父から息子へ。シビックタイプR(FD2)は16年間慣れ親しんだファミリーカー
2007年にタイプR史上初の4ドアセダンとして登場した、3代目ホンダ・シビックタイプR(FD2)。タイプRらしいスポーツカー要素に加えて3ドアハッチバックから4ドアセダンタイプになったことで、日常の足やファミリーカーとして楽しめる実用車として人気を博したモデルでもある。
そんな4ドアセダンのシビックタイプRを16年間ファミリーカーとして乗り続けている方が、栃木県在住の甲斐さん(56歳)だ。
実は、以前は本田技術研究所に長く勤めていたという甲斐さん。研究所勤めと聞くと一見お固い感じのイメージを想像してしまいがちだが、甲斐さんはそんな想像を根底から覆すくらいとっても気さくで明るく、ユーモア溢れる素敵なお人柄なのだ。
この日はスーパー耐久第5戦の決勝日で、20歳になる息子の耀(きら)さんとレース観戦に来ていたところを、愛車取材させていただいた。
甲斐さんはこのFD2型シビックタイプRに乗る前に、最初こそ他メーカーのレックスやギャランシグマなどに乗ったものの、その後はCR-Xやシビック、3台のプレリュードにEP3型シビックタイプRなどホンダ車をメインに乗り継いで今に至る。
「本田宗一郎さんが好きで入った会社だから、ホンダ車以外を買うっていう気はなくて、その頃はホンダ愛でずっと働いていたんだよね。プレリュードの1台目はCR-Xをうちの弟が潰しちゃって会社に乗っていくクルマがなくなった時に、たまたま営業実習先で中古車扱いになるAT車が安く出ていたので買ったもの。
その後にシビックのマニュアルが出たから乗り替えたけどあんまり気に入らなかったから、AT車のプレリュードが結構良かったなと思って2台目を中古でまた買って。でもしばらくしたら、自分が開発したプレリュードのマニュアル車が出たからそれに乗り替え。基本マニュアル車が好きなので。
その後にカッコいいEP3型のシビックタイプRが出たからこれを買って5年くらい乗っていたかな。3ドアハッチバックですごく可愛らしいし、インパネやシフトも気に入っていたんだけどね」
それだけ気に入っていたEP3型だったが、子供が大きくなったことからファミリーセダンへの乗り替えを検討するようになったのだという。
「左右2ドアで子供を後ろのチャイルドシートに乗せるのがちょっと面倒になってきてしまって。4ドアなら後ろのドアを開けて『はい乗って!』って乗ってもえるし。でも当時現行車のホンダでセダンのマニュアル車というとこれくらいしかなかったから、他の選択肢は最初から頭になかったな」
「カミさんには『子供が大きくなるから4ドアセダンを買ったんだ』とだけ伝えて(笑)。ただ、その時はまだ発表される前だったから、普通のシビックのセダンを中古車で見せて『これと同じクルマで、白くてちょっと羽がある』と言ったら、『羽!? いい歳して何言ってんの?馬鹿じゃないの!』って。どうも暴走族だと思ったみたい(笑)」
そんな楽しい(?)紆余曲折がありながらも甲斐さんは無事2007年式のシビックタイプR(FD2)を購入。その後は甲斐家唯一のファミリーカーとして、現在まで16年間活躍し続けているのだ。
ちなみに奥様はリアスポイラーの真ん中がブラックになっている部分を塗り残しだと思ったそうで、「あんたの会社も大変なんだね。あそこ、白く塗ってあげなよ」と言い、その話を甲斐さんから聞いたデザイナーさんは、「これはデザインだと言い張ってくれたんでしょうね」と、慌てた様子だったというエピソードも教えてくれた。
それにしても、“ホンダの4ドアセダンのMT車”という条件にこだわらなければ、この16年間にファミリーカーになりそうなモデルはたくさん世に出ている。
にもかかわらず、甲斐さんは「乗り替えようとは全然思わなかったね。やっぱりホンダのマニュアルの4ドア車がよかった。そうなるとこれくらいしかないの。それにこれ以外あんまり欲しいクルマもないのよ」と、好みと実用性を兼ねてセレクトしたこのFD2型シビックタイプRという選択肢から一度もぶれることはなかったのだ。
そんな甲斐さんに、愛車のお気に入りのポイントを伺ってみた。
「今ではあまり見ないハンドブレーキがついているところと、上段と下段に分かれたマルチプレックスメーターかな。メーターってずっと見ているところだから見やすい方がいいし、ちょっと変わっているから。ボディデザインは乗っている時は見えないからそんなに気にしないけどね。後はフロントガラスが長くて大きいところ。ワイパーなんてトラックみたいなかき方するんだよ(笑)」
そしてこのFD2型シビックタイプR最大の魅力は、走行距離が18万kmに至るにも関わらず美しい純正のスタイリングと輝きを保っているところだろう。
「唯一クルマを買ってすぐエンジンルームにパフォーマンスダンパーを後付けした以外は、ノーマルのままメンテナンスをしているだけだね。パフォーマンスダンパーのおかげかけっこうガチってしてるけど、新車の頃から装着しちゃっているから乗り味の変化はちょっとわからないな(苦笑)」
ではなぜ甲斐さんはドレスアップやチューニングカスタムを一切行わずノーマルを維持しているのか伺ったところ…?
