られたオープンカーが収まっている理由なのだろう。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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