『29.5万km超、35年を共に走り続けた相棒』AE86と紡ぐ絆の物語

  • GAZOO愛車取材会の会場である埼玉県の『埼玉スタジアム2〇〇2』で取材したトヨタ・カローラレビン GT APEX(AE86型)

    トヨタ・カローラレビン GT APEX(AE86型)


気に入ったクルマを、できる限り長く所有して乗り続けたい。そう考える人は少なくない。しかし、それを実現するには、情熱だけでなく、相応の努力と覚悟が必要だ。
クルマは無数の消耗部品から成る工業製品。ひとつひとつのパーツを丁寧に交換しながら維持していかなければ、本来の性能を発揮し続けることはできない。
さらに、消耗部品だけでなく、長く使っていれば様々な部分に負担が溜まってしまい、予想外の壊れ方をすることもある。こういったトラブルを乗り越え続ける覚悟がなければ、長く乗り続けることは難しいのだ。
1986年式のトヨタカローラレビンGT APEX(AE86型)のオーナー『ヤッポ』さんは、そんな数々の苦難を乗り越え、35年間の長きに渡って共に走り続けている。

カローラレビン、スプリンタートレノの兄弟車であり、それぞれ2ドアと3ドアというトータル4種類のバリエーションが存在するハチロク。現在では漫画の影響もあり3ドアのトレノに人気が集まっているが、当時は軽量で剛性の高い2ドアレビンが“正統派”として支持されていた。
ヤッポさんがこの仕様を選んだ理由も、ジムカーナやラリー、ダートラなどの競技を志していたからだ。

「購入したのは1990年10月ですが、あの頃はモータースポーツを楽しむためのFR車はいろいろありました。S13やSA22なども選択肢にはあったのですが、中でもハチロクは圧倒的に安価だったんです。消去法ではないですが、まだ若かったこともあり価格の魅力は大きかったので、ハチロクにターゲットを絞って探すようになりましたね。本当はハチロクの中でも2ドアレビンはマスト。さらにリヤブレーキがドラムタイプのGTグレードに狙いを定めていたんですが、その頃には欲しい気持ちが止まらず、4年落ちの2ドアGT APEXを中古で手に入れてしまいました。それから35年。他のクルマに目移りすることなくこの一台だけに乗り続けることになるとは、当時の自分には想像もできなかったはずですよ」

購入当時はジムカーナ参戦などを想定し、サスペンションはポテンザのジムカーナ用をセット。さらにLSDを組み込むなど、徐々にカスタマイズを進行していった。しかし、仕様としてはそれで満足してしまい、10回ほどジムカーナに参戦した後は普段使いの愛車として暮らしに溶け込んでいった。
結果として、GT APEXは“勢いで買った一台”から、“生涯の相棒”へと変わっていった。

「これまでの走行距離は29万5000kmを超えていますが、意外と大きなトラブルは少なかったかな。さすがに消耗品というか、電装系や油圧系はちょこちょこ問題が発生しますが、大きなトラブルと言えばガスケット抜けでシリンダー内に水が入ってしまったことくらい。その際にオーバーホール済みのエンジンに載せ替えましたが、基本的にはあまり壊れない印象ですね。万が一壊れたとしても、部品は沢山ありますし、まだリーズナブルに修理できるところは助かりますよ」

ちなみに、エンジンブローした時は奥さんが助手席に乗っており、家まであと1駅のところで降ろさなければならなかったそうで、そのときのことについて奥さんに伺ってみると『エンジンが壊れたら廃車でしょ』と思っていたという。
しかし、ヤッポさんにとってこのハチロクに代わるクルマはなかった。
「今どきは軽自動車でも200万円を超えるじゃないですか。対してハチロクは、エンジンをオーバーホールしても60万円くらい。この価格差を考えたらオーバーホールするっていう考え一択でしたね」

古いクルマに慣れていると、壊れたという感覚が麻痺することもある。
ヤッポさんも例に漏れず、エンジンブロー以外にも実は奥さんが激怒した不具合があったのだという。それがエアコンのトラブル。
「10年くらい前までは夏場にエアコンがなくてもギリギリ過ごせたじゃないですか。その頃からエアコンが壊れていたんですが、どんどん夏場の気温が上昇していくなかで、エアコンが壊れていることに妻が激怒したんですよ。だからその後すぐにエアコンは直しました」

