【第三回 車中泊避難に潜む危険】日常も要注意! 災害時の車中泊で多く発症するエコノミークラス症候群 〜具体的な予防対策、上質な災害時の車中泊とは〜
血栓症を起こしやすい人は絶対避けたい災害時の車中泊
これまで、災害時の車中泊の過酷さとエコノミークラス症候群の危険について解説してきましたが、今回も、新潟大学大学院 先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授、医学博士の榛沢和彦(はんざわ・かずひこ)先生に伺った話からその対策について紹介していきます。
その前に、榛沢先生の車中泊に対する基本的な考えかたを解説しておきます。
“災害時の車中泊はリスクが多く、できればしない方が理想。災害時の車中泊は分散避難の一つとして、避難者、企業、自治体、マスコミなどが一緒になってできるだけ準備をして行なうもの。単に避難者が独立して行なえるものではない。
避難所では、食料などの物資支援が被災者に渡るまでに2日程かかる場合がある。避難所に行くことが困難で、やむを得ず独自に自宅の駐車場や空き地で車中泊避難を行う場合、援助が得られないとすれば2日が限度と考えた方がいい。とりあえずの避難と考えがちだが、その後の遭難生活がどうなってしまうのかも想像してほしい。災害時の車中避難は平均日数だけ見ても、新潟県中越地震では長岡市で5日、小千谷市で7日であり、水洗トイレも詰まって使えず、コンビニも空になってしまう。車中泊の避難者もこうした事実を踏まえて2日間をめどに乗りきる中で、2日目以降をどのようにしていくべきかを事前に考えて行く必要がある“
……との考えを語ってくれました。また、血栓症を起こしやすい人として、過去3ヶ月以内に妊娠出産した人、過去3ヶ月以内に手術を受けた人、入院していた人、脳梗塞、心筋梗塞、肺塞栓を発症したことのある人、時期に関係なく足の手術を受けたことがある人、血縁関係者に60歳未満で脳梗塞、心筋梗塞、肺塞栓などを起こした人がいる人、最も危険なのは足に静脈血栓ができた人は、車中泊による避難は絶対やらないほうが安全とのことです。
病気で入院したり手術を受けたりした人たちは、血栓予防をしながら施術を受けていますが、入院中や手術中の肺塞栓症をゼロにできていないとのこと。災害時の車中泊では何も危険性のない人でも発症する場合があるので、特に日頃から危険性がある人は行ってはいけないということです。
第一にその危険性を念頭に置いていただき、災害発生時、万が一車中泊避難を余儀なくされてしまった場合に備え、最低限の防衛ではありますが、災害時の車中泊でのエコノミークラス症候群を予防するための対策についてレポートします。
1.車中泊を余儀なくされた場合には
災害時に車中泊を余儀なくされた場合、自治体や避難所が開設した車中泊避難場があればそちらに行けば良いのですが、大抵は車中泊避難者がそれぞれにどこかへ散ってしまい、自治体や避難所にとってどこで誰が何人で車中泊をしているのかが把握できていないことが問題となっています。今後、車中泊の数と場所を確認するボランティアが考えられているほどで、車中泊が把握されていないとさらなる避難の指示や解除の連絡が遅れてしまいます。また食事の支給などもされず、全く孤立状態になってしまう可能性がありますので、自治体に自分がどこにいるのかを知らせることが重要だとのことです。
災害が起きたときには、安全を確認して、最初は、可能なかぎり避難所に出向いて、自分は被災者であることを知らせ、どう避難するのが最善か相談しましょう。
2.災害時の車中泊での対策
①何よりも弾性ストッキング、着圧ソックスの使用を!
車中泊での対策としては、弾性ストッキングまたは着圧ソックスの使用、水分摂取、正しい姿勢での睡眠が必要です。そしてマッサージの励行があげられますが、それぞれ解説して行きましょう。
最も効果的なものが弾性ストッキングの使用です。この弾性ストッキングとは、足首やふくらはぎ周りに適切な圧をかけることで、血栓の発生を防ぐものです。ふくらはぎの血栓が発生しやすい手術中にも採用されるもので、大きな効果があります。
ただし医療機器であるために、医師や看護師の指導がないと購入できないという製品でもあります。その不便さを解消するべく、同じ機能を持ちながらあえて医療機器認定を受けていない、いわゆる着圧ソックスが売られています。(ドラッグストアや薬局では第1種医療機器としての弾性ストッキングが医師や看護師の指導がなくても購入できる場合もあります)
血栓抑制のための弾性ストッキングや着圧ソックスでは、圧力がかかっていないと効果がありません。メーカーによって目的が異なり素材や圧の規格が違うので、できるだけ着圧の数字が表示されているものを選んだ方がよいとのことです。
履いてかゆくなる場合は、素材が合わない場合があるので違うメーカーのものを試してみてください。また木綿製の弾性ストッキングも販売されているので、皮膚の弱い人やかぶれやすい人にはおすすめとなります。なお、動脈血行障害や糖尿病のある方や、圧迫による合併症などを引き起こす可能性など、弾性ストッキングの慎重な使用が必要な場合もありますので、医師の説明や使用上の注意をよく読んでご理解の上、ご使用ください。
(参考)日本赤十字社熊本健康管理センターのYouTubeチャンネルにて、エコノミークラス症候群予防「弾性ストッキングの履き方」が紹介されています。参考にしてみてください。
②水分補給を忘れずに!
