奥様との出会いを運び、子供との距離を縮めてくれるホンダ ビート

  • GAZOO愛車取材会の会場である南長野運動公園で取材した1991年式ホンダ・ビート(PP1)

    1991年式ホンダ・ビート(PP1)



1990年代の国産スポーツが世界中で人気を集めているというニュースは、今では広く知れ渡っている事実。その理由のひとつが、他国の自動車メーカーにはないコンパクトなパッケージに収まる効率的な設計。モータースポーツ全盛期に揉まれた技術を惜しむことなく投入し、他に比較対象がないような高性能を隠し持つモデルが数多く誕生したためだ。特に日産・スカイラインGT-R(BNR32/BCNR33/BNR34)やトヨタ・スープラ(JZA80)などはその筆頭として、今や1000万円を超えるプレミアム価格が掲げられていることも珍しくない。
この1990年代スポーツの中で、軽自動車でありながらもF1由来の技術を投入したチャレンジ精神旺盛なモデルと言えばホンダビートだ。それまでの軽自動車の概念を大きく変えたエポックメイキングであり、今も多くのファンに愛される日本を代表する名車の1台だ。

そんな1991年式ホンダ・ビート(PP1)に、20年近くも愛情を注ぎ続けているのが『asaba-worxxx』さんである。

平成のABCトリオと呼ばれるマツダ・オートザムAZ1、スズキ・カプチーノよりも一足早く1991年5月に発売されたビート。それまでの軽自動車は、パワー競争が繰り広げられていたと言っても、比較的実用性を重視した2ボックススタイルが定番であった。しかし、ビートはスポーツカーとしての性能に割り切り、異例の2シーターオープンというパッケージでデビュー。実用車から趣味の軽自動車へと変革をもたらしたというわけだ。この流れに続いて、前述のAZ-1やカプチーノが次々とデビューし、軽自動車でのピュアスポーツというジャンルを確立。一時代を築き上げていったというわけだ。

「このビートはかれこれ20年近く乗っています。その前はカプチーノに乗っていたのですが、カプチーノを修理に出した時に代車で借りたビートが思った以上に楽しくて。その1年後にはビートに乗り換えてしまいました」

免許を取得してはじめて購入したクルマがトヨタ・MR-2(AW11)で、ミッドシップの扱いには慣れていたこともあったという。代車で借りたビートは、その時のハンドリングを思い出させてくれたこともあり、懐かしさと走る喜びを求めて乗換えを決意したというわけだ。

ビートの特徴は2シーターオープンというだけでなく、エンジンを運転席後方に配置したミッドシップレイアウト(MR)にある。重量物であるエンジンやミッションを車体中央に寄せることで、重心のマス化を図りつつ前後の重量配分を適正化している。それに伴ってハンドリングはクイックになり、操る楽しさが高められているのだ。

また、搭載されるE07Aエンジンは独立した3連スロットルに加え、燃料噴射制御マップの切り替え方式を組み合わせるMTRECによって高回転仕様に設定。バイクのように軽く回るエンジンは、ホンダのF1技術が惜しみ無く投入されている部分でもある。

ハンドリングが楽しいと乗り換えたビートは、当然おとなしく乗るだけでは済まされなかった。というのも、それまで乗っていたカプチーノでは派手なエアロパーツを装着していたこともあって、ビートもノーマルでは満足できなかったようだ。

「2005年3月に納車され、フルバケットシートやスポーツサスペンションなどを装着して乗っていたんですが、すぐエンジンがダメになってしまい、半年でオーバーホールに出さなければならなくて…。で、エンジンが直ったらサーキットにも行きたくなるじゃないですか。MRのハンドリングを満喫するなら、やっぱりサーキットは欠かせないですからね。と思ったのは良かったけれど、2007年にサーキットでクラッシュを喫してしまい…その修理の時に、現在装着しているコージーライツ製のエアロパーツを装着したんです」

また、安全性を重視してロールケージやハードトップといった装備も追加し、サーキットでも安心して楽しめる仕様を作り上げていった。

「考えてみればビートをはじめて見たのは発表直後のタイミングで、修学旅行先で見かけた積載車上の車体だったんです。その時は小さいNSXだなって思っていたんですが、やはりその印象が強くて。ボディカラーはNSXのカラーリングに合わせて赤ボディに黒のハードトップを組み合わせてみました。ただ、ビートはカラードFRPボディのため、経年とともに白ボケが起こりやすいのが難点ですね」

