まるで隠れ身の術!? 城址を追う写真家が目立たず撮影をするために選んだ白いスズキ エブリイ
配送車などとして日本中で見かける軽バンのスズキ エブリイ。オーナーである城郭写真家の畠中和久さんはエブリイの車内を車中泊できるように加工し、キャンプをしながら全国を旅している。
被写体は『城』。それも天守閣が残る有名な城ではなく、主が戦に負けた『城址』を追いかけている。
「現在は朽ちてしまいなかなか人々の目に触れなくなっている場所ですが、何百年か前には城があり、そこで経済が回っていた。そしてその場所で戦があり、多くの人が亡くなっている。そんな過去のドラマにロマンを感じています。
天守閣が残る立派な城は観光写真などがたくさんあります。一方で人々から注目されない城址は日本に3万箇所以上ある。僕の今回の人生は多くの人が注目する城ではなく、3万の城址のうち何箇所撮影できるかを楽しみたいと思っています」
畠中さんが初めてクルマを手に入れたのは学生時代。車種はフォルクスワーゲンのビートル(タイプⅠ)だった。理由はもちろんあの愛らしいスタイルに惹かれたから。
卒業後、畠中さんは撮影スタジオのアシスタント(スタジオマン)になる。ここでプロとしての知識や技術を身につけ、27歳で独立。そしてボルボ 850エステートを手に入れた。
「スタジオ時代は昼夜や天候など関係なく、ずっと暗いスタジオの中にこもっていました。知らず知らずのうちにストレスを溜めていたのでしょうね。フリーランスになった時、とにかく『外で撮影したい!』という欲求がありました」
畠中さんの両親はとても厳しく、子どもの頃から滅多にテレビを観させてもらえなかったという。観ても怒られなかったのはニュースと時代劇。いろいろな時代劇の番組を観ているうちに自然と歴史に興味を持つようになった。
独立して外で撮影しようと考えた時、城を被写体に選んだのは自然な流れだったのだろう。
「かつて城の撮影といえば、いわゆる風景写真家の方々がストックフォトに提供する観光写真や天守閣の写真が主流でした。その後、城ブームが起こり、城がサブカルチャーからメインストリームに上がってくると、『天守の写真は見飽きた。もっと違うものが見たい』という人が増えてきました」
手に入れたばかりの850エステートで全国を回り、作品として城址を撮り続ける畠中さんは、そういう人にとって面白い存在だったのだろう。畠中さんは29歳で東京・銀座のギャラリーで個展を開くまでになった。
個展を開いてから、歴史雑誌の編集者などにも名前が知られるようになり、仕事として全国の城を撮影する機会も増えていった。そして作品を見てもらうと「この城のことならあの人が詳しい」という話を聞くようになり、畠中さんは全国にいる研究者と面会を重ねて城の知識を深めていった。850エステートの走行距離はあっという間に10万kmを超えた。
これだけの距離を走ると、気になるのは燃費。畠中さんは850エステートの次にトヨタ プリウスαを愛車に選んだ。
「燃費を最優先にクルマを探しましたが、撮影機材が積めなければ意味がありません。3代目プリウスは空力性能を高めるためにルーフが低くて大きく傾斜しているため、機材車としてはやや不安な部分がありました。そう考えていた時にプリウスαが登場したので、迷わず購入しました。選んだのは荷室をより広く使える5人乗りです」
プリウスαに乗り替えてからも畠中さんは全国の城址を回っていた。被写体はいわゆる観光地ではなく、普段はほとんど人が訪れない山の中や里山などにある。そこにクルマを停めて、撮影機材を出している姿は、地元の人たちからは異質な存在だ。
撮影風景を珍しがって話しかけてくる人もいれば、中には明らかに警戒して「何をやっている、クルマを動かせ!」と注意してくる人もいたそうだ(もちろん畠中さんはクルマを停めても大丈夫な場所に駐車しているのだが)。最近はスチール撮影だけでなく、ドローンを使った動画撮影も行っている。すると余計に目立つため、注意されることが増えたという。
霧の中で城址が怪しく霞む瞬間や、雲海の中に城址が浮かび上がる幻想的な光景など、何日もかけて一瞬の表情を狙っている畠中さんにとってこれは致命的だ。絶好のタイミングで話しかけられたために、狙っていた瞬間を逃すこともあったという。