また水分摂取は体重60kgであれば、食事以外に1日で1.2リットルくらいが必要といわれています。500~600ミリリットルのペットボトルならば2本は必要ですが、一気に飲むと尿になってしまうので何回かに分けて少しずつ摂取する必要があります。水分であればお茶やスポーツドリンク、ジュース、あるいはスイカ、梨、みかんなど水分の多い果物でもよいです。しかし、あまり味が濃いと喉が乾いてしまい多く必要になってしまいますので、要注意です。アルコール飲料は水分になりませんので、適さないとのことです。また、食事も水分摂取の一環としていますので、もし十分な食事が採れない場合は、ペットボトル3本が必要となるとのことです。
③眠る姿勢は平らなところで身体をまっすぐに!
車中での過ごし方や睡眠の姿勢については、まっすぐに寝られることが必要となります。上体を起こしたまま足を水平に伸ばしたり、カバンなどの上に足を乗せ高くすることでも血栓予防にはなりますが、この姿勢では熟睡ができないのであくまでも休憩の姿勢と考えるべき、とのことです。しかし、膝の裏や大腿部を圧迫する姿勢は危険で、長時間の体育座りや座面がでこぼこしていて足の一部が圧迫される状態は避けなければなりません。
正しい睡眠姿勢は足と体を水平にすることが基本です。足を上げるのも血栓予防には悪くないのですが、熟睡には不向きです。ダッシュボードなどに足を上げるのは簡単ですが、熟睡できない上に途中でフロアに下ろしっぱなしになったりしてしまわないように、フロアにはバッグや段ボールを詰めることが必要です。また、水平にするために段ボールや板、マットなどを敷く方法もあります。クーラーボックスなど周囲にあるものをうまく利用することや、あえて車用の工具箱をフロアのサイズに合うようなものにしておくことなど、事前にアイデアを色々考えておくことも現場での力になります。
④エコノミークラス症候群予防マッサージを3時間に1回実施!
予防のマッサージについては、足の指でグーパーと閉じたり開いたりを繰り返す運動、足を上下につま先立ちする運動、かかとをついてつま先を引き上げる運動、膝を両手で抱えて足の力を抜いて足首を回す運動、ふくらはぎを軽く揉む運動を行うのが良いです。これを、できれば3時間以内に1回行うのが理想で、寝ている場合にはそれだけの間隔で行うのは難しいので寝てから朝までの間に1回起きて行うのが良いとのことです。
腕についても気になるところですが、腕は意識しなくても動かしていることが多く、滅多に血栓はできないので特に運動を意識する必要はないとのことです。
ただ、定期的に歩いたり身体を動かすことは、過酷な避難生活において健康を維持するために大切ですので、怠らないようにしましょう。
<予防のための足の運動>
エコノミークラス症候群、予防のための足の運動(参考:厚生労働省)
(参考1)日本運動療法士会のHPにも、エコノミークラス症候群の予防のポイントや運動法のリーフレットが紹介されています。
(参考2)日本赤十字社熊本健康管理センターのYouTubeチャンネルにも、エコノミークラス症候群予防「運動とマッサージ」が紹介されています。参考にしてみてください。
⑤車中で休憩するときも足が下がらないようにする!