「このクルマって、なんというか突出して何かが良い、悪いっていうところがないんだよね。かけうどんみたいなって言えばいいかな。汁があってうどんがあって、具も何も入らずネギをサッとのせて終わりみたいな。当たり前だけど、癖がなくてうまい。電子制御なんかの介入もないし本当にシンプル。
以前代車で借りたクルマとか、問題なく通過できる交差点の真ん中でクルマが電子制御で止まって、こっちの方がよっぽど怖かったしね。マニュアルで自分の思った通りに動かせるほうがいい。うどんでいうと、天ぷらうどんみたいに油っぽくならないのがいいところだね」
と、甲斐さんらしいユーモア溢れる表現で話してくださった。さらに彼はこうも語る。
「マフラーも含めていろんなメーカーが社外パーツを出しているでしょう。でも僕はリミッターを外さない状態で総合的に純正を超える性能はあり得ないと思っている。 本当にお金かけて開発してるから」
研究所に長く勤め、車両開発時にどれだけの手間や時間、お金がかかるのかを肌感覚でわかっている甲斐さん。そんな彼がノーマルのまま長く乗り続けているのは、自然の流れなのだと感じた。
ただ、当然16年もの間ファミリーカーとしてフル稼働し続けているとなると、純正パーツの消耗も激しいはず。
「もう18万km走っているからね。ヘタってきた純正パーツはどんどん新品の純正パーツに取り換えていますよ。ダンパーやブッシュ類も全部取り換えたし。メンテナンスはディーラーにお願いしていて、明日も12ヶ月点検に出す予定でブレーキのディスクローターを全部交換したい。これは2回目だけど消耗品だからね」
そう、今尚このクルマが良好な状態を保てているのは、コンディション管理を怠らず、小まめなメンテナンスと消耗パーツの交換をしっかりと行ってきた甲斐さんの努力の賜物なのだ。
最近は以前よりクルマに対する興味も薄れてきてしまったという甲斐さん。それでもこのクルマをしっかりメンテナンスし維持し続けているのには、大きな理由がある。それはこの日一緒にレース観戦に訪れていた大学生の息子・耀(きら)さんへ、近いうちこのクルマを譲るためだ。
父親である甲斐さんの影響でクルマの中でも特にスポーツカーに興味を持った耀さんにとって、このFD2型シビックタイプRは、4歳からファミリーカーとして慣れ親しんだ1番身近なスポーツカー。
「免許を取ったらこのクルマに乗りたいとずっと思っていたし、うまく乗れるようになりたい」と意欲満々だ。そして現在は甲斐さんにサポートしてもらいながらクルマに慣れている最中なのだという。
「僕が『違うクルマを買おうかな』と言ったら息子が『欲しい』って言うから、『わかった、とっておくね』という感じで。ただ、今は運転に慣れていないこともあってうちの嫁はこいつの運転をまだ怖がっていて。この前『きらタクシーが行きますか?』と言ったら『普通のタクシーを頼むからいいです』って(笑)。
僕は息子にこのFD2を譲ったらTPO関係なくどこにでも遊びに行けるジムニーシエラか、オートバイかなと思ってますよ」
そう楽しそうに笑顔で話してくれた。
2.0LのNAエンジンで最高出力は225psを発揮し、スポーツ走行を意識した足まわりでドライビングが楽しめるスポーツカーでありながら、甲斐さんのように実用的なファミリーセダンとしても活躍するFD2型のシビックタイプR。
スポーツカー好きな息子の耀さんに受け継がれるこれからは、これまで通りのファミリーカーとしての役割はもちろん、きっとシンプルに運転の楽しさも教えてくれる最高の相棒となっていくだろう。
(文:西本 尚恵 写真:中村レオ)
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