【試乗記】トヨタ・ミライZ(RWD)

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    トヨタ・ミライZ(RWD)

純粋に気持ちいい

フルモデルチェンジでがらりと見た目の変わったトヨタの燃料電池車「ミライ」。大型FR車用のプラットフォームを用いたパッケージングや走り、そして一新された内外装デザインなど、純粋に“魅力あるクルマ”を目指したというが、果たしてその進化やいかに。

後輪駆動に宗旨替え

新型ミライは先代と比較して、全長で85mm、全幅で70mm拡大した。ただ、全高は逆に65mm低く、140mm長くなったホイールベースから想像できるように、オーバーハングは短縮された。つまり、細部の意匠の個人的好き嫌いを別にすれば、新型ミライのプロポーションは以前より明らかにカッコよくなった。そこには「クルマとしての純粋な商品力を上げて、燃料電池車(FCV)をもっと普及させたい」という開発陣の切実な思いがある。

というのも、経済産業省や関係企業が参加する水素・燃料電池戦略協議会が2017年に「2020年度までに国内でFCVが4万台、水素ステーションが160カ所」という普及ロードマップを策定したにもかかわらず、国内で一般入手可能なFCVは、つい最近までミライしか存在せず(「ホンダ・クラリティ フューエルセル」は2020年末にやっと一般リースがはじまったばかり)、その国内登録台数も約3500台にすぎないからだ。対して、2020年12月時点で運用されている水素ステーションは全国137カ所。少なくとも同ロードマップに対して、クルマ側の普及が遅れているのは明白だ。

「普及させたいというなら、もう少しコンパクトで手頃なクルマがいいのでは?」との声もあるが、現時点ではFCVの“燃料”である水素を貯蔵する高圧タンクは円筒形でなければならず、しかもFCVの優位性を表現するためには、普通の電気自動車(EV)より長い航続距離は半ば必須条件といえる。実際、新型ミライはそのために、3本で141リッター分の水素タンクを積んでおり、「小さなクルマでは成立しにくい」のがFCVの現状でもある。

……といったFCV特有のパッケージ要件を満たすために、新型ミライが選んだのが大型FR想定の「GA-L」プラットフォームだ。車体後半に2本の水素タンクを横置きした先代に対して、新型では、通常は変速機やプロペラシャフトが収まるセンタートンネル部分に縦置きタンクを追加した。さらに新型は後軸付近にモーターを積む後輪駆動でもある。

高級Dセグメント級の質感

伸びやかなロングノーズに、リアウィンドウまで緩やかな弧を描くファストバックスタイルに加えて、大径タイヤも新型ミライのカッコよさ(と走行性能)のキモのひとつになっているのは間違いない。ただ、これは単なる見た目のためだけでなく、FCVならではの事情もある。高圧水素タンクは安全性のために、キャビン外に搭載しなければならないことになっている。物理的にはルーフ上という選択肢もある(実際、燃料電池バスは天井タンク)が、乗用FCVでは現実的に円筒形タンクを床下に積むしかない。大径タイヤはその地上高を稼ぐためにも都合がいいのだ。

純粋に魅力ある商品を目指したという新型ミライだが、そのスタイリングやパッケージの一つひとつに、こうして機能としての理屈があるのが、マニア的には嬉しい。そして、異例なほど立派なセンターコンソールに寄り添う低い運転席に座ると、自然にスポーツ感が高まるが、そのコンソール下にあるのはシツコイようだが高圧水素タンクである。

新型ミライの本体価格は700万円台が中心で、内外装の質感は、同価格帯である「ドイツ高級ブランドEセグメント車にも見劣りしない」のが目標だったという。まあ、実際の質感レベルはひとつ下の高級Dセグ級というのが正直なところだろう。ただし、ダッシュボード全体が柔らかなレザークッション素材に覆われるなど、トヨタブランド車としては最上級の部類に属するのは事実である。

また、ミライの新車購入時には合計140万円前後の優遇があり、さらに自治体レベルで補助金(東京都では2021年度は135万円予定)が出るケースも少なくない。実質的な本体価格はそれを差し引いた400〜500万円台と考えれば、Dセグ級の質感でも不足はないか。

レスポンスはEVそのもの

新型ミライで走り出して最初に気づくのは、先代比でとても静かになったことだ。燃料電池(FC)スタック内部に水素と空気をコンプレッサーで圧送するFCVは、アクセル操作に応じて豪快なブロワー音がするのがお約束だったが、新型ミライでは走行中に「かすかにエアコンっぽい音はするかも」といった程度である。その背景には、車体の静粛性向上やコンプレッサーの静音化ももちろんある。しかし、FCスタックが先代の前席床下から“エンジンルーム”に移設されて、キャビンから物理的に離されたことも大きいらしい。