できればシートをフラットにして、防災グッズなどで準備したバッグ、クーラーボックスや段ボールなどをフロア部分に置いて、座面とフラットにして足を伸ばす場所にすることが理想です。そうすることで、強制的に足が下がる状態になるのを防ぐことができます。ワンボックスやバンなどは、フラットな広い場所がどうやればできるかを考えておくといいかもしれません。商用車では、後席を前に折りたたんで、荷室を広くフラットにできるものもあります。もし車を複数所有している地域の方であれば、1台は災害避難に備えてミニバンなど車中避難が快適な車を持つこともいいかもしれません。
<休憩時、足が下がる状態を防ぐための フロア部への荷物、シートアレンジ>
3.万が一の「災害時の車中泊」のために最低限準備しておきたいもの
エコノミークラス症候群の対策として、次のものが最低限必要です。
- 着圧ソックス(もしくは弾性ストッキング)
- 飲料と食料の確保(食料も脱水を防ぐ)
- 脚が下に下がらないように足元に置くもの(バッグや段ボール)など
- 車室の凹凸を軽減させるために詰められるタオル数枚など
(市販の車中泊用エアマットもあると安心) - 簡易トイレ
- 冬場は寒いと眠れず交感神経が昂り血栓ができやすくなることから、保温できるもの
(衣服、毛布、シーツなど)
また、車は金属のかたまりで保温には適さないため、冬場は何もしなければ外気と車内温度がほとんど変わらない状態となります。そのため、毛布やカイロなどを準備し、しっかりとした寒さ対策が必要です。車の窓は冷気を通しやすいため、断熱効果のある銀マットを窓の大きさに合わせて切り取って窓ガラスにはめられるようにしておくと良く、外からの目隠しにもなります。
(断熱効果のある銀マット設置例はこちら)
最近は、自動車メーカーではマツダから緊急防災車中泊セットが販売されていますし、トヨタ自動車では、発災後に日本赤十字社が配る可能性のある緊急セットもあることから、その後に必要になりそうな災害時の車中泊セットや車中泊ヘルプブックをウェブサイトで紹介、被災地で配布するなどの支援を検討中。
4.日常でも起きるエコノミー症候群、日頃から気をつけることが大切
足を下方向でじっとしていることが原因で起きやすくなるエコノミークラス症候群は、座位でじっとしていることの多い、車の長距離運転や長時間のテレワークでも起こり得るということです。足がむくみやすい人は普段から弾性ストッキング、着圧ストッキングを履くことをおすすします。このストッキングは血栓発生の防止というだけでなく、足の血流が良くなり、体調改善が期待できるとも言われています。
また車の運転では3時間以内に一回は休憩し、車から降りて歩くことがおすすめです。こうすることで、血流を促すという足の本来の機能を働かせることができます。テレワークの気分転換にもいいですね。
5.エコノミークラス症候群は知ることで防げる みんなに拡散を
エコノミークラス症候群は、決して他人事でないことがお判りいただけたでしょうか。
普段ありがちな長距離運転や、テレワークなどでもあらわれることは驚きだと思います。
エコノミー症候群の発症の他にも被災地では、誤嚥性肺炎、不活発病などについても注意が必要です。動けない、動かせないことで痰がつまりやすくなり、動けないことで関節が悪くなり歩けなくなるとのことです。これらについて、車中泊を高齢者が行う限り予防策はなく、車中泊をしないことの他に手段はないとのことです。また周囲の人もそのことを理解し、高齢者は車中泊ではなくなるべく避難所に連れて行く、病気の人は福祉避難所に連れて行くことを考えるべき、とのことです。
災害時の車中泊を行わなくても済む、理想的な避難所の運営の姿は世界にはすでにあるのですが、日本の現状は第2回で紹介した通り、平均的に見るとまだほど遠い状態と言わざるを得ません。そのため、“質の高い車中泊”を実現することが必要と榛沢先生は語ります。
“日本の自治体における災害時の避難対応は、世界のレベルからすると大きく遅れていることを認識する必要がある。欧米では有事の際を前提にした市民の避難を前提としているので、全てにおいて日本とは破格に充実していて、差が大きいのは仕方のないところかもしれない。日本でも十分に良質な避難に配慮されている自治体もあるが、それであっても個々の設備がなぜ必要なのかが明確に理解されていないと感じる。ここに大きな問題があり、避難所では完璧に被災者が守られていない現状がある。そこで車中泊が余儀なくされる場合もあるが、車中泊は常に完璧ではない。
高齢者については、血栓が発生する可能生が高いので、車中泊避難はせずに、まだそれよりはましな避難所の方に連れて行く、という意識も重要になってくる。
健常な人がどうしても災害時に車中泊をしなければならないのならば、できるだけ上質な車中泊を目指す必要がある。それは、被災者、自動車メーカー、自治体それぞれが、できることをすべて行っていくことが理想。これらを実現するにはすべて事前の準備が必要だ。被災者(自動車ユーザー)は車中泊に必要なものを準備しておくこと、メーカーは車中泊に良いと思われる構造やオプションを提案し設定しておくこと。自治体は車中泊の場所を設定し、そこにトイレを20人に1個の割合で準備すること。食事や飲料などの支援物資を車中泊者に配布するステーションあるいはドライブスルー型の設置をすることが必要である”
……と考えを示しています。
エコノミークラス症候群は、飛行機での移動だけではなく、災害時の車中泊で発症しやすい病ですが、それ以外にも車の長距離運転中、長距離バスなどで発症する病です。ふくらはぎのむくみは、重大な警告ともなりますので、十分に注視しその予防に務めていただきたいと思います。また、これらの事実と予防法を知らないことが、悲惨な事態を招きかねません。知っていることで救われる命があることは事実ですので、ここでの話題をぜひとも、家族や友人、周囲の人たちと話し合ってみてはいかがでしょうか。
今回お話を伺った先生
榛沢和彦(はんざわ・かずひこ)
平成元年新潟大学医学部卒。2018年より新潟大学医歯学系先進血管病・塞栓症治療・予防講座特任教授。専門は心臓血管外科。エコノミークラス症候群予防検診支援会会長、避難所・避難生活学会理事。2004年の新潟県中越地震から災害後のエコノミークラス症候群予防活動を行ない、2012年からイタリアの災害対応を調査比較し日本の災害対応改善を提唱している。特に避難所のトイレ(T)、食事(K)、簡易ベッド(B)のTKB整備の重要性を啓発している。
(取材・文/松永 大演)
[ガズー編集部]
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