【素敵なカーライフレシピ #20】子供からお年寄りまで、笑顔と会話を集めるコミュニティスポットに
市販のルーを使ったカレーライスでも、家庭ごとにちがった味ができあがるように、クルマを素材としてアレンジされるカーライフも、ひとそれぞれです。そんな魅力的なカーライフのレシピを紹介するこのコーナー、第20回目は飲食業の大橋忠男さん。
軽バンを改装したキッチンカー『DINER KENBO』のまわりには、いつも近所のひとたちが集まってすごく楽しそうです。ライトグリーンのキッチンカーはどのようにひととひとを結びつけているのでしょうか。
住宅街でお総菜を販売する大橋さんのキッチンカー。そのまわりに集まっている子供、親御さん、お年寄りは、お客さん? それともただ談笑している通りがかりのひと? ぱっと見では区別がつきません。
でもそれでいいのでしょう。この大橋さんのキッチンカーは、この場所でお惣菜を売るだけではなく、いろいろな役割を果たしているのです。
大橋さんは、お父さんの影響で子供の頃からアメリカ車が好きでした。家のクルマも中学1年生の頃までカマロがあったし、大橋さんが免許を取って最初に乗ったのはキャデラックだったそうです。
お父さんは解体屋でパーツを調達してバイクを仕上げて富士スピードウェイで走らせたりするようなひとでもあり、大橋さんもその影響でDIY好きになりました。
また、大橋さんの叔母さんは錦糸町でアメリカンダイナーを経営していたと言います。
「その影響もあったんでしょうね、僕がアメリカンダイナーをやりたいと思うようになったのは。そんな環境もあって、アメリカ文化好き、料理好き、クルマ好き、DIY好きになったんです」と大橋さんは振り返ります。
左)大橋さんが子供の頃のお父さんの愛車「シボレー・カマロ」。右)調理場の内装には、かつてアメリカンダイナーをやっていた叔母さんから譲り受けたアイテムも飾られています。
そんな大橋さんは、栄養士の学校を出たあと、学生時代のバイト先で知り合ったひととのつながりで、お台場にあるトヨタの体験型ショールーム『メガウェブ』に出店している飲食店『アレッサンドロ ナニーニカフェ(現在はカフェ&バー・グリース)』の従業員になりました。
「まぁ、“クルマ好き”と“料理好き”を両立させたわけですよね」と大橋さんは笑います。
その後もおなじ施設内でモデルカーショップの店員をやっていた時期があったり、外部に勉強に行っていた時期もあったり、アメ車が得意なことを生かしてメガウェブ内のヒストリーガレージにあるレストアピットの部品供給を担当したりもしていますが、基本的にはナニーニカフェを中心に活動してきたそうです。
ただ、大橋さんには「いつか自分の店としてアメリカンダイナーをやりたい!」という夢がありました。そこでその第一歩として、カフェに勤務しつつキッチンカーを始めることに。
「仕事に影響がなければ、勤務時間外の活動を認めてくれる会社だったので恵まれていましたね」と振り返る。
そして7年前の夏、ベース車としてダイハツ・ハイゼットのバンで、中が空っぽの状態になっていて2シーターとして登録された車両を中古で購入しました。
もっと大きいクルマのほうが便利な面もあるのですが、都内のランチスペースには軽自動車のキッチンカーしか入れないところもあるため、軽自動車を選択したそうです。
左)キッチンカーの製作は娘さんもいっぱい手伝ってくれたそうです。今でも助手席に乗る機会がいちばん多いのは娘さんだとか。右)DINER KENBOのKENBOとは息子さんのアダ名。娘さんの名前は別で運営しているネットショップに使っているそうです。
まずはフロアに板を張って床を作り、荷室の後方に給排水用のタンクと発電機を設置。その上にさらに板を張って棚を作り、調理用スペースと流しを設けました。
また、車内で調理をするためには換気扇が必要ですが、ガラスのウインドウには穴が開けられません。そこでウインドウの内側にアクリルの窓を作って二重窓構造にし、内側のアクリルウインドウに穴を開けて換気扇を設置しました。
「ここはなかなかうまい作りにできたと思ってるんですよ」と自画自賛する装備です。
そして外装まで自分で塗装してしまったというから驚きます。
こうして、仕事が休みの日だけ作業をしていたにもかかわらず、半年かけてDIYでキッチンカーへと改装し、みごとその年の12月に営業許可を取得することができました。
当初はメガウェブのカフェが休みの日だけキッチンカーの活動をしていましたが、やがてトヨタ関係やプロドライバーの知り合いからの依頼で、休日以外の日にも活動を広げることになっていったそうです。
そこで、社員という形はやめてフリーランスでメガウェブのカフェ&バー・グリースに関わるようになりました。いまでも店長という肩書は残っていて、手伝いに行く日もあるし、棚卸しなどは大橋さんの出番です。
キッチンカーで訪れた先は様々です。サーキットでのイベントに行ったり、ディーラーでのイベントに出店したり、助手席に娘さんを乗せて山形まで行ったこともあるとか。東日本大震災の復興支援イベントで福島にも行きました。
走行8万kmで購入したハイゼットは約7年を経過して21万kmを超えているそうです。
ちなみに大橋さんは現在キッチンカーのグループの理事も務めていて、約300台を管理しているそうです。
しかし、2020年のコロナ禍によってイベントは激減し、営業形態は大きく変わりました。「ほんとにこの業界には大打撃ですよ。やっぱりキッチンカーにとってはイベントへの出店が大きい収入源ですからね」
しかし、ここでもまた転機が訪れます。
