ロータリーエンジンの虜となり、19年前に新車で購入したRX-8と生きる

  • GAZOO愛車取材会の会場である呉ポートピアパークで取材した2005年式マツダ・RX-8タイプS(SE3P)

    マツダ・RX-8タイプS(SE3P)

1991年といえば、第59回ル・マン24時間レースにおいてカーナンバー55が日本車初の総合優勝を飾った記念すべき年。その車両は言わずもがな、マツダのロータリーエンジンを搭載したグループCレースカー『マツダ787B』である。

当時高校3年生だったという『カン』さんは、このレースをリアルタイムで観ていたそうだ。日本のクルマが世界に認められたと思うと胸の奥底が熱く泡立ち、その思いに比例していくかのように“レシプロエンジン以外で初の総合優勝”を樹立したマツダ・ロータリーエンジンに強い憧れを抱くようになったと話してくれた。

「どんな仕組みをしとるんじゃろう?と、自分なりに調べて想像していました。今思えば、その頃から取り憑かれていたのかもしれません(笑)。そして、ロータリーエンジンを産んだマツダの本社がる広島で、自動車関連会社に就職することを決意しました」

田んぼや杉林といった大自然に囲まれていた地元と比べると、広島は大都会だったという。街行く人みんなが時間に追われているように感じ、駅のホームで流れに沿って自分も速足で歩いたと懐かしげに話してくれた。

ホームシックを乗り越えて、広島で20年以上も暮らしているのは、自分が大好きなロータリーエンジンを作った街で暮らしているのだというワクワク感が勝っていたからだという。

そんなカンさんの愛車は、2005年式のマツダ・RX-8(SE3P)。6MTに250ps仕様の自然吸気13B-MSPエンジンを搭載し、18インチタイヤとスポーツサスが組み込まれた『タイプS』だ。
「家の500m先くらいにマツダのディーラーがあって、そこで購入しました。入社3年で、何とか手の届く金額じゃったんでね。僕はこのために広島に来たようなもんだから、迷うという気持ちはありませんでした」
試乗することもなく、とにかく判を押して、あとのことは納車されてから考えよう! という思い切った方法で購入したという。

斜め前から見るスポーツカーらしいボディーラインは絶景だったが、いざ運転席に乗り込みステアリングを握ってみて分かったのは、視線が低くて前後の感覚が掴みにくいということ。最初の頃は駐車するたびにドア開けて後ろを確認したり、ヤバそうな時はいちど降りて確認したりと感じで何とか乗っていたと笑った。
しかし、カンさんにとって利便性や快適性はそもそもどうでも良いことだったと言う。そんなことよりも重要なのは、ロータリーエンジンを積んでいるということなのだ。

はじめてボンネットを開けたときには、エンジン本体が想像以上に小さいことに驚き、開発者の努力に感嘆したという。
RX-8に搭載された『RENESIS(レネシス)』と呼ばれる自然吸気のロータリーエンジンは、それまでのツインターボエンジン13B-REWからローターそのものを約5%軽量化するなど改良を重ねてレスポンスを高め、排気をそれまでのローターハウジングからサイドハウジングに変更するなどして高出力&低燃費を実現している。

9000rpmまでストレスなく回り、レシプロとは全く違うモーターのような独特のエンジン音を奏でるのだと惚れ惚れした顔を見せていた。とにかくすべてがRX-8らしく独創的で、その一挙一動が、沼に引き摺り込まんとばかりに魅了させるのだとか。

「壊れやすいと言われることもあるんじゃけど、“手のかかる子"が正解じゃね。ちょい乗りする時はプラグが被るかもしれないというドキドキ感が毎回あるし、長く乗り続けると『今日はエンジンの元気ないね〜』という日もあります。そして、それが面倒くさいという人もおるでしょう(笑)。でも僕は、そういうんも生き物みたいで可愛いなと思うんです」

RX-8を愛車として迎え入れて19年、乗れば乗るほど作り手の変なこだわりを受け入れ、理解した時にまた深みにハマるのだと幸せそうに笑うカンさんは、ここ数年でサーキットを走るようになったそうだ。長く綺麗に乗りたいと躊躇していたものの、回してなんぼの高回転域が得意なエンジンを持て余しているのに疑問を覚えたのがキッカケだったという。
「走ってみて確信しました。ル・マンを制したエンジンなんじゃから、やっぱり走らしてあげんとダメなんだと」

