スカイラインのオーテックバージョンは、桜井眞一郎の「理想のグランドツーリングカー」・・・語り継がれる希少車
桜井眞一郎という名前は、年配のクルマ好きなら知らない人はいないだろう。
「スカイラインの父」と表現されることもあるように、プリンス自動車工業に入社後、日産自動車を退職するまで長きにわたりスカイラインの開発に携わったエンジニアだ。
初代スカイラインには開発途中から参加し、1963年にデビューした2代目の開発途中からは開発責任者に。その後、1985年に7代目スカイラインが発売される前年まで長きにわたって歴代スカイラインの開発の陣頭指揮を執った、ミスタースカイラインである。
オーテックジャパンは、そんな桜井眞一郎氏が日産から移籍し、初代社長となった日産の関連会社だ。同社はユーザーの用途にあわせたトラックの架装や救急車などの製造を行うなど特装車事業が柱だが、ほかにもカスタムカー部門が存在。市販車をベースとしながら顧客が求めるこだわりを重視し、質感、デザイン、そして走行性能を高めたこだわりのユーザーに向けた特別な乗用車を開発・発売している。
その一環として、スカイラインのカスタマイズモデルもラインナップ。いずれも少量だけが生産された希少なモデルだ。
スカイラインGTSオーテックバージョン
1988年に発売されたのがR31型スカイラインをカスタマイズした「スカイラインGTSオーテックバージョン」だ。2ドアクーペボディをベースに作られ、限定台数は200台である。
7代目となるR31型スカイラインは開発途中まで桜井氏自身が通常モデルの開発責任者を務めていたモデル。そして、その“特別モデル”といえば、レースに出場する車両としての認定(ホモロゲーション)を受けるため専用のターボチャージャーの装着などによりエンジン出力を210psまで高めて800台限定で販売された「GTS-R」を思い浮かべる人も多いことだろう。
しかし、オーテックバージョンは同じ車体をベースとし、最高出力も210psと共通だがクルマの方向性としてはまったく違うどころか正反対なのが興味深いところ。
エンジンを改造してレースで速さを発揮することを前提とし、高回転でのパンチ力を求めたGTS-Rに対し、オーテックバージョンでは日常域での運転しやすさを重視。
たとえば通常のカタログモデルとはターボチャージャーやエキゾーストパイプが異なるエンジンは、低回転のトルクを厚くしてとても扱いやすい特性に調律してある。「本当のGT」を目指す桜井眞一郎氏の理想に近づけたスカイラインと言っていいだろう。
走行性能の変更はエンジンだけにとどまらず、操縦安定性に関してはR31型スカイラインの注目メカニズムのひとつだった4輪操舵システム「HICAS(ハイキャス)」をあえて外し、バネやダンパーも味付けを変更している。
エクステリアは「グレイッシュブラウンメタリック」と呼ぶ専用のボディカラーで塗られ、フロントバンパー下部にはGTS-Rと同じくエアインテークを運転席側にも追加(ベース車両は助手席側にしかない)して冷却性能を向上。
リヤスポイラーは一見したところベース車両にも設定されている純正オプション品に似ているが、実は純正オプション品にはないハイマウントストップランプが内蔵された専用品。見た目はほぼ同じながらストップランプを内蔵した専用品など通常はコスト面から採用が見送られがちなアイテムだが、とことん凝っているのだ。
トランクリッド裏もベース車両と異なり、欧州車のように三角表示板が収納・取り付けできる構造とされた。緊急時にトランクリッドを開くだけで三角表示板が現れて後続車に注意を促すのだ。とことんこだわり、目立たない細かい部分まで変更していることに驚く。
また、足元はレイズ社製のホイールを履くが、日産(本体ではなく関連会社のオーテックだが)とレイズがタッグが組んだのはこのスカイラインGTSオーテックがはじめてだった。開発に携わったスタッフによると「当時、こちらが要求する基準を満たすホイールを供給してくれるのがレイズだけだった」という。
インテリアはイタルボランテ社製のステアリングホイールや専用のシート生地で上質感を高めている。その雰囲気は、スポーツクーペというよりは上級サルーンである。
スカイラインGTSオーテックバージョンが登場したのは1985年。当時はバブルに向かって世の中が浮かれていて、トヨタ「マークⅡ」が大ヒットするなど世の中はハイソカーブームの真っ最中だ。