緊急事態宣言で市内の学校が休校になりました。大橋さんが拠点としている東京都小金井市では、学校給食用の野菜は地元の農家が作っていますが、給食が停止したことで野菜が売れなくなってしまったのだそうです。
そんな話をJAから聞いた大橋さんは、「これは自分も貢献できるんじゃないか!」と思いました。その野菜を買い取って『子供用カレー』や『子供用シチュー』などを300円で販売することを始めたのです。
学校が休校になったところですべての親が休めるとは限りません。お子さんに300円持たせておいて「あそこでお昼を買って食べなさい」というお宅もあったそうです。
そして、夏頃からはタイミングよく空いた自宅アパートの上階の部屋に調理場を作る作業に着手しました。やっぱりこれもDIYです。内装は将来店舗としてオープンしたいアメリカンダイナーをイメージしたもので、本格稼働したのは9月頃。
それからはここが拠点となりました。
現在、コロナ前から比べるとだいぶ生活パターンは変わりました。
平日の大橋さんは朝の暗いうちから仕出し弁当の仕込みを始めます。それをお昼頃までに配り終わると、13:00くらいから夕方販売するお総菜の仕込みに入ります。15:30すぎにお総菜の仕込みを終えると、キッチンカーで出発です。
月曜日は知り合いの写真館の前で販売。じつはこの写真館では娘さんの習い事があり、一緒にキッチンカーに乗って向かうのです。
火曜日から金曜日は、商店街の老舗和菓子屋さんの工場の駐車場に出店します。金曜日はそのあとにもう1軒。
出店スケジュールや場所、予約の受付、休業などはSNSでお知らせしています。土日はキッチンカー本来の出番となり、自宅前や小金井市内の公園などで、できたてのお弁当を販売しています。
取材日はちょうど月曜日だったので、写真館の前での販売でした。
「ここは住宅街なんですけど、買い物困難地域なんですよ。スーパーに行くにはちょっと距離があって、お年寄りなんかは買い物に行くのにちょっと苦労するんです。だから、お総菜が好評なんですよ」と大橋さんはいいます。
また、お総菜の横には、お菓子もいくつか並べてあります。
「このへんはお子さんも多くて、習い事のときとか、子供がけっこうお菓子を買いに来るんです。だからあまり儲かるわけじゃないんですけど必ず置いてるんです」
見ていると、写真館の習い事に来ている子も、そうじゃない子も、入れ替わり立ち替わり立ち寄っていきます。
大橋さんは、もともと都内の飲食店で働いていたこともあって、自分が住んでいる場所とはいえ、小金井で商売をすることは考えていなかったそうです。しかし、お子さんが幼稚園に入った頃から変わったそうです。
「同級生の親御さんと仲良くなるにつれて、地域のつながりにどっぷりハマっていくようになりましたね。幼稚園の70周年記念イベントのときは、このキッチンカーを園庭に入れてかき氷を振る舞ったりもしたくらいですから!」
じつは大橋さんは、子供の頃、短い期間ですが小金井に住んでいたことがありました。
その後、大人になってから小金井に戻ってきたわけですが「昔のことを覚えていてくれた同級生もいて、思っていた以上に居心地のいい場所でした。実はキッチンカーを出している写真館も友人の持ち物ですし、立て看板や出店情報をお知らせするSNSなども作ってくれたりして、ほんとありがたいです」と言います。
地元で営業をするからには商工会に加入したいと思いつつ「商店街に出店していないと入れてくれないんじゃないか」と大橋さんは思っていたそうですが、問い合わせてみると快く加入させてもらえました。
今では小金井市中央商店街協同組合の理事にもなり、すっかり知り合いも増えたと言います。
さらに、最近では市の防災関係の事業にも関わるようになりました。
災害時に備えて備蓄している食料の消費期限が近づいた際に、それを市民に無償提供するのですが、その際には大橋さんがキッチンカーでアルファ米のおいしい食べ方を実演しつつ、おかずを販売するといったことも行っています。
キッチンカーで調理する際、大橋さんは小型の折り畳み椅子に座って作業をします。軽自動車なのでとても狭そうです。でも軽自動車だからこその利点もあります。住宅街の細い道を苦もなく移動し、ちょっとしたスペースがあれば出店できます。
そうやって出店したキッチンカーに集まる子供達は、大橋さんの子なのかよその子なのかわからないほど仲良しです。
今でも大橋さんの夢は、少年の頃から憧れていた、クルマが好きなひとをはじめ、いろいろなひとを引きつけるアメリカンダイナーの店舗を出すことです。
ただ、「固定店舗を出すとしても、キッチンカー1台は持ちつづけたいですね」といいます。
これだけいろいろなひととのつながりを作り上げてきたのは、もちろん大橋さんの人柄が大きいのでしょうが、やっぱりキッチンカーならではのチカラもあるのでしょう。
できたてのお弁当を提供したり、お総菜を販売したり、かき氷を振る舞ったりと、いろいろな活用ができて、どこにでも行けて、そこでひとを集められる。小柄でポップな見た目も大きな魅力です。
大橋さんが固定店舗のアメリカンダイナーを出す計画も、もう具体的に進んでいるようです。出店する場所は「もちろん小金井です!」とのこと。すっかり地元密着となった大橋さんと、その地元・小金井を結びつけてくれたのは小さな軽のキッチンカーでした。
キッチンカーって大きな可能性を秘めているんですね。
(取材・文/斉藤精一郎 写真/藤井元輔)
[ガズー編集部]
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