【第二回 車中泊避難に潜む危険】車中泊避難の現状は過酷 ~終わりの見えない実態~
これまでエコノミークラス症候群の発症について解説してきましたが、実際の避難所では、想像をはるかに超える過酷な状況があるそうです。実際の状況についてまとめてみます。
車中泊という言葉は、レジャーから生まれたもので楽しいイメージがあります。それがなぜ災害時の避難では悪いことになるのだろう、と思われるかもしれませんがレジャーの車中泊とは大きく異なることがたくさんあります。
まず一番の違いは、レジャーではいつ帰るかの日程、スケジュールが決められています。そのため必要な寝具などはあらかじめ用意でき、食品は用意していかない場合でも調達の目処は容易につけることができます。そして、のんびりと寝泊りできる設備の整った車で行なうことが大半です。レジャーのための宿泊ですから、最初から辛い姿勢で寝ることを前提には考えることはあまりありません。
また、キャンプ場や車中泊のできる施設では、綺麗なトイレやシャワーなどの設備が整っているところを利用するのが一般的です。望めば必要なインフラが近くに整っている中で、楽しい部分だけを切り取って行なえるのがレジャーの車中泊です。
ところが被災者が災害時の車中泊に利用する車は、寝泊りを前提としている車を利用できるとは限りませんよね。そのため、セダンや軽自動車など通常の自家用車を利用するしかありません。ミニバンを持っている方は、シートをフルフラットにすることができれば、足を伸ばして寝ることはできますが、それでも利用する人数が多ければ快適とは言えません。
被災者は、昼間には被害にあった住居の復旧などのために、瓦礫の撤去や掃除といった作業を行なっていますので極度の疲労に見舞われます。その間、車は荷物置き場となり、洗濯物を干すための場所ともなります。
車とともに避難している場所が避難所であったり、避難登録ができていれば食事の配給がありますが、日持ちするものや食中毒が避けられるものとして、メロンパンを3ヶ月支給され続けたということもあったそうです。また、コンビニなどの棚からは何もなくなり、支援の配給を待つしかなくなることも不安を大きくしています。
加えて、避難所にトイレが不足することは多いのですが、その場合の問題はいつでも思ったときに使用できないだけではないのです。
設置数の不足するトイレは極度に汚れてしまうことが極めて多いのです。これは決して、マナーの問題ではなく、トイレの想定される使用量をオーバーすることでトイレが詰まってしまい汚れがひどくなりやすいとのことです。
そのため、避難所の人たちにトイレに行きたくないと思わせてしまい、できるだけ水を飲まないなど水分摂取を我慢する人が増えてしまう傾向にあるとのことです。
併せて、人数に見合うトイレ数を設置することが絶対的に必要なのは、清潔に気持ちよく利用するためなのです。
こうしたように、同じ車中泊という言葉であっても、避難所での生活は決して楽ではありません。また震災であれば余震も多く、常にさらに大きな地震が来ることを心配することにもなります。そんななかでは、疲労や心労も多く車のシートに座りっぱなしになる高齢者も少なくないということです。
荷物が多く寝る場所が狭い! 過酷な車中泊
問題は座位だけでなく動けない姿勢、気がつかないうちに大きな問題に
エコノミークラス症候群は、血栓の蓄積などの過程では予兆がないだけに、気づきにくいものであることが大きな問題です。そしてさらに、この状況は災害時の車中泊に限ったことではありません。避難所であっても、狭い空間での長時間の体育座りなどは血栓を作りやすいとのことです。
また災害でなくても、長時間のビデオゲーム利用者の発症なども問題視されています。ゲームに没頭してしまうことで、同じ座位で長時間過ごしてしまうことで発症するものです。これは何もゲームでなく、テレワークなどで長時間作業をされる方にもまったく同様に言えることなのです。
また、長時間の自動車の運転での発症も広く確認されているのです。
さらに、今回アドバイスをいただいている新潟大学の榛沢先生は、東日本大震災などでも発生した帰宅困難者を模したある実験を行なっています。立ったままの密集した空間での長時間の待機を試験的に行なった結果、血栓が発症することが確認されたとのことです。
こうしたようにエコノミークラス症候群は、足をあまり動かさない状況であれば座位でなくとも発生しやすいと言われます。発生した血栓は、足を動かす普通の生活をしていれば時間が経過するとなくなっていくと言われますが、同じような状態が継続的に続くことによって蓄積されていきます。
滋賀医科大学の一杉正仁先生の文献によれば、高血圧と心房細動の56歳の日本人男性が2時間半の運転後に急死した(※1)との事例がありました。さらに健康な成人男性の静座で、2時間後に足静脈から血液の粘度が有意に上昇したことが確認された(※2)ということです。これらのことから、きわめて短時間でもエコノミークラス症候群の発症の可能性があることが見受けられます。
また帰省時の交通渋滞や、大雪により交通遮断などによる車中待機状態も、血栓発生が起こりうる極めて悪い状態と言わなければなりません。
テレワークや長時間運転では、疲れない、腰の痛くならないシートの良否などは話題とはなりますが、どんな良いシートを選んだとしても、エコノミークラス症候群については全く改善されないということを覚えておくことが必要なのです。
しかしエコノミークラス症候群は、足を動かすことやマッサージで予防することができるのです。さらに、日頃からの血栓予防を心がけられることが、災害時の最悪の結果を免れることに繋がっていくのです。
熊本地震と新潟県中越地震のデータでは、災害時の車中泊で死者発生のマスコミ報道があった後から、エコノミークラス症候群の発症率が下がったという結果もありました。このことは、とても大切なことでエコノミークラス症候群の怖さを知らなかったことが大きな問題だったことがわかります。そして対処法を知ることによって、広く予防ができるということを示しているのです。
読者の皆様にエコノミークラス症候群の危険性と対処法を知っていただき、ご家族・ご友人・知人にもぜひお伝えいただきたいのは、知識を多くの方に広く伝えることが何よりも重要であるということなのです。
それでは、どのようなことに気をつけて、どう防げばいいのかについては、第3回で解説していきます。
【第三回 車中泊避難に潜む危険】日常も要注意! 災害時の車中泊で多く発症するエコノミークラス症候群 〜具体的な予防対策、上質な災害時の車中泊とは〜
(第一回から読む)
【第一回 車中泊避難に潜む危険】災害時の車中泊で3割に血栓発生の可能性 ~他人事ではないエコノミークラス症候群~
今回お話を伺った先生
榛沢和彦(はんざわ・かずひこ)
平成元年新潟大学医学部卒。2018年より新潟大学医歯学系先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授。専門は心臓血管外科。エコノミークラス症候群予防検診支援会会長、避難所・避難生活学会理事。2004年の新潟県中越地震から災害後のエコノミークラス症候群予防活動を行ない、2012年からイタリアの災害対応を調査比較し日本の災害対応改善を提唱している。特に避難所のトイレ(T)、食事(K)、簡易ベッド(B)のTKB整備の重要性を啓発している。
(参考文献)
※1
自動車運転後の肺動脈血栓塞栓症による突然死例
1Hitosugi M, Yufu T, Kido M, Yokoyama T, Nagai T, Tokudome S, Joh K: Sudden death due to pulmonary thromboembolism after car driving: a case report. Med Sci Law, 45: 179-181, 2005
※2
2時間の座位によって足の静脈血液粘度が有意に上昇する
Hitosugi M, Niwa M, Takatsu A: Rheologic changes in venous blood during prolonged sitting. Thromb Res, 100: 409-412, 2000.
(取材・文/松永 大演)
[ガズー編集部]
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