ただ、ここまで静かになると逆にさみしいのか、新型ミライでは疑似エンジン音(?)をキャビン内に響かせる「アクティブサウンドコントロール(ASC)」という新機能が追加された。これはあくまで乗り手が“クルマ感”を味わうための機能で、「エコ」「ノーマル」「スポーツ」というドライブモードによって音色を変える芸の細かさだ。もっとも派手な音になるスポーツモードだと、踏みはじめの“ファーン”という高い吸気音めいたものから、加速に応じてそこにタービン風の音が重なった豪快な音に変化していく。ただのギミックではあるが、そこそこ気分はアガる。

逆にASCをオフにしたミライの走行感覚は、当たり前だがEVと選ぶところはない。本来のFCスタックの反応にはアクセル操作とわずかなタイムラグがあるが、ミライの駆動システムを厳密にいうと、たとえば「カムリ」と同等のリチウムイオン電池を積んだハイブリッドである。瞬間的な加速をバッテリーからの電力供給が補うことで、右足に吸いつく滑らかな加減速レスポンスはEVそのものだ。源泉となるFCスタックの最高出力は174PSで、先代よりは明らかに力強く、自然吸気エンジンでたとえると瞬間的なパンチ力は3.5〜4リッター級、総合的には2.5〜3リッター級といったところか。十分にパワフルだが、爆発的に速いわけではない。

同程度のEVよりも軽い

新型ミライの乗り心地とハンドリングはちょっとしたものだ。車体姿勢はとにかくフラットに安定しているのに、路面の凹凸はしなやかに吸収して、加減速や操舵による荷重移動にはしっとりと反応する。そして接地感はそれなりにビビッドに伝わってくる。

新型ミライの味つけ最終確認役を担当したひとりに、トヨタ社内で「匠」の称号が与えられる操縦安定性の名人、片山智之さんがいる(というか、今のトヨタの新車開発にはすべて匠がかかわるのが基本である)。片山さんは2〜3代目「レクサスLS(当時の日本名トヨタ・セルシオ)」の開発では最前線に立って、当時のドイツ車と日本車との差をつくづく思い知らされたのだそうだ。新型ミライは、そんな片山さんが「ついにここまで来られた」と遠い目で語るトヨタ車である。

とはいえ、新型ミライはゴリゴリのスポーツセダンではない。ダンピングはあくまで柔らかく、路面のタッチは優しいが、ときにフワフワと大きめに上下するクセは個人的に気にならなくはない。ただ、いかなる場面でもロールやピッチングめいた動きが出ることはほとんどなく、水平姿勢が崩れることはまずない。なるほど、これぞ“フラットライド”の典型例といえば、そうかもしれない。

エンジンのような重くかさばるコンポーネントをもたない新型ミライは、前後重量配分がピタリ50:50に調節されている。さらに低重心でもあるが、EVのように重量物のカタマリ(=バッテリー)をお腹に抱えた人工的な低重心ともちょっと異なる。車重1.9t強の新型ミライは絶対的に軽いとはいいがたいが、かといって、車体サイズや航続距離でこれと比較対象になるEVは、優に200〜300kg、場合よっては500kgも重い。つまり、これも一種のEVとみると、ミライは軽いのだ。

完全なシャシーファスター

GA-Lの中でもLSとの共通点が多い骨格構造や足まわりは、いかに蹴り出しから最大トルクを発生する電動モーターといえども、300N・m程度ではビクともしない。新型ミライは完全なシャシーファスターカーで、駆動するリアタイヤ周辺は安定しきっている。無理に振り回そうとしたころで、ジャジャ馬めいて暴れることはまずなく、良好な重量配分にステアリングは常にキッチリと利いて、アンダーステアにおちいることもない。いやホント、ロングホイールベースですこぶる安定しつつも、素直で軽快な旋回性は心地よい。

今回の新型ミライを乗り出した初日は、とても寒い日だった。満タンでの航続距離は約850km(WLTCモードによる参考値)をうたうが、一応の満タンで貸し出されたこの時点で、メーターに表示された航続距離は約550km。もっとも、その直後にエアコンのスイッチを入れると、その数字が即座に500kmを切ったのには笑った。律義というかなんというか、暖房が“燃費”にもっとも悪影響を及ぼすのは、ミライはやはりEVだからだ。

水素インフラがどうなるとか、そもそも水素なんてものを次世代の交通エネルギーとして使うべきなのか……といった、こむずかしい話をひとまず横に置くと、EVでありながら普通のEVほど重くもなく、ナチュラルに低重心で重量配分も良好なFCVは、純粋にとても気持ちのいい乗り物ではある。

(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)

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