好きな時に好きな場所を旅する。N-VANで実現した自由な生き方
Instagram(@ rui_vanlife)をメインに、SNSで自身のバンライフを発信しているruiさん。DIYで仕上げたというホンダ N-VANを見てみたくなり取材を申し込んだのは4月の中旬だった。
こちらの依頼を快諾いただいたものの、取材は急遽ゴールデンウィーク前に行うことになった。
「実はこれから北海道に行くので、その前のほうがいいかと思いまして。ゴールデンウィーク前なら東京に立ち寄ることができます」
「我々はそこまで急いでいませんので、北海道から戻ってからでも大丈夫ですよ」
「そうなると、11月下旬になってしまうんです……」
なんと、ruiさんは半年以上かけて北海道を旅する予定だという。それを聞いて慌てて取材をセッティング。それが今回の記事になる。
ガーデングリーン・メタリックのN-VAN +スタイルファンはルーフキャリアにストレージボックスが積んであることからアウトドア好きの人が乗っているのだろうなと想像できる。
でもそれ以外の部分はほぼノーマルの状態だ。ところがドアを開けると度肝を抜かれる仕様になっている。
ルーフからサイドウォールまで木の板を貼って心地いいバンライフを楽しめるよう演出。頭上に設置した棚の裏にはよく見ると布が貼られていて、座る角度によって裏地のように柄が目に入る作りになっている。
運転席の後ろには天井などとカラーを統一した大きな木のテーブルを設置。テーブル周りにはカップをはじめ、日常で使うものが手の届く範囲に効率的に収納されていた。
そしてウッドで温かみを感じる仕様になっているとはいえ、ともすると殺風景になってしまう車内をさまざまな小物によって楽しげに演出してある。これがすべてDIYというのはにわかに信じられないほどだ。
「DIYする際、おじさんの日曜大工的なものには絶対にしたくないという思いがありました。InstagramやYou Tubeを見るとキャンピングカーの内装にはいくつかパターンがあって、北欧やオールドアメリカンを意識したものが圧倒的に多いんですよね。
僕が好きなのはアジアンテイスト。でもそういうクルマはなかったので、だったらインドネシアのバリ島をイメージした内装にしようと思ったんです」
言われてみると濃い茶色のウッドはバリ島のレストランやホテルでよく見る色使いだ。ターコイズブルーの布や小物はアジアン雑貨店として有名なチャイハネで調達。ちなみにruiさんが着ている洋服もほとんどがチャイハネのものになる。
長期に亘る旅で重要になるのが、電気をどのように確保するか。ruiさんはN-VANに2台のポータブルバッテリーを積んでいる。
「オフタイムのキャンプだと自分で火をおこしたりバーナーを使って外で料理をしたりするのが楽しいですよね。でも僕はこのクルマの中が日常なので、いかに楽できるかが大事。だからバッテリーから電気をとって電気ケトルや炊飯器などの家電を使っています」
たしかにキャンプが好きだからといって、家でも飯ごうで米を炊いたりはしない。
「もちろん車中泊を始めた頃はバーナーなどを使っていたこともあるのですが、換気や火の始末・片付けの問題があるのでどんどん使わなくなりました。
おそらく多くの方はキャンピングカーを見た時に『どんな装備がついているか』に注目すると思います。でもバンライフを続けていると、『何がないか』を見るようになるんですよ。自分が使っている道具がないと、この人はどうやってやりくりしているのかが知りたくなります。そこからより快適なバンライフのヒントが見えてくるので」
そんなruiさんがN-VANでバンライフを始めることになったのは、コロナ禍の影響が大きかったという。
ruiさんは演劇などの音響効果を担当する音楽家として長く活動してきた。劇団がリハーサルを行う時は、ruiさんも多くの機材を持ってリハーサルに参加する。
元々N-VANはステージ用のスピーカーやミキサーなどを運ぶ機材車として購入したという。
コロナ禍で飲食や旅行業界とともにエンターテインメント業界が大打撃を受けたのは承知の通り。ruiさんもほとんどの仕事がキャンセルになり、精神的に大きなダメージを受けた。
その時、これまでやってきた演劇の仕事はセミリタイヤして、長年やりたくてもできなかった旅を楽しみながら、今後の人生を考えようという結論に至った。
たとえば秘境の写真を見て「ここに行きたい!」と思っても、仕事があれば旅に出るのは難しい。でも本当に行きたいならすべてを犠牲にしてでも行かないと、死ぬ時に後悔するだろう。それを実行するのは今しかないと思った。
「演劇の仕事をしていると地方に行く機会はたくさんありますが、ほとんどがホテルと劇場の往復で終わってしまいます。旅を楽しみたいのにできないというフラストレーションが溜まっている一方で、旅に出ることを億劫に感じる自分もいる。わがままですよね」
