日本一有名な(?)クルマ馬鹿がたどり着いた「ジムニー シエラ」という境地
本業は、コピーライティングを中心とする「広告づくりの何でも屋さん」。多くの広告クリエイターがそうであるように、華やかな広告の裏側でモノやコトをつくる職人として、普段は表に名前を出すことなく仕事をしている。
だが、スズキ ジムニー シエラの前で佇む人物のことを「この人は夢野忠則というペンネームをお持ちの方です」と紹介したならば、「あ、知ってる!」となる人も少なくないだろう。
『夢野忠則の クルマ馬鹿で結構!』という人気ブログを長年書き続け、自動車コミュニティサイト『BACCARS』を立ち上げた。実は、自動車評論家の河口まなぶ氏が立ち上げた『LOVE CARS!』の名付け親だったりもする。そして兼業ライターとしても、自動車関連の各媒体で健筆を振るっている。
愛車は――さまざまではあったが、特に空冷世代のポルシェ 911は数多く乗り継ぎ、近年はフォルクスワーゲン ゴルフIIや、ローダウンさせたトヨタ プロボックスなどに乗っていた。
そんな夢野さんは今、ごくごく普通なスズキ ジムニー シエラに乗っている。
これのほかにホンダ スーパーカブ110も持ってはいるが、四輪車は、この「ごく普通のジムニー シエラ」だけだ。
「これまでの自分が『無理をしていた』『格好をつけていた』ということはありません。その時々で所有していた車のことは本当に好きだったし、文章として書いていた『夢のカーライフ』みたいな内容も、本心から出たものです。でも――ジムニー シエラという車に乗るようになって、『あぁ。俺はついに、自分の生活や身の丈にしっくりくる車と出会えたんだな』という感慨が生まれたことも事実です」
男の子がクワガタやカブトムシ、ザリガニなどに惹かれるのと同じようなニュアンスで、車が大好きだった。だから集めたがったし、いじりたがったし、触りたがった。その延長線上にあるものとして、本業の傍ら「クルマ馬鹿・夢野忠則」と名乗って個人的な文章を書き始め、いつしか商業媒体から原稿執筆を依頼されるようにもなった。
だが、あるときから書かなくなった。
「若い頃はブログのPV数を上げたい意味もあって、当時の僕からすると面白みが感じられなかったミニバンや、それを選ぶ人々を否定するような文章もたくさん書いていました。そのほうが車好きにウケるから。でもあるとき、そんな自分が楽しくなくなって、車そのものについては書かなくなってしまったんです」
そして――時系列的に「書かなくなったタイミング」と完全に一致しているわけではないが――森へ通うようになった。
「森などの自然環境と車って一見、相反するイメージがあるのですが、実はそんなこともない。森って、人が一度入った以上はずっと“管理”していかなければならないものなんです。ほったらかしじゃダメなんですよ。で、守るべき森というのはたいてい遠くにありますから、車がないとたどり着けないし、守ることもできない。で、そういった形で車と自然を結びつけることができたらいいなと思って、この森へ通うようになったんです。最初はツリーハウスを建てるつもりでした」
長野県にある森に通い始めた当時は、車高を落としたトヨタ プロボックスに乗っていた。どこまでも走って行ける便利な車で気に入ってはいたが、プロボックスは「どこへでも走っていける車」ではなかった。つまり、かなり険しい山道を登っていくうえでは若干の無理があった。
そこで、プロボックスが車検を迎えるタイミングで「スズキ ジムニー シエラ」に乗り替えることを決めた。
「昔と違って、今の自分は車にあまり興味がない――と言ってしまうと語弊がありますね。今でも、車自体のことは大好きです。でも最近の車には興味が持てないんですよ。しかしそんななかでも現行型のジムニーとジムニー シエラは、いわゆる“車らしい車”としては最後の新型車であるように思えた。そして、東京都内と森との二重生活を行うための車としても最適なのでは――ということで、これに決めた次第です」
最初は「新車を」とも思ったが、夢野さんがジムニー シエラへの乗り替えを考えた2023年前半の時点でも、その新車はまだ「1年待ち」と言われてしまう状況だった。そのため、数多く出回り始めていた中古車をサクッと購入。サスペンションをビルシュタイン製のものに換え、そのほかいくつかのカスタマイズとタイヤの交換を行ったうえで、「クルマ馬鹿」と「ごく普通のジムニー シエラ」との日々が始まった。
「本当にいい車ですね、ジムニーおよびジムニー シエラは。少なくとも、今の僕の生活全体には最高にマッチする一台です」
若き日には、神と崇める空冷ポルシェ 911を乗り回したりもした。だが「911が僕の生活スタイルと直結していたかと言われれば、ぜんぜんそうではなかったわけですよ。無理に乗っていたつもりはありませんし、その当時は自分自身気づいてなかったかもしれませんが、人と車の組み合わせとして“ちぐはぐ”だったんです。なにせ神と信者だから(笑)。でもジムニー シエラはそうじゃない。今の自分の生活や人生の諸々と、本当に合致している。だからこそ気持ちよく、気分よく乗れるのでしょうね」と、夢野さんは言う。
大きすぎないサイズ感と、無駄にラグジュアリーではない質実なしつらえ。必要なモノはそろっているが、無駄なモノは何ひとつない潔さ。そして森と、さらにその奥へと進むことができる走破性――。そういったことのすべてが、都会で「広告づくりの何でも屋さん」を営むと同時に、サードプレイスとしての森を静かに愛し、その魅力と価値を人に伝えていきたいとも考えている夢野さんにとっての“ベスト”だったのだ。
「森のさらに奥にあるこの小屋は、前のオーナーさんが亡くなってから10年ぐらい放置されていたものでした。『誰かが使ってくれないことには朽ちてしまう』という話を聞き、それなら自分が――ということで手に入れたものです。小屋全体の補修や、そもそも小屋へたどり着くまでの道づくりなどはかなり大変でしたが、つい先日、やっとご覧のとおりの状態まで仕上げることができました。
水道も電気もありませんから、夜はランタンの灯を肴にお酒を飲んで寝るだけなのですが(笑)、そんな不便さも含めて気に入ってます。僕にとってはなくてはならないサードプレイスであり、ジムニー シエラがあったからこそつくることができた場所だとも言えます。まぁあまりにも不便すぎて、家族は誰も来てくれないんですけどね(笑)」
「『車好きたるもの、夢の組み合わせはポルシェとフェラーリをガレージに置いてウンヌンかんぬん』みたいなことをずっとずっと考えてきて、それについて書いてもきました。でも結局今、最終的にジムニー シエラとスーパーカブ110が自分の愛車となって、それが本当にしっくりきていることを『悪くないな……』と思っています。
そして今後は、車好きの輪の中だけで何かを話すのではなく、次の時代を担う子どもたちに伝えていきたいですね。世の中にはジムニーみたいな“どこへでも行ける車”があって、そして森へ行くと鹿や熊などの動物がいて、雨が降っていて、それって本当に楽しいんだぜ、素敵なんだぜ――みたいなことを、子どもたちに伝えたい。それが、今の僕にとっての『LOVE CARS!』なんです」
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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