【現地取材】民間の交通事業者や過疎化の進む地域にもメリットをもたらすMaaS―MaaS最先端都市ヘルシンキ編⑥

フィンランド運輸通信省 専門官のサーラ・レイニマキ氏(右)とアルテ・イスコラ氏(左)
フィンランド運輸通信省 専門官のサーラ・レイニマキ氏(右)とアルテ・イスコラ氏(左)

世界で初めてMaaS社会を実現した最先端シティ、フィンランド・ヘルシンキ。その先進的な実例から日本でのMaaS展開の未来を考える連載第6回。
2018年に世界に先駆けてMaaSを導入したヘルシンキでは、当初、交通事業者による反発もあったそうだ。だが、今ではMaaSのメリットが利用者だけのものではないと理解が広まっている。

フィンランドでは、MaaSを実用化するために「運輸サービスに関する法律」が2018年7月に成立し、運用が始まった。この法律を取りまとめたのが運輸通信省で、まったく新しい取り組みとなるMaaSを実現するには、電車やバスなどの「公共交通機関」、タクシーやレンタカーなど「民間の交通機関」、アプリを開発する「MaaS運用企業」をつなぎ合わせる必要があったのだ。

トラムはヘルシンキ市内の多くのエリアをカバーしている。時刻表やどこ行きのトラムが何分後に到着するかが分かりやすく表示されている停留所もある

以前は、電車や船舶、道路などがそれぞれの法律のもとで管理されていたが、これを1つにまとめて、チケットの販売ルートも規制を緩和した。

民間の交通機関の事業者登録も緩和され、タクシーは事業者と台数が増加。法改正の前は、地域ごとにタクシーの事業者数と台数が決まっていたが、規制緩和により参入しやすくなったのだ。また、Uberを始めとするライドシェアも可能になり、タクシーの台数はさらに増加していった。

フィンランド運輸通信省の専門官アルテ・イスコラ氏の説明によると、この規制緩和に対して、当初タクシーの運転手や事業者から「利用価格が下がってしまうのでは」という反発があったという。逆に、タクシーがより利用されるようになって「交通渋滞がさらに悪化するのではないか」という声も聞かれたそうだ。

法改正による規制緩和には、当初タクシー業界からの反発もあった
法改正による規制緩和には、当初タクシー業界からの反発もあった

タクシーは平均単価が上昇。反発から歓迎へ

だが、蓋を開けてみると法改正後にヘルシンキ市内のタクシーの利用額は上がった。
「もともとタクシーの事業者は数が限られていたので、規制緩和によって台数が増えると競争原理が働き、価格が下がってしまうのではと言われていました。しかし、事業者は増えましたが廃業する数は少なく、平均単価もアップしています。タクシー業界から元の法律に戻してほしいという要望は入っていません」という。

単価が上がった背景には、「以前の初乗りや距離ごとの価格が安すぎたのです。それが規制緩和によって適正になりました」「また、市内ではタクシーを選ぶときに価格だけでなくサービスを重視するようになっています。高級車を使ったデラックスタクシーも増えて、利用率が上がりました。サービスの多様化によって、結果的に平均単価がアップしたと考えています」と理由を挙げた。
規制緩和や新しい法律の施行時には業界からの不安や懸念はつきものだが、ヘルシンキではMaaSの運用においての問題は少ないようだ。

都市部の人口集中・地方の過疎化にもMaaSが一役買う

都市部では渋滞や駐車場問題の解決策の1つとしてMaaSの実用化が進んだ

そもそもMaaSを積極的に実用化しようとする背景には、フィンランドでも都市部への人口集中による渋滞や駐車場不足、大気汚染など環境問題などが挙げられる。
フィンランドの国土は日本よりやや小さく、日本から九州を除くとほぼフィンランドの面積と同じになる。人口は約550万人で、ヘルシンキ都市圏の人口は約150万人。総人口の約30%が都市部に住んでいることになる。
ヘルシンキ市内は電車やメトロ、トラム、バスなどの公共交通機関が発達しているが、フィンランド全体では約80%が自動車で移動するという統計が出ている。

MaaS実現後は公共交通機関の利用率が増えており、シェアサイクルを移動手段として取り入れるユーザーも多い。すべての移動が公共交通機関になることはないが、MaaSアプリによる効率的なルート提案によって、ヘルシンキ市内ではシェアサイクルやトラム、バスが積極的に使われるようになった。
また元来、環境に対する意識が高いこともあり、積極的に公共交通機関を利用するという人も少なくない。

バス乗り場や住宅街にもにシェアサイクル(電動キックボード)が止まっていた

MaaSの実用化はヘルシンキのような都市部から進められたが、省庁とともに検討を進めている自治体や事業者は27団体だそうで、そのなかには過疎地域の自治体も含まれている。
MaaS Global社の共同創業者カイ・ヒューヒティア氏も「MaaSは地方の学校や病院の移動手段を確保するためにも重要な働きができる」と言うが、地方と都市部では交通網が異なり、地方では公共交通機関の駅や停留所、車両本数も少なくなる。乗り合いタクシーや自動運転の実用化など、ヘルシンキのような都市部のMaaSとは異なるアプローチが必要だ。

交通機関を自由かつ効率的に使えるだけでなく、子供や高齢者、病人など交通弱者にも有益なのがMaaS。日本国内でも、地方の運転手不足解消や交通弱者に移動手段を提供することは緊急の課題になっており、MaaSによって解決することが期待されている。

MaaS運営企業、インフラ、公共交通機関、民間の交通機関をつなぐのがフィンランド運輸通信省の役割
MaaS運営企業、インフラ、公共交通機関、民間の交通機関をつなぐのがフィンランド運輸通信省の役割

ヘルシンキにおけるMaaSの導入では、法改正や規制緩和に対して交通事業者からの反発があったことは確かだ。しかし、結果的には収益が上がり、懸念はなくなった。
日本のようにこれからMaaSを導入する国・地域でも同じような反発は予想されるが、ヘルシンキのようなポジティブな実例を紹介することで、導入への後押しになるのではないだろうか。
次回は、MaaS Global社やフィンランド運輸通信省が考える、移動手段以外でのMaaSの発展性について紹介する。

[ガズー編集部]