憧れて20年。1992年式日産 スカイライン GTE タイプX(HR32型)の魅力を世に広めたい25歳のオーナー
クルマは進化を続ける工業製品であり、産業が循環することで時代が築かれていく。いっぽうで、残されてきたクルマもある。古いモデルを慈しむ「旧車文化」は、長年にわたりクルマと人との記憶を守り続けてきた。
80代の女性オーナーが、免許返納とともに手放すことを決めていた愛車RX-7を、マツダ本社が譲り受けたニュースは記憶に新しい。「寄贈」というかたちで想いに応えたメーカーの粋な姿勢は、多くの人々の心を打った。クルマが誰かの人生に寄り添い、残されていく姿には、産業の循環とは別の尊さがある。
「クルマが生きる」とは、壊れずに走ることだけを指すのではない。想われることで“生きた記憶”として呼吸することではないだろうか。
そんな1台とのカーライフを体現する25歳のオーナーが今回の主人公だ。
「このクルマは、1992年式の日産 スカイライン GTEタイプX(HR32型/以下、スカイライン)です。現在25歳で、このスカイラインは学生だった22歳のときに購入して3年目です。約7万9000キロだった走行距離は、12万8000キロを超えました。2年半で約5万キロ走ったことになります。この個体はマイナーチェンジ後の後期型で、ボディカラーはガングレーメタリック(カラーコード:KH2)です」
1989年に登場した8代目スカイライン(R32型)は、シリーズでも鮮烈な印象を残した。シャープなスタイリングと走りの実力を兼ね備えた「超感覚スカイライン」として一世を風靡した。
当時革新的だったのが、前後に採用された独立懸架マルチリンク式サスペンションだろう。正確な操縦性と上質な乗り心地を両立した。上級グレードには、旋回性能を高める「SUPER HICAS」も搭載され、意のままに操れるハンドリング性能が高く評価された。
また、R32型は多彩なモデル展開でも知られた。現役当時からGT-RやGTS-tといった上級グレードが注目されがちだが、よりベーシックな「GTE」という、隠れた名車ともいえるグレードが存在することを忘れてはならない。オーナーの愛車「GTE タイプX」のボディサイズは、全長×全幅×全高:4580mm×1695mm×1340mm。当時の5ナンバーサイズに収まる端正なフォルムを持つ。
搭載されるエンジンは、1998ccの直列6気筒SOHC、エンジンの型式は「RB20E」型。最高出力は125馬力を発揮する。駆動方式はFR。トランスミッションは5MTだ。
オーナーは、クルマの内装設計の仕事に携わっているという。クルマと人がふれあう部分を形づくっているだけに、クルマに対する感覚は極めて的確であり、そして鋭い。その感性はどのように醸成されたのだろうか。まずは、原体験について伺ってみた。
「3歳の頃に、Z32(フェアレディZ)のトミカで遊んでいたことを覚えています。父の愛車遍歴は、BD型のマツダ ファミリア、20型トヨタ ソアラ、BMW 3シリーズ、81型トヨタ マークII、アウディ80です。私が生まれたときはアウディ80が家のクルマで、最初に乗ったクルマがセダンでした。セダンが好きなのは、父親の愛車遍歴や、最初に触れたクルマがセダンだったということが大きいのかなと思っています。ちなみに、父の現在の愛車は日産スカイライン(V37型)です。住んでいた場所も都市部だったので、クルマが必須ではなかった環境だからなのか、大人になってもクルマを所有する同世代の友人がおらず、むしろ欲しいと思わないのが普通という雰囲気がありました」
周囲と交わらなくても揺るがなかったクルマへの想いは、幼い日に見たスカイラインが影響しているそうだ。また、クルマをテーマにした漫画やゲームにも触れてきており、すでに一貫したポリシーが感じられるところがすごい。
「幼い頃はグリルレスのクルマが好きではなかったんです。ところがある日、近所にセダンのR32型スカイラインが停まっているのを見かけて、すごくかっこよく見えたんですよね。ボディカラーはTH1のダークブルーだった気がします。あのときから『スカイライン=セダン』のイメージとして定着し、自分のなかにずっと残っていたのでしょう。
頭文字Dやグランツーリスモなどはやっていました。ゲーム内でもR32型のスカイラインを選んでいましたね。GT-Rや、R32型の標準車を複数台使用していましたし(笑)」
やがてオーナーは、自動車関連の専門学校へ進学。そこには、旧車とともにある日常が広がっていた。
「同級生のみんなが、普通に古いクルマに乗っていたんです。最初は新しいクルマのほうが無難かなとも思っていたんですが、だったら最初から本当に好きな1台を選ぼうという気持ちになりました。クーペも好きですけど、やはりR32型スカイラインのセダンみたいなクルマがいいなと考えたんですね」
ふいