蠍の魅力に毒されたジェントルマンドライバーのアバルトライフ
蠍のエンブレムをトレードマークとする、イタリアの『アバルト』。1949年にトリノで創設されたチューナー『Abarth & C.』が起源で、当時からフィアットをベースとした競技車両の製作やアフターパーツの開発などを手掛けていた。蠍がシンボルになったのは、創業者であるカルロ・アバルトが蠍座だったことに由来しているという。
アバルトは1971年にフィアットに買収され、引き続きレース専用モデルの開発など、モータースポーツの世界で活躍。2000年代に入ると市販モデルの開発にも携わり、2008年には『チンクエチェント』の愛称でも知られるフィアット500をベースにした『アバルト500』を発表した。
フィアット500とアバルト500の最大の違いはエンジン。フィアット500は1.2リッター直列4気筒と875cc直列2気筒ターボの設定(発売当初は1.4リッター直4もあり)だが、アバルト500は1.4リッター直列4気筒ターボを搭載。最高出力は135ps、最大トルクは180Nmを誇った。
そして、2013年にはアバルト500の上級モデルという位置付けで『アバルト595』が新たに登場。快適志向の『595ツーリズモ』と、可変マフラー標準装備の『595コンペティツィオーネ』がラインナップされた。その後もマイナーチェンジに伴う最高出力の向上や、モデルの変遷が存在するが、その詳細を追うのは本稿の目的ではないので割愛する。
今回の主人公は、アバルト595コンペティツィオーネを愛車に持つ『MKABARTH595』さん。自ら「物心ついた時からのクルマ好き」と称し、愛車のチューニングとサーキット走行を何より愛するジェントルマンドライバーだ。
これまでの車歴はインスパイア、デリカスペースギア、ランエボのIVとVII、結婚してお子さんが産まれたことで手に入れたエリシオンと、ホンダおよび三菱の国産車がずらりと並ぶ。
エリシオンには7年ほど乗ったが「家族3人なら、ここまで大きなクルマも必要ないな」と思い直し、再び走りを楽しめるクルマに乗り換えたい気持ちが高まっていったそうだ。
そんなタイミングでクルマ系の雑誌やWebサイトで知ったのが、アバルト500の特別仕様車『695トリブートフェラーリ』が発売されるというニュース。その名の通り、アバルトがフェラーリとコラボレーションしたモデルで、世界限定1696台のうち日本には150台が割り当てられた。発売時の車両本体価格が569万5000円だったことでも大きな話題となったモデルである。
「写真で見た695トリブートフェラーリのスタイリングがすっかり気に入ってしまったんですけど、さすがに値段が値段ですし、台数限定でもあったので諦めました。それでもアバルトの試乗だけはしておこうと思ってディーラーに出かけたんですけど、これまで乗ってきた日本車とは違った楽しさを感じまして。それでアバルト500cを購入することにしたんです」
MKABARTH595さんが最初に購入したアバルトは、開閉できるキャンバストップを備えたコンバーチブルモデルのアバルト500c。これまたかなり気に入り、7年ほど乗っていたそうだが、かなりガタが出てきた上にエアコンも故障し、車検時に修理含めて100万円以上掛かることが判明。再び別のアバルトへ乗り換えることにした。
「その時には現行モデルのデザインに変わっていたんですが、フロントバンパーの主張が強すぎて、個人的にはあまり好みではなかったんですよね。なので、フェイスデザインが変わる前のモデルの中古車をディーラーで探してもらったんですけど、その時に出会ったのが今乗っている595コンペティツィオーネです」
MKABARTH595さんの新たな愛車となったアバルト595コンペティツィオーネは、マイナーチェンジで最高出力が180psにまで引き上げられた2016年式。車両重量は1120kgしかなく、持て余すほどのハイパワーを存分に楽しめる仕様だ。フロントブレーキにはブレンボ製の4ポットキャリパーが備わる。
「アバルト500cに乗っていた時は普通にドライブくらいにしか使っていなかったんですけど、595コンペティツィオーネに乗り換えてから、ディーラーが主催しているサーキットイベントに参加するようになったんです。最初に走ったのはセントラルサーキットだったんですけど、そこですっかりサーキットを走ることに目覚めてしまって。参加しているのは皆さんアバルトのオーナーさんで、和気藹々とした雰囲気でしたし、日常では味わえない速度域まで安全に飛ばすことができて、本当に爽快な気分でした!」
その後も鈴鹿や岡山国際をアバルト595コンペティツィオーネで走り込み、順位やタイムを気にすることなく、自分のペースで走ることだけを純粋に楽しんでいるMKABARTH595さん。それと同時に愛車をカスタマイズしたり、チューニングしたりする楽しさも覚えた。
エンジンはエアクリーナーの交換やECUチューニングを行い、もともと180psもある最高出力は220〜230psにまでパワーアップ。車高調を入れて車高をローダウンしたほか、タワーバーや下回りのブレースを追加して、サスペンションとボディの剛性を高めた。
エンジンルームが狭く、特にサーキットでは熱が籠ってしまうので、ボンネットはエア抜きのダクトを備えたカーボン製に交換。蠍マークのフロントエンブレムは、本来は黄色と赤が使われた派手な見た目をしているのだが、できるだけモノトーンで統一したかったため、上からシールを貼ってわざとトーンを落としてある。
運転席はRECAROシートに交換した上、レース用の4点式ハーネスも装備。トランスミッションは『デュアロジック』と呼ばれる、いわゆる2ペダルのロボタイズドMTを採用。MTをベースにクラッチの断続と変速の操作を自動化したもので、ステアリングに備わるパドルを使って手動の変速にも対応している。だが、サーキットで走る時はハンドルを握り直した際、指がパドルに届きにくいそう。そのためアフターパーツのエクステンションを装着した。
今ではすっかり蠍の毒に冒されてしまったMKABARTH595さん。ディーラーなどで蠍マークがついたグッズを見ると、ついつい反射的に買ってしまい困っている(?)そうだ。
サーキットで酷使しているとクルマのコンディションが心配になりそうなものだが、走行会に参加する時はディーラーで走行前点検を行い、オイル交換やブレーキパッドの残量をチェック。それ以外は特に特別なことをしているわけではないが、今のところ重大なトラブルには見舞われていないそうだ。
「イタリア車は当たり外れがあると言われますけど、私は当たりを引いたみたいです(笑)。ただ、500cの時と同じでエアコンはウィークポイントなんですよね。温度調整を行う部品が折れやすいらしく、もし直そうと思うとインパネを外さないとアクセスできないんで、かなり工賃が掛かってしまうんですよ。今も冷房は効くんですけど、暖房は風向きを調整するボタンをいくつか押すと温風が出てくるような状態(笑)。不思議なんですけど、なんかそういうところも人間っぽいんですよね。あまり細かいことは気にせず付き合うよう心がけています」
アバルト595コンペティツィオーネに乗って、愛犬の『チビ』と一緒に出かけるのも楽しみのひとつだが、やはり今一番の趣味は思いっきりサーキットを走ること。ただ、仕事柄、春以降のシーズンは土日に休みがないことが多くなるそうで、走行会などに参加したくても参加できないことがあるのが悩みの種。それでもなんとかやりくりして、アバルト595コンペティツィオーネを全開で走らせる喜びを追求しているMKABARTH595さんなのでありました。
(文: 小林秀雄 / 撮影: 清水良太郎)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:ポルトヨーロッパ(和歌山県和歌山市毛見1527)
[GAZOO編集部]
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