適度なパワーとシャシーバランスの良さ、高いボディ剛性。加えて、エンジンをフロントミッドシップに搭載しているため自分を中心に曲がっていくかのような感覚が面白く、鈴鹿サーキットのS字コーナーをリズミカルに抜けるとすごく気持ちが良いそうだ。また、その時の甲高いNAロータリーサウンドも一興だという。
「まぁ、エンジンもなんじゃけど、やっと“速そうな見た目”にピッタリの場所に来ることができたかなとも思うんです(笑)。そもそもサーキットデビューは、お世話になっているショップで『この見た目やったら走ってみんと!』と言われたのもありますから」

「長く乗っているからこそ、この形態になったんじゃろうなと思います。というのも、部品が劣化したり壊れたりすると、元の部品を買うか、それとも違う部品に変えるのかという選択ができるでしょう?その時に、気分転換とステップアップを兼ねて“変わる"という選択をしていった結果、今の姿になっとりました(笑)」
そう話すカンさんのRX-8は、最初に交換したというマフラーをはじめ、さまざまなカスタムが施されている。
エクステリアは、業界で“ロータリーの神様”と呼ばれるRE雨宮のエアロパーツを中心に、広島県でマツダ車を得意とするプロショップのレッグモータースポーツがラインアップしているボンネットやドライカーボンルーフなどを組み合わせて装着。サスペンションやブレーキシステム、ホイールなども交換しているという。

チューニングは完成形を妄想する楽しさがあるそうで、そこも醍醐味だと教えてくれた。
中でも思い入れがあるのは、自分で張り替えたという車内の赤いアルカンターラ。上手くできたかどうかは別として、自分でやると“育てている”という感覚になり、そうやってRX-8と接している時間が、カンさんにとって大切なひと時であるいうことに気付いたのだとか。

手のひらで塗る変態仕様のワックスを使うのも、その時間を大切にしたいからで、塗装の状態を肌で感じながら施工し、ボディの上をコロコロと滑って行く水玉を見ながらRX-8と戯れるのだという。

このように、大切に育ててきた愛車でデイキャンプに行ったことがあるという。しして、縁石が見えずに乗り上げてしまい、サイドステップがバキッということを立てて散っていったのも“忘れられない"思い出だということだ。

「妻がキャンプに行きたいと言ったんです。サイドステップはあれじゃったけど、妻が楽しそうじゃったからトータルで良かったと思っています」と、若干絞り出すような声で話してくれた。

ロードスターに乗る奥様は、RX-8を「家族のような存在」だと表現する。助手席に座ると、カンさんが長年大事に乗っているというのが伝わってくるし、RX-8繋がりのご友人と楽しそうに話しているのを見るのが好きなのだそうだ。

「主人と話すようになったのは、RX-8がキッカケなんです。クルマに興味がなかった私がロードスターに一目惚れして『さてどうするか』と考えた時に、愛車をこんなにカスタムしているこの人なら、いろいろと詳しいだろうなと思って声をかけたのが始まりでした」

どうせ乗るならマニュアルで!と購入のタイミングでAT限定を解除し、現在はMT車の操作感を楽しんでいるという奥さま。RX-8はまだ運転したことがないそうだが、運転するカンさんを見ていると、任せて大丈夫だという安心感と、スポーツカーならではの刺激ある走りを体感できると満足そうに話してくれた。

「家族ができた今、大人4人がちゃんと乗れるというのもRX-8の良い所じゃなと思うようになりました。チャイルドシートを載せても、ゆったりと座ることができますから」

今後は、家族でRX-8を楽しみたいと語るカンさん。ひとつ言えることは、どんな環境になっても、ロータリーエンジンの音が側で聞こえる日々を送っていきたいということ。そしてそれは、これからも変わることのない自分の生きてきた証である、ということだ。

(文: 矢田部明子 / 撮影: 平野 陽)

許可を得て取材を行っています
取材場所:呉ポートピアパーク(広島県呉市天応大浜3丁目2-3)

[GAZOO編集部]