オートマのスバル・インプレッサ WRCレプリカで、奥様とゆったり愉しむ
太陽の光に照らされて、目が眩むほど真っ青なクルマが取材会場にやってきた。
“スバルブルー”と呼ばれるWRブルーマイカのボディサイドに、スバルの象徴といってもいい黄色の“6連星"が描かれているその姿を見て、小さな子供は「レースカーだ!」とはしゃぎ、クルマ好きの大人なら「WRCのラリーレプリカ仕様だな」と顎を撫でる。
ベースは2000年式のスバル・インプレッサWRX(GDA)で、リヤウィンドウにはWRC(世界ラリー選手権)の歴史に名前を刻んだ名ドライバー『トミ・マキネン』氏の名前が貼られている。
夫婦揃ってラリー好きだと言う上田さんは、このクルマが大好きだと話してくれた。
「このインプレッサはWRCに参戦していた『スバルインプレッサWRC』の2002年モンテカルロ仕様レプリカなんです。2002年にこだわったのは、僕の大好きなトミ・マキネン選手が、7年間過ごした三菱を離れ、当時ライバルとして走っていたスバルへと移籍してきた年だったからです。大好きな選手が、大好きなインプレッサに乗るということで、すごく嬉しかったのを覚えています」
移籍後の初戦となるモンテカルロでいきなり優勝を果たしたことから、マキネン×スバルといえばこの“2002年モンテカルロ仕様”は定番仕様のひとつというわけだ。
ステッカーや6連星の配置、デザインに合わせて少し車高を下げるなど、できうる限り本物を忠実に再現したと満足そうに顎に手を置いた上田さん。特にこだわったのはフロントフェイスで、ライト周り付近はとくにしっかり作っていったとのことだ。ちなみに、ウイングのみ2004年仕様なのは「大きくて、真ん中に鎧のような仕切りが何枚も連なっている箇所がいかにも速そうだったから」とのこと。
レース仕様と少し違うところといえば、車体にピタッと引っ付いたカーボンのミラーを取り外し、ノーマルのミラーに戻しているところだそうだ。「後ろが見えにくい」という奥様の要望に応えたこの妥協は、愛する人のためだから喜んで、ということだった。
そんな上田さんがラリー好きになったのは、20代前半にテレビでレースを見たのがキッカケだという。
いろいろなカテゴリーのレースや競技がある中でWRCに惹かれたのは、土埃を巻き上げながら走る姿が迫力満点だったのと、市販車として販売されている車両が参戦していたからだそうだ。
「週末にテレビで見たレースで、想像を絶する動きでコーナーを曲がり、ありえない飛距離のジャンプをしていたあのクルマに、自分も乗ることができるんだって思ったらワクワクしませんか? 観戦するだけじゃなくて自分もハンドルを握れるんですよ。それって、すごく素敵なことだと感じたんです」
1990年代後半から2000年代前半のWRCではスバルや三菱をはじめ、トヨタ、プジョー、フォード、ヒュンダイ、シュコダ、ランチアといったメーカーがトップカテゴリで鎬を削り、現代のWRCマシンよりも市販車に近い『グループA』や『WRカー』と呼ばれるレギュレーションで製作されたマシンたちが活躍していたのである。
最初に乗った愛車は三菱・ギャランで、その後にスバル・フォレスターを乗り継いだという上田さんだが、ある時、その後のカーライフを大きく変える体験が訪れたという。
「当時乗っていたフォレスターで友達とドライブに行ったことがキッカケでした。友達がランエボIIIとランエボVIに乗っていたんですけど、カーブを抜けたらいなかったんですよ。僕の方が少し遅かったとかそういう次元じゃなくて、いなくなっていたんです(笑)」
この体験で衝撃を受けた上田さんは、ふらっと入った中古ショップに置いてあった元競技車両を購入したのだそうだ。一際目立つその個体を見て、これは間違いなく速そうだと感じたからだという。
実際に乗ってみると、そのインプレッサWRX STI(GDB型)の実力たるやすさまじいもので、フォレスターとは別次元の走りだったと思い出して興奮気味に話してくれた。
ABSやパワステがついていないぶん自分の腕が頼りということや、足まわりが硬いので路面の振動を感じること、車内にはデフの音や燃料ポンプのキーンという音が響きわたることなど「こんなにもダイレクトに“走る"ということを感じられるクルマは初めてだった」と、少年のような顔つきをしていた。