実は筆者にも同じような経験が何度かある。地方に暮らす作家をインタビューする際、教えてもらった住所を頼りにクルマで向かったのだが、詳細な場所が分からず脇にクルマを停めて電話をかけた。するとすぐに近所の人が数人出てきて「何をしている!」と囲まれてしまった。もちろん事情を説明して納得してもらえたが、どうやら野菜泥棒か何かと間違われたようだ。
「プリウスαは燃費もいいしロングドライブも快適なので気に入っていたのですが、私が作品撮りをする場所では目立ってしまうというのがネックでした。あとはオーバーハングが長く車幅もあるので、田んぼのあぜ道を走る時に気を遣わなければいけないことにも困っていました」
田舎の風景にも違和感なく溶け込み、狭いあぜ道もスイスイと走れる。おそらく畠中さんが撮影をしている場所でもっともよく見かけるのは軽トラックのはず。だがトラックだと機材が濡れてしまうし、シートをリクライニングできないからロングドライブは難しい。そこで畠中さんが選んだのは、軽ワンボックスのスズキ エブリイだった。
「今回のクルマ選びで最も重視したのは、目立たないことです。エブリイに乗ると決めた時、カーキパールメタリックがミリタリーっぽくてカッコいいなと思ったのですが、これでは目立ってしまうと思い直して一番無難な白を選びました。カスタムも田舎では異質な存在になるので、外装は一切手を加えずフルノーマルで乗っています」
学生時代はビートルに乗り、独立してからはフォトグラファーから人気があった850エステートを選んだ。この2台を選んだのはカッコいいクルマに乗りたかったからだし、モテたいという思いもあったに違いない。プリウスαは燃費と使い勝手を重視した選択とはいえ、デザインが気に入ったからというのもあっただろう。
それらとは真逆の発想で選んだエブリイ。しかも機材がたくさん積めるからと、ワゴンではなくバンを選んでいる。撮影の道具に徹したクルマ選び。畠中さんの作品に賭ける想いが伝わってくる選択だ。
畠中さんのエブリイは外観こそノーマルだが、運転席から後ろをDIY加工して車中泊できるようにしてある。ここには先輩からのアドバイスがあった。
「お城EXPOでフォトコンテストの審査員を務めた時、キャンピングカーで年間200〜250日くらい過ごし、日本中の風景を撮影している方と話をしました。その方から『クルマは寝たい時にすぐ寝られるものじゃないとダメだ』と言われて。
確かにプリウスαはシートをリクライニングして横になるので、仮眠はできたとしても完全に疲れは取れない。撮影旅行では宿を押さえていましたが、私の被写体は街から離れた場所にあるのでフットワークが悪くなってしまいます。その方は作品のために1年の半分以上をクルマで生活していた。リスクの取り方が私とはぜんぜん違います。衝撃でしたね」
プリウスαからエブリイに乗り替え、車内のフラットスペースでゆっくり寝られるようになったことで、疲労の取れ方は大きく変わったそうだ。畠中さんはこのエブリイで東京から鹿児島県まで撮影に出かけている。
「その時は途中で別の城に立ち寄ったりしながら、3日間かけて鹿児島まで行きました。エブリイは商用車の割にはシートがいいので、そこまで疲れなかったです。ただ、高速道路は100km/hも出すとボディがガタガタするし、横風も受けやすいので、大型トラックの真後ろで風を避けながら走っています。だからロングドライブでも下道を走ったほうが楽だったりします」
クルマで旅をしながら好きな城を写真や動画に収める。それは畠中さんにとってどんな時間なのだろう。
「なんだろう。あまり深く考えたことはないですが……一言で表すなら『生きている』ことを実感できる時間でしょうか。私が写真を撮りに行くのは不便な場所が多く、1人で山の中に入っていくと東京とはまったくの別世界。1日の撮影を終えて、真っ暗になった山の中に停めたクルマの中でプシュッとビールを開けて土地のものを食べ、翌日に備えてぐっすり寝る。これは至福の時間です」
生涯をかけて追いかけられるテーマを見出し、自由に撮影を楽しむ。エブリイという目立たないクルマが実現してくれた、自分の世界により没頭できる環境。エブリイに乗る前と乗り始めてからでは、もしかしたら作品の表現も変わっているのかもしれない。
【You Tube】
お城とかキャンプとか KAZUHISA HATANAKA / 写真家 畠中和久
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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