こういった大小様々なトラブルを経験しながらも、10年ほど前までは普段の通勤にも活躍していたというハチロク。プレミア価格で取引される現状の市場価値を鑑みれば、大切に保管しながら普段は別のクルマを使用しているのだろうと考えがちではあるが、ヤッポさんにとっての愛車はこれ1台。35年の間、浮気なしの一途な関係だ。

複数オーナーを経て過激な改造を受けた個体が多いハチロクだが、ヤッポさんの愛車はノーマルに近い状態を保つ。
貴重な純正部品も随所に残されており、中でもショートタイプのステンレス製ドアバイザーやオプションで用意されていたミラーバイザーなど、現存しているものも少ないマニア垂涎のお宝とも言える。

バイザーだけでなくマッドフラップやマフラーなど、取り外したり交換されがちな純正パーツもしっかりと残されているのは、無用なカスタマイズに傾倒しなかったヤッポさんのハチロクならではのポイントと言えるだろう。
ちなみに、ホイールに関しては純正ホイールもしっかりとキープ。しかし、現在履いているブラックレーシング製の方がハンドリングも軽快になるのでお気に入りなのだとか。

「ハチロク本体もそうですが、長年使い続けているといろんな部分がすり減ったり、ヤレたりするんですよね。特に毎日触れていた鍵は、メッキが剥がれてしまって地金が出てしまっています。スペアキーと比べると、長い間乗ってきたんだなって感慨深いものがありますね」

内装はナルディのステアリングへの交換とカーナビを追加しているものの、基本的にはオリジナルのスタイルをキープしている。ダッシュボードは経年で割れてしまっているが、紫外線で白化したものを磨いて黒ツヤへと引き戻している。また、純正シフトノブはレザーが擦れてしまっていたため、ステアリングのステッチカラーに合わせて張り替えを行っている。

リヤシートも紫外線の影響でレザーが破れてしまったため、塩ビシートを使って自身でリペア。さらに助手席のシートバックも浮きや剥がれが発生したため、カーボン調シートを使ってリペアしている。

「内装のリペアに関しては、コロナ禍で時間ができた時にDIYで修復してみました。特にリヤシートはレザーが硬化して裂けていたので、似たような素材を見つけて上から貼りなおしてみました。補修前は、中のウレタンが目立ってしまっていたので、それと比べれば、それなりに見栄えは良くなりました」

「自分ではそれほど気にならないというか、目をつぶっているところが雨漏りですね。現在はマンションの立体駐車場に停めていますが、雨の日も乗っているのでトランクリッドから雨水が滴ってしまうんですよね。サビで腐食もはじまっているので、このトランクを修理するか、もしくは新品のトランクに入れ替えるかは悩みどころです」

念のため雨漏り対策として入り込みそうな部分にコーキングを打って様子を見ている。とはっても、その気になればいつでもリペア可能なところはハチロクの良いところ。特にレストア用ボディパネルも豊富にリリースされているだけに、こういったパーツを利用することも対策のひとつというわけだ。

  • (写真提供:ご本人さま)

現在は普段の買い物や、週に1度のペースで仲間の集まるスポットへのドライブ、そしてミーティングなどで活用することが多いという。
オドメーターが示す距離は以前ほど伸びることはないものの、同じ趣味をもつ仲間とともにハチロクと過ごす時間は充実したひと時となっているのだとか。

「妻からは壊れなければなんでもいいと言われているので、運転免許返納まで乗り続けていこうと考えています。でも修理代は自分のお小遣いを積み立てなければならないので、現状キープが目下の目標ですね」

クルマとの付き合い方は人それぞれで大きく異なる。気になったクルマを乗り継いで知見を広げる人もいれば、ヤッポさんのように35年もの間一台のみを愛し続ける人もいる。どちらの楽しみ方も間違いではないだろう。
けれど、目移りすることなく、また冷めることなく付き合い続けられる一台と出会えたことは、クルマ好きにとってある種の憧れと言えるのではないだろうか。

(文: 渡辺大輔 / 撮影: 堤 晋一)

※許可を得て取材を行っています
取材場所: 埼玉スタジアム2002(埼玉県さいたま市緑区美園2-1)

[GAZOO編集部]