「自身が開発したスカイライン400R」に乗り大宇宙の撮影に赴く日産エンジニア
日中でも解けない雪が残る某県某所の高原にたたずむ、一台のスポーツセダン。最高出力405psの3L V6ツインターボエンジンを搭載し、後輪を駆動する「日産 スカイライン400R」だ。そしてスカイライン400Rのトランクルームには、天体望遠鏡およびその関連機器とおぼしきものが満載されている。
400Rと望遠鏡のオーナーは田畑大輔さん。大型の天体望遠鏡を積んで雪山まで星空を観察しに行くのであれば、用いるクルマは、四輪駆動のSUVやミニバンなどのほうが明らかに利便性は高いはず。それでも田畑さんがスカイライン400Rで山へ行くのには、二つの理由がある。
ひとつは、「アクセル操作にリニアに反応しないクルマは好きじゃないので(笑)」ということ。
そしてもうひとつは、「どうせなら自分が設計したクルマに乗りたい」と考えているからだ。
田畑さんは、横浜市にある日産自動車株式会社の社員。現在は「プロジェクト統括グループ主担」というポジションで、CVE(Chief Vehicle Engineer)直下の右腕としてさまざまな開発統括業務を行っている。
だが現行型スカイラインがローンチされた2014年まではスカイラインの開発チームにいて、初期段階からV37型スカイラインの内装設計を担当していた。
「子どもの頃は航空機のエンジニアになりたいと思っていましたが、大学で自動車部に入ったあたりからすっかりクルマの運転に目覚めてしまい、“アクセル操作にリニアに反応しないクルマ”が本当に嫌いになってしまったんですよね(笑)」と笑う。
自社製品のなかでは新型エクストレイルあたりが「リニアに反応し、なおかつ機材も積めるクルマ」として便利なのではないか? と聞くと、「確かに」とうなずく田畑さんではある。だが「それでも“より素直に走る”という意味で、私個人はSUVよりもセダンを選びたいんですよね。機材を積むのに多少無理があったとしても」
ST205型トヨタ セリカGT-Fourや、6気筒の水平対向エンジンを搭載するスバル レガシィB4 3.0RのMT車など、いわゆる「走りがいい」とされる四輪駆動車を乗り継いだ。そして2014年に現行型スカイラインが発売されると、その購入を真剣に考えたが、いったんは断念した。
「2014年にはまだ400Rは出ていなくて、当初発売されたのは3.5L V6エンジンをベースとするハイブリッド車と、その半年後にデビューした、ダイムラーから供与された2L直4ターボのグレードだけでした。で、2Lターボのほうはフィーリングが個人的にあまり好みではなかったのですが、ハイブリッドのほうは非常に良かったので、4WDの350GT FOUR ハイブリッドが欲しいなと思ったんですよ。しかし……」
バッテリーがトランクルームの間に搭載されている関係で、田畑さんにとっては絶対に必要な機材である天体望遠鏡と三脚、赤道儀などを収容することができなかった。
「でもその後2019年、会社の仲間たちがいろいろと頑張ってくれたおかげで『400R』を国内に導入することができました。残念ながら4WDバージョンは入れることができませんでしたが、それでも、発表と同時に予約を入れましたね」
もちろんどんなクルマであってもアクセルペダルを踏めば反応するわけだが、「リニアに反応する」という点においては、「日産 スカイライン400Rは世界でもっともリニアに反応するクルマのひとつ」と言っていいだろう。
「本当に運転が楽しいクルマですよね。けっこうな暴れん坊ですのでVDC(ビークルダイナミクスコントロール=車両挙動をセンサーが検知し、クルマを安定した姿勢で維持するシステム)は搭載されていますが、後輪をある程度滑らせることができるところまでは操作に余裕を持たしているので、リアタイヤの横の動きはアクセルでコントロールできるんです。
昨今は、もしかしたらスカイライン=おやじセダン的に見られることもあるのかもしれません。でもスカイラインって、今も昔も“スポーツセダン”なんですよ。クルマの作りやデバイスは昔と変わりましたが、根底にあるスピリットは、ぜんぜん変わっていないと思いますよ」
