四角いスタイルに一目惚れ!23歳の女性が36年前の日産 セドリックに乗り続ける本当の理由
「ネオクラシック」「ヤングタイマー」と呼ばれる1980〜90年代のクルマが注目を集めるようになって久しい。人気があるのはスポーツモデルやSUV、デザイン性に優れたハッチバックなど。過去にはプレミアムセダンの車高を落とし、大径ホイールとエアロパーツで迫力を増したVIPセダンが盛り上がった時期もあった。
最近ではSNSを徘徊していると、VIPセダンとは違う、いわゆる“おじさんセダン”を素の状態で乗っている若者を見かけるようになった。今回紹介する桜田りささんもその1人。彼女の愛車は1988年式のY31型日産 セドリック。
ただし、当時大流行したハードトップのブロアムやグランツーリスモではなく、センターピラーとドアに窓枠があるセダン。しかもフェンダーミラーがついたかなり渋い仕様だ。
「納車後に陸運局で所有歴を調べてみたら、元々はある自治体の公用車として使われていたことがわかりました。役所に『当時の写真が残っていませんか?』と問い合わせてみたのですが、残っていないという回答でした。でも考えてみたら普通に使っていたクルマの写真をわざわざ残しておかないですよね」
かなりマニアックな旧車に乗っているので、桜田さんは子どもの頃から生粋のクルマ好きなのかと思っていた。しかしそんなことは全然ないという。
「元々クルマには全然興味がなくて、高校2年生までは運転免許を取ることすら考えていませんでした。住んでいた場所は交通の便が良かったので、わざわざクルマを買わなくても困らないと思っていたんです」
桜田さんがクルマに興味を持ったのは高校3年生の時。たまたま5代目のフォード マスタングを見かけて「カッコいい!」と思ったことがきっかけだった。それから街を走るクルマを意識するようになったという。
高校卒業後、桜田さんは就職を機に一人暮らしを始めた。借りた家の近所にガソリンスタンドがあり、その軒先に置かれたクルマに一目惚れしてしまう。完全に朽ち果てていてサビだらけで車種などわからなかったが、毎朝ガソリンスタンドの前を通るたびに遠くからそのクルマを眺めていたそうだ。
「ある日そのクルマに近づいてじっくり眺めていたら、クルマの横に謎の筆記体が書かれていることに気づきました。最初の文字はCだ。次は小文字のeかなと解読してみたら、Cedric Specialって書いてあって。そうか。セドリックっていうクルマなんだってことがわかりました」
その頃、桜田さんは就職から半年くらい経ち、クルマが欲しいなと思っていたという。仕事が終わった後にレンタカーを借りてドライブを楽しむことが趣味だったが、毎月のレンタカー代がバカにならず、だったら自分のクルマを持ったほうが得なんじゃないかと思うようになっていたのだ。
最初はレンタカーと同じ小さなハッチバックを中古車で購入することを考えていた。しかし、ガソリンスタンドにあるクルマがセドリックとわかり、中古車サイトでセドリックを調べてみた。するといろいろな形のセドリックが表示される。今になればそれらがY33型やY34型だったことがわかるが、当時は何が違うのかわからなかった。
しかも桜田さんが気に入ったセドリックスペシャル(50型)は、中古車サイトで出てこない。そんな時、一台の古いセドリックが目に止まった。それが桜田さんの愛車となるY31型のセダンだった。
「正直、どこを見てピンときたのかはわからないのですが、中古車サイトで写真を見た瞬間『これに乗りたい!』と思ったんです。予算も私が考えていた金額にギリギリ収まったので、すぐにお店に問い合わせしました」
そのお店はいわゆる旧車専門店で、お店には古いクルマがたくさん並べられていた。しかし桜田さんは他のクルマには目もくれず、中古車サイトで見たセドリックの元へと向かう。実車を見てスタイルがますます気に入ったという。
セドリックにはお店の人が試乗もさせてくれた。ボンネットが長く大きな車体は、これまでレンタカーで乗ってきたハッチバックとは全然違う。しかもフェンダーミラーだ。本当に自分に運転できるのかと怖くなったが、一目惚れした感情を抑えることはできず、その場で購入を決めたという。
セドリックはまだ整備前だったので納車まで3ヵ月くらいかかりそうという話になった。でも探すのに苦労した部品もあり、最終的に納車までに半年ほどかかったそうだ。
「このクルマの好きなところは前と後ろから見たスタイル。四角い感じがすごくカッコいいなと思いました。あとは黒いボディカラーも好き。クルマを見に行った時はお店の人がピカピカにしてくれていたので、余計にカッコよく見えたのだと思います」
初めての愛車として何もわからずに30年以上前のクルマを選んだ桜田さん。納車後にまずやったことは自分の愛車の写真をSNSにアップすることだった。こう聞くとうれしくてアップしたのかなとか、自慢したかったのかなと思うかもしれない。もちろんその気持ちもゼロではなかっただろう。
しかし桜田さんにはもっと大きな目的があった。免許を取得したばかりでクルマのことはまったくわからない子が、カッコいいという理由だけで旧車を手に入れてしまったのだ。これから大好きなクルマとのカーライフを過ごしていく中で、どんなことが起こるかわからない。その時にアドバイスをくれる仲間が欲しかったのだという。