「ひとつ問題だったのは“目立っちゃう”ということなんです。いや、そんな悪いことをするってわけじゃないんですけどね。変に目をつけられても嫌だから、あまりスピードは出さずに、むしろ常に安全運転を心がけるようにしていました」
ただ、上田さんはそれで良かったのだという。サーキットの直線コースを普段出さないようなスピードで走ったこともあったそうだが、それよりも、峠の細かいカーブを抜けるのが楽しかったのだそうだ。ブレーキを踏む、シフトを細かくアップダウンさせながら加速する、綺麗にライン取りしながらステアリングを切るほうが運転し甲斐があったと笑っていた。そして、そんな時は自分がラリードライバーになった気分で、テレビで見た情景が頭の中に浮かんできたのだそうだ。
いっぽう、そんな快感の代償にといっては何だが、競技用にチューンされたクルマを日常使いしていると、常にあちこちが壊れていったという。ブッシュはゴム製ではなく金属製だったため、度々交換する必要があったり、燃費ポンプが壊れたりとメンテナンスに年間数十万円かかってしまうこともあり、そのたびに『またか…』という感じだったと後頭をかいた。
「いろいろなことがありましたけど、やっぱり乗って良かったと思っています。なぜなら、素敵な出会いをもたらしてくれましたから」
その素敵な出会いとは、奥様との出会いとのことだ。コンビニの駐車場に停めていたインプレッサが、同じくインプレッサに乗っていた奥様の目に留まったのだという。
奥様曰く、すごく派手で気合の入ったクルマに乗っている人がいるなとオーナーさんを目で追うと、そこに上田さんがいたのだそうだ。その後、一緒にツーリングなどに行くようになり、お2人は晴れて結婚することになったとのことだ。
「家族ができたことと、メンテナンスや維持費などの金銭的な問題から、そのインプレッサは手放すことになり、乗り心地や使い勝手の良いアウトランダーを選びました。5年くらい乗りましたが確かに良かった!…なんですけど、やっぱりインプレッサに戻ってきちゃったんですよ」
アウトランダーから三菱・ランサーエボリューションワゴン(CT9W)に乗り換えたものの、その後はインプレッサ(GC8)、インプレッサスポーツワゴン(GF8)、そして現在の愛車であるGDA型インプレッサと乗り継いできたというから、このクルマには中毒性があるということだろう。
「今乗っているインプレッサとの出会いは、中古ショップだったんです。嫁と出会った頃に乗っていたのが、レース仕様のインプレッサだったでしょう?だから、そういった面影のあるインプレッサを見ると懐かしくなっちゃってね〜。それで購入に踏み切りました」
最初に乗っていたインプレッサを購入した頃はまだ奥様と出会っていなかったためマニュアル車を選んだそうだが、インプレッサ(GDA)はオートマの限定免許の奥様のためにそれはしなかったとニッコリしていた。
加えて、40歳を過ぎてから、早く走るよりも ゆったり走りたいという気持ちの方が大きくなったという上田さん。運転するよりも見た目を自分好みにすることで所有欲を満たすようになったのだ、と心境の変化も教えてくれた。
そうは言いつつも、さすがに少し派手だったかもしれない…と心配しながら実家に帰ると、ご両親からは『なんだか、今回は地味ね』と言われたのだとか。
「僕のせいで、感覚がおかしくなっちゃったのかもしれませんね(笑)」
そう話す上田さんは、性能や見た目に関しすること以外にも、クルマの楽しみ方がどんどん変わっていったと教えてくれた。
走りに行くのが楽しかった週末の過ごし方は、奥様との旅行を愉しむ時間へと移り変わっていったそうだ。最近では秋田から京都までインプレッサに乗ってお出かけしてきたのだとか。
「奥さんがリラックマというキャラクターのことが好きなので、京都にあるにあるリラックマストアというお店に一緒に行ってきたんです」
愛車を意のままに操ろうと躍起になってステアリングを握った時間、助手席でコクリコクリと船を漕ぐ奥様を眺めながら片道8時間の道のりをゆったりと運転する時間…そういう幸せな時間の傍らには、いつもラリー車がいた。そして、これからも。
取材協力:ポートタワー セリオン イベント広場(秋田県秋田市土崎港西1-9-1)
(⽂: 矢田部明子 撮影: 堤 晋一)
[GAZOO編集部]
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