旅行を楽しむためには日程を考え、ホテルや交通機関の予約が必要になる。ruiさんはそれが面倒で仕方なかったという。
セミリタイヤを決めたruiさんはN-VANを車中泊仕様にして、予約などの煩わしさとは無縁の旅をすることにした。車中泊旅はruiさんの性格にもっともハマるスタイルだったのだ。
でも気になることもある。それは旅を楽しむための費用=収入をどう確保しているのかということだ。ホテル代などが必要ない車中泊とはいえ、旅をすればそれなりにお金もかかるはずだ。
「演劇の仕事はセミリタイヤしましたが、幸い僕には音楽制作のスキルがあるので、リモートワークで仕事を受けることができました。今までは仕事に自分の生活を合わせていましたが、旅に出ると決めてからは『生活に仕事を合わせる』と気持ちを切り替えています。
もちろん以前より収入は減りました。でも使うお金も少なくなったので生活が苦しくなったという実感はないし、やりたいことができなくなったと感じたこともありません」
もっともリモートワークが定着していなかったコロナ禍以前だったら、今のような形で仕事をするのは難しかっただろうと話す。突然世界を襲ったパンデミックはruiさんの気持ちを奈落の底に突き落としたが、新たな生き方を見つけるきっかけにもなった。
ところで、このN-VANはruiさんにとって2台目のN-VANになる。最初は黒いN-VANをカーリースで乗っていたのだが、生活を車中泊に切り替えるにあたりリースを解約して新たなN-VANを購入した。
「インテリアのレイアウトも現在が2セット目になります。最初はデスクをバックドア側に設置したのですが、僕はデスクの前でほとんどの時間を過ごしているので、可能な限りデスクを広くできるレイアウトに変更しました。
そしてこのレイアウトだと寝る時にデスクを片付けたりせずにソファベッドを展開できます。すごく楽ですよ」
下の写真がベッド展開したもの。キャビンスペースのカーテンもDIYで、一切ボディに穴を開けずに設置している。最初はサンシェードで目隠ししていたが、毎日つけたり外したりするのが面倒だし、冬は窓ガラスが凍って吸盤がつかなくなるのが嫌で自作したそうだ。
ruiさんは自身のことを『旅するひきこもり』と表現する。旅先では車内のデスクで音楽を制作。仕事が終わると本を読んだり映画を見たりと、ほとんどの時間をN-VANの中で過ごしている。
そしてたまに助手席ドアとスライドドアを開けて縁側(N-VANオーナーはこの場所をこう呼ぶそうだ)に座り外の景色を眺めながらくつろぐ。
長い旅の中ではたまにホテルを予約することもあるそうだが、N-VANでの暮らしに慣れてしまったruiさんはホテルの広い空間(といってもごく普通のサイズの部屋だ)や柔らかいベッドが落ち着かず、結局部屋を出てN-VANの中で寝ることが多いという。
「ホテルではお風呂を借りて、ポータブルバッテリーの充電をするだけ(笑)。多くの人にとって車中泊は特別なものだと思いますが、僕はN-VANが自宅なのでここが一番落ち着くんです」
ruiさんと2時間ほど話してもっとも印象的だったのは、今の暮らし方にスイッチしたことを『環境を整える』と表現したことだった。
傍から見るとライフスタイルが激変したように感じるが、音楽という仕事が変わったわけではない。好きな仕事を続けながらやりたいことを実践する。そのために少し環境を整えた結果が、今のライフスタイルだという。
「人が生きていくためにはある程度のお金が必要ですが、同時に心の平穏も必要。どこでそのバランスを取るのが一番過ごしやすいか。それを探した結果がこのスタイルだったのかな」
ただ、ruiさんにとって今のライフスタイルはあくまでセカンドキャリアを探すための仮の暮らし方。今後、どのように変わっていくかはまだわからない。
「おもしろいのはこの暮らしを始めてから同じようなことをしている仲間がたくさんできたことです。人から離れたいと思って旅に出た部分もあるのに、バンライフという共通言語がある人としか出会わないから人付き合いがすごく楽で驚いています」
N-VANで旅する姿が編集者の目に止まり、車中泊雑誌のアンバサダーにも就任した。まだ次の暮らし方を探す旅の途中だが、N-VANを軸にしたライフスタイルは新たな方向へと着実に動き出している。
果たしてruiさんの生き方はどんなところに着地するのか。それはruiさん自身もわからない。
ひとつわかっているのは、どんな道に進んでもruiさんはもうクルマ旅をやめられないということ。年齢とともにスタイルは変わっても、一生かけて旅を楽しんでいくに違いない。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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