ちなみに、このサーキットでのクラッシュは、愛車のビートが生まれ変わるきかっけになっただけでなく、asaba-worxxxさんの人生でも大きな転換点となった。

「さすがにクラッシュして凹んでいたんですが、その時サーキットに居合わせた女性がクラッシュの写真を撮っていたんです。その写真を頂いたりしているうちに仲良くなって、2015年に結婚しちゃったんですよ。ビートに乗っていなかったら出会わなかったって考えると、このビートは2人にとってのキューピッドに違いないです」

『結婚』は、クルマ趣味人にとって大きな障害となることが多い。しかし、asaba-worxxxさんと奥さんとの出会いはサーキットだったことから、奥さんもクルマ好きだったことが幸い。結婚後もビートを維持し続けることができているという。

「妻は当時からカプチーノに乗っていて、現在もビートとカプチーノが並んでいます。もちろん他にもファミリーカーは必要になりますから、ビートに乗る時間は徐々に減ってはいますけどね」

とは言いつつ、ビートをいつでも眺められるようにとビルトインガレージを建て、宝物のように大切にされていらっしゃるとのこと。
その甲斐もあって、結婚の際にリフレッシュした塗装は今も艶を維持し続け、経年を感じさせないクオリティ。ドアやフェンダーなどは新車からのオリジナルペイントではあるが、しっかりと磨き込まれているため白ボケなどが気にならないのは、普段からのメンテナンスが行き届いている証拠でもある。

「実は、今年の4月に車検を取ってから、ずっとガレージに眠りっぱなしで。この取材会(10月)に合わせて引っ張り出したのが久しぶりのドライブなんです。これまでは次女を連れてオフ会などに参加していましたが、今回は息子を連れてのドライブだったので、男同士の2人旅みたいで、それも楽しみのひとつになりましたよ」

バイクのように気持ちよく吹け上がるのはE07Aエンジンの特徴。その特徴を引き延ばしつつ、タコメーターは1万1000rpmまで刻まれた社外品に交換。サーキットはもちろんワインディングや街中も気持ち良く楽しめるセットアップは、長年ビートに乗り続けているasaba-worxxxさんが最もこだわっている部分でもあるのだ。

また、名車と呼ばれるビートだけに、30年以上経過した現在もアフターマーケットには様々なパーツが用意されている。カスタマイズの欲求を満たしてくれるドアパネルをはじめ、センターコンソールなどにもカーボン製品が選択できるのもビートの魅力。もちろんそれらを補修部品として組み合わせていけば、まだまだ乗り続けられるという安心感にも繋がっている。

社外のカスタマイズパーツに加え、asaba-worxxxさんのビートではNSXやインテグラタイプRなどの部品を流用しているのも見どころ。特にブランクキーはNSXのものを使用し、当初から思い描いていたミニNSXの雰囲気を小物で再現。さらにシフトノブは兄弟が乗っていたインテグラタイプRから拝借し、シフトブーツは奥さんお手製のアイテムをセット。ここに加えるシフトブーツリングはチタンをレーザーカットして自作したものを組み合わせ、質感を向上させている。
この他にもスカッフプレートやステアリングのボルトなど、オリジナルのチタンパーツを散りばめているのも特徴なのだ。

サーキットを安心して楽しめるように、ブレーキもアップデート。ただ、このブレーキキャリパーを利用することで、装着可能なホイールサイズが限られてしまい、ビートの純正ホイールが使えなくなってしまったのは盲点だったそう。
そんな理由もあって、ホイールは後継車でもあるS660用のオプションとして用意されていた無限製をチョイスし、正統進化を果たしているというわけだ。

「ビートの魅力は速さではなく乗っていて楽しいことですね。ハンドリングという感覚面もありますが、何よりコンパクトな車体で2シーターだから、運転席と助手席の距離が近いんです。だから息子と2人でドライブしていても、普段以上に身近に感じることができますし、手を伸ばせば届く距離にいる安心感は、乗れば乗るほど家族としての絆も深まっていくのかな。1人で乗っている時では思いもよらなかった楽しみを感じられるのは、このサイズ感だからこそなんですよね」

軽自動車という限られたサイズの中に、気持ちよく回るエンジンや操る楽しさをまとめ上げたビート。スポーツカーとして評価される性能を満載しているのはもちろんだが、小さいからこそ得られる『助手席に座るパートナーを身近に感じられる』という幸せも、その性能のひとつと言える。1990年代スポーツカーのブームでは、ハイパワーな高性能車に注目が集まっている。しかし乗る人を幸せにするビートのパッケージングは、まさに日本が産んだ名車と呼べる存在なのである。

(文: 渡辺大輔 / 撮影: 平野 陽)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:南長野運動公園(長野オリンピックスタジアム)(長野県長野市篠ノ井東福寺320)

[GAZOO編集部]

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