スカイラインといえば本来はスポーツセダンなのだが、R31型スカイラインはハイソカーに寄せて高級路線へシフトしたためファンからは「こんなのスカイラインらしくない」という声が大きかった。だから日産はセダンにもスポーツタイプのGTSシリーズを追加するなどマイナーチェンジでスポーティ路線へ軌道修正したのを覚えている人も多いだろう。
しかし、そんなR31型スカイラインをベースとしつつ桜井眞一郎氏自身が携わることで彼の理想へ近づけたGTSオーテックバージョンは、スポーティ感を強調するのではなく、むしろ逆に上級サルーンの色を強めているのが興味深いところ。
427万円という価格はGTS-Rよりも100万円以上高い(後に登場するR32型GT-Rと18万円しか違わない!)が、限定200台に対して購入希望者が殺到して抽選販売となった。
余談だが、昨今GT-Rの特別なモデルに使われているボディカラー「ミレニアムジェイド」は、このGTSオーテックバージョンのボディカラーがルーツになっている。また、現在日産自動車でGT-RやフェアレディZのアンバサダーを務める田村宏志氏も、若き日にこのGTSオーテックバージョンの企画に携わっていたのだ。
スカイライン オーテックバージョン
GTSオーテックバージョンのデビューから4年後の1992年、8代目となるR32型スカイラインをベースとして登場したのが「スカイライン オーテックバージョン」だ。このクルマを一言でいえば「桜井眞一郎氏が理想とするGTカー」である。
前作とは異なりボディは4ドアとし、注目はパワートレイン。なんとGT-R用の2.6Lエンジン(RB26DETT)からあえてターボを外して自然吸気化して搭載。インテークパイプやステンレス製等長エキゾーストパイプ、カムシャフト、そして鍛造ピストンなどが専用品となり最高出力220ps、最大トルク25.0kgmを発生した。
トランスミッションはMTではなくATのみだ。これもGT-Rとの大きな違いで、GT-Rの血が通う心臓を持ちながらも、GT-Rにはない「4ドアでAT」を実現したモデルである。
それにしても、通常モデルには設定のないエンジンとトランスミッションの組み合わせでコンプリートカーを作ったというのだから手が込んでいる。
なぜ、GT-R用のエンジンを自然吸気化して搭載したのか。その理由は前作のGTSオーテックバージョンの考え方が踏襲されているからだ。過剰なピークパワーはいらないが、低回転域から豊かなトルクを発生する素直で扱いやすい特性が欲しい。そのためには排気量が大きめで自然吸気のエンジンがベストというわけである。ATを組み合わせたのは「ロングドライブにおけるドライバーの疲労軽減」という。
当時のカタログを見ると「スポーツカーを卒業した大人のために」というフレーズがある。やはり、目指したのは究極のグランドツーリングカーなのだ。生産台数は、ごくわずか作られた2.0Lターボエンジン(RB20DET)搭載仕様も含めて200台弱だ。
GT-Rオーテックバージョン 40thアニバーサリー
時代は流れて1997年。すでに桜井眞一郎氏はオーテックジャパンを離れていたが、現時点では最後となる同社によるスカイラインのスポーツカスタマイズモデルが送り出された。「GT-Rオーテックバージョン 40thアニバーサリー」だ。スカイライン発売から40周年を記念して作られたモデルだ。
2台の先輩と異なるのは、通常のスカイラインではなく高性能仕様の「GT-R」をベースとしていることだ。そしてなんといっても特徴は、通常モデルは2ドアボディだけのGT-Rに対して、4ドアセダンとしていることである。
280㎰を発生するエンジンをはじめ走行メカニズムは2ドアモデルと変わらない。しかし、4ドアボディとすることで、「ハコスカ」と呼ばれる初代スカイラインGT-Rの当初の姿(4ドアセダンから始まり後に2ドアボディへ変更された)になったのだ。原点回帰である。
従来の「オーテックバージョン」と異なり、ボディが4ドア化されている以外に特別なモデファイはおこなわれていない。しかし、GT-Rのシャシーに4ドアのボディを組み合わせることで、理想のグランドツーリングカーを追い求めるオーテック社の思想は貫かれているのだ。
桜井眞一郎氏が求める、小回りの利く会社ならではの量産モデルでは実現できなかった理想のスカイラインGTの具現化。オーテックが作ってきたスカイラインに貫かれているのは、そこではないだろうか。
(文:工藤貴宏)
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