【現地取材】MaaSを生み出したヘルシンキの先進企業「MaaS Global社」―MaaS先進都市ヘルシンキ編③

MaaS Global社の共同創業者カイ・ヒューヒティア氏
MaaS Global社の共同創業者カイ・ヒューヒティア氏

世界で初めてMaaS社会を実現した先進シティ、フィンランド・ヘルシンキ。その先進的な実例から日本でのMaaS展開の未来を考える連載第3回は、スマートフォンアプリ「Whim(ウィム)」を開発したMaaS Global社で行なったインタビューの様子をお届けする。

答えてくれたのは共同創業者のKaj Pyyhtiä(カイ・ヒューヒティア)氏。CEOのSampo Hietanen(サンポ・ヒエタネン)氏とともに、今から10年以上前にMaaSの起源となる概念を生み出した人物だ。

ヒューヒティア氏は「クルマを1台持つより、制限なく行きたいときに行きたいところへ移動する。あらゆる移動手段を使って点から点へ、継ぎ目なく自由に交通機関を組み合わせて移動できないかというのが、原点でした」と、MaaSの概念が生まれた経緯を振り返る。

Whimでいつでも行きたいところへ行けるというイメージ図
Whimでいつでも行きたいところへ行けるというイメージ図

そもそも、市民の所有するクルマがひと月に稼働している時間はわずか4%で、96%は駐車場に置かれているという。
また、1台のクルマを所有するのに支払っている平均的な費用が616ユーロで、維持費なども入れると毎月700ユーロほど。

一方で、その費用が交通費を含むさまざまな“移動にかかるコスト”全体の76%を占めていて、公共交通機関の費用は残り24%しか掛かっていないというデータがある。
「いつでも自由に乗れる」「パーソナルな移動空間」といったマイカーが持つメリットを脇に置くと、クルマを所有・維持することの負担の大きさがよく分かる数字だ。

MaaS社会の成立は、こうした費用の軽減や時間の短縮、検索・予約・決済の簡略化などにより、移動にかかるストレスの解消に加え、公共交通機などの利用が促進されることで交通渋滞の緩和、環境負荷の低減などにも大きな期待が寄せられる。

移動にかかるコストのうち、マイカーの所有・維持が全体の76%を占める
移動にかかるコストのうち、マイカーの所有・維持が全体の76%を占める

ヘルシンキでのサービス開始からわずか3年で定着

MaaS Global社の創業は2015年5月だが、創業者の2人はそれ以前からMaaSの概念を持っていた。
情報通信技術の発展によって公共交通機関の運行スケジュールや遅延情報、タクシーの位置情報、道路の渋滞状況などさまざまな情報が集約され、容易にアクセスできるようになり、2010年代のスマートフォンの爆発的な普及でMaaSが成立する下地が整ってきた。
フィンランドでは、移動の効率化や地方での移動の利便性などを考え、2015年ごろからMaaSの実証実験を開始。そこに行政へのアドバイザーとして参画したのがMaaS Global社であり、CEOのヒエタネン氏だった。

MaaS Global社 共同創業者 Kaj Pyyhtiä(カイ・ヒューヒティア)氏
MaaS Global社 共同創業者 Kaj Pyyhtiä(カイ・ヒューヒティア)氏

その後、MaaSの実証実験の進捗とともに法改正の検討が進み、2018年にMaaSのサービスが展開できるような法整備を実施した。
その先頭に立ったのはフィンランド運輸通信省なのだが、わずか1年半で法改正にこぎ着けた背景については次回以降で紹介する。

Whimは使い勝手のよさやデザイン性でも評価を受けている
Whimは使い勝手のよさやデザイン性でも評価を受けている

Whimは2016年10月に初めての商業サービスを開始し、2017年11月にヘルシンキで本格的なサービスがスタート。2018年3月にはイギリスのバーミンガムでも同様の運用が始まった。
2018年6月には100万トリップ(ユーザー1人の1回の移動で1トリップ)を達成したWhimだが、最新の数字では7倍の700万トリップまで成長している。
急激に利用者が増えた背景には、サービス自体の魅力に加えてすっきりした画面構成や直感的に操作できるデザイン性など、Whimの使い勝手が評価されているからで、日本のグッドデザイン賞を含めて多くの国で賞を獲得している。

Whimの特徴は前回取り上げているが、出発地から目的地までの効率的な移動手段の検索、その際に利用する座席などの予約、運賃のキャッシュレス決済までをアプリ1つで実現し、公共交通機関による経路検索だけでなく、タクシー、レンタカー、シェアサイクルの利用についてもアプリ内で完結している。

トラムやバスなどさまざまなモビリティをWhimアプリで利用できる

ヘルシンキではWhimの登録数が20万ほどで、サービスの発展に伴い、開始前よりも公共交通機関の利用量が1.6倍ほどに増加。ユーザーの42%が移動のルート内にシェアサイクルを取り入れているという。
公共交通機関の隙間を埋める自転車の活用で効率的な移動が可能になり、電車やバスを積極的に使うことで、環境負荷の低減にも貢献している。

Whim利用者の42%がルート内にシェアサイクルを取り入れており、CO2排出量の削減にもなっている
Whim利用者の42%がルート内にシェアサイクルを取り入れており、CO2排出量の削減にもなっている

「自家用車を持つのは、移動したいときに常に使える安心感があるからだと思います。Whimも安心感や信頼性が必要です。そのためには、繁忙期にレンタカーを常に用意することや、公共交通機関も遅延なく、いつでも乗れる環境でなければいけません。そのため、協力してくれる事業者とのやりとりが実はとても大切で、大事にしなければいけないところです」(ヒューヒティア氏)

サービス開始からわずか3年ほどで世界的に注目を浴びるようになったWhimとMaaS Global社。現在でも数百を超える自治体や交通事業者と常に話し合っている状態だといい、日本でも2019年12月から柏の葉(千葉県柏市)で実験的なサービス運用が始まっている。

MaaSの概念を生んだ2人の男性が立ち上げたMaaS Global社の創業から4年。ヒューヒティア氏が語るように、既存の交通手段を自由に組み合わせて効率的に移動できる社会が実現するなら、これまでの個人所有にとどまらず、シェアする、使いたいときだけ使うなど、さまざまなクルマとの付き合い方が広がっていきそうだ。
ヘルシンキからスタートしたWhimは、現在世界4都市でフルサービスが提供され、そのほかの都市でも導入が進んでいる。次回は、日本での展開の実現性や現状を単刀直入に聞いてみよう。

[ガズー編集部]