「『これ、Y31の前期型じゃん』『オペラウインドウがカッコいいね』『リップがついているんだ』などいろんなリプライがありました。でもそれが何を言っているのかわからなくて。リプライを読んで『そうか、初期に作られたものを前期型っていうのか』『オペラウインドウやリップってこれのことか』と一つずつ自分で調べていきました。『ハイマウントがない時代だね』ってリプライをもらった時は『何のマウントの取り合いだろう』って思ったくらい無知でしたからね」
そんなやり取りを続けているうちに、Y31型のオーナーとも接点が生まれるようになる。そして同じクルマに乗っている仲間が集まる時に誘ってもらえるようになった。
高校時代の友人の多くは大学に進学し、学生生活を楽しんでいた。一方で自分は就職して一人暮らしをしているので、毎日会社と家との往復で孤独感を覚えていたという。ところがセドリックがやってきてから同じ趣味を持つ仲間が増え、日々の生活に花が咲いたような気分だった。もう少し頑張れば週末にイベントがある。そう思ったら仕事が忙しいことも苦にならなくなったそうだ。
今ではクルマを通して多くの仲間ができ、たとえば不具合が出てもすぐにアドバイスを貰えるようになった。クルマに詳しくない桜田さんにとって心強い仲間だろう。
「今はセダンって人気がないですが、実際に乗ってみるとその理由もわかるんですよね。このクルマに積めないような大きなものを買いに行った時、ミニバンやSUVだったら楽に積めるのかなと思ったりします。
でも利便性には代えられない魅力がセダンにはあると感じています。たとえば運転しているときの目線。少し低いところから流れる景色を見ているのはすごく気持ちいいし、走りもいわゆるファミリーカーとは違って楽しいです。大きな荷物を載せられない分、大きな楽しさやロマンを載せているのがセダンなのかな」
SNSに写真をアップしてよく聞かれるのは「古いクルマで壊れたりしませんか?」ということ。旧車に興味を持っている人がトラブルを気にするのはよくわかる。同時にもっと楽しいことを考えればいいのにと思うこともあるそうだ。
「古いクルマだから小さなトラブルはありますよ。でもそれはクルマからの体調不良のサイン。そこに手を入れてあげればまた元気になってくれるのだから、直すために頑張って仕事をしようって考えています。もちろん正直に言えば調子が悪くなるのは嫌だけれど、でもそれも気の持ちようなのかなと思っています」
実は桜田さんのセドリックは現在、エアコンが壊れてしまっている。黒いクルマだし夏は地獄でしょうと聞いたら「でも私が耐えられたらそんなに大きな問題ではないから」と笑う。もちろん日中は熱くて危険なので、夏は早朝や夜にクルマを動かすようにしている。今年は車検の年なのでまずは車検をパスさせて、来年にエアコンの修理を計画しているそうだ。
「元々私は夜に走るのが好きなので、エアコンがなくてもなんとかなっています。夜はクルマが少ないからストレスフリーだし、黒いボディにオレンジ色の街灯が映って流れていくのがすごくキレイ。このセドリックは夜のクルマ。夜が似合う子なんです」
道端に置かれていた朽ち果てたクルマを見てセドリックという車種を知り、中古車サイトで偶然見かけた古いセドリックに一目惚れしてY31型セダンとの暮らしがスタート。Y31型に乗るようになって人生が大きく変わったと感じている。
そんな桜田さんには大きな夢……というよりも願いがある。物心つく前に生き別れた父親に会うことだ。
「まだ私が赤ちゃんだった頃に父と母が疎遠になって、私は母に育てられました。20歳になった時に思い切って母に『お父さんってどんな人だったの?』と聞いてみたんです。そうしたら『今、あなたが乗っているようなクルマを販売するクルマ屋さんだった』と教えてもらって。ああ、一緒に暮らしていなくても私は父の血を受け継いでいるのかなと思って」
桜田さんがSNSに愛車の写真を載せる大きな理由は同じクルマに乗る人とのネットワークを作ることだが、クルマをきっかけにいつか父親に自分のことを見つけてほしい。そう思っているそうだ。
「人づてに父はクルマ屋さんをやめたらしいというところまでは聞いたのですが、そこから先がわからなくて。でも父がまだクルマを好きなら、いつか私のことを見つけてくれると思っています。セドリックには私が免許を返納する時まで乗り続けたいと思っていますが、もしそれが無理だとしても父と再会できるまでは維持していきたいですね」
このセドリックはSNS映えするクルマ。しかも一緒に写っているのがまだ20代の女の子なのだから、ギャップで拡散力は抜群! 現に、桜田さんのXのフォロワーは1万4000人以上いる。いつかお父さんも気づいてくれると思いたい。この記事を最後まで読んでくれた方は、ぜひ拡散の協力をお願いします!
【X】
桜田りさ(ち)さん
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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