「とにかく気持ちよく走れるクルマが好き」という、大学自動車部出身者にして現役の自動車エンジニアである田畑さんが天体観測に――より正確に言えば、天体望遠鏡を用いた星の写真撮影に――ハマったのは少年時代……ではなく、比較的最近と言えば最近のことだった。
それまでは夜遅くまで会社に残って延々開発を進めるタイプのエンジニアだった田畑さんだが、2008年に起きたいわゆるリーマンショックを契機に、会社から「なるべく早く帰るように」との通達があった。
「で、最初の頃は夕方6時ぐらいから家でテレビを観たりして、それはそれで楽しかったのですが、割とすぐに『……時間の無駄づかいだな』と思うようになりまして。それで『17時や18時ぐらいからできる趣味はないかな?』と考えたのが、天体望遠鏡を購入した理由のひとつです。そしてもうひとつの理由が“土星”でした」
田畑さんがまだ小学生だった1986年、ハレー彗星が地球に最接近した。そして田畑少年は親に連れられて、「ハレー彗星を見る会」的なイベントに参加した。
「そのイベントのことも、望遠鏡を通して見たはずのハレー彗星のことも、実はよく覚えてないんです。でも……そのときに見せてもらった土星の姿だけは、本当によく覚えています。そのため『今度は誰かに見せてもらうのではなく、自分で土星の姿を見てみたい』と、割と強く思うようになったんですよね」
そしてまずは初心者用の天体望遠鏡を購入した――ということはなく、いきなり本格的なモノを、専門店にて購入した。「どうせなら後悔しないものが欲しかったから」とのことだが、おそらくは田畑さんの“理系の血”が騒ぎ、子ども向けの望遠鏡を良しとしなかったという部分もあったのではないかと、勝手に推測している。
まぁそれはそれとして田畑さんの“天体観測熱”はその後も燃え盛り、使用機材はさらにグレードアップしていった。そして興味の方向も、星々を天体望遠鏡でただ眼視するだけでなく「赤道儀およびその他の補正システムなどを駆使して、地球から数千光年離れた場所から届く星の光を写真に収める」という、ロマンあふれるものへとシフトしていった。
「いやロマンというかですね、私の場合は良くも悪くも超理系思考なので、『星を撮影する“技術”を自分なりに試行錯誤し、追究していきたい』という感じでしょうか。あまりロマンチックな話じゃなくて恐縮ですが(笑)。でも、おかげさまで楽しく没頭させてもらってますよ」
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田畑大輔さんが撮影した「ハート星雲」。カシオペア座の傍にある星雲で、地球からの距離は7500光年。「隣にある胎児星雲とセットで撮影すると、250mm程度のレンズでよい画角に収まります」との田畑さん談
某県某所の高原まで行けば、いつでも鮮明な星空の写真が撮れるというわけではない。月明かりが夜間撮影に影響を及ぼさない「新月期の週末」だけが、シューティングのチャンスだ。つまり、田畑さんが星空と本気で向き合える機会は年に12回ほどしかない。そしてその約12回のチャンスも、天候次第で「今日はちょっと無理」ということにもなる。
人生における、そんなにも貴重で儚い行為を存分に“感じ尽くす”ためにも、行き帰りに用いるクルマは「アクセルペダルを踏んでもリニアに反応しないもの」では駄目なのだ。田畑さんにとっては。
誰もが田畑さんのように“スポーツセダン”を選ぶ必要はないだろう。だが、人生は思ったよりも短く、少年少女の頃にイメージしていたものよりは、はるかに儚い。だからこそ人は、どうせクルマに乗るのであれば、生きている間はなるべくなら「いいクルマ」に乗り、それでもって移動をするべきなのだ。
もちろんその「いいクルマ」とは、必ずしも「高いクルマ」を意味しない。
自分が納得できて、気分よく操縦できるクルマ――ということだ。
【Instagram】
田畑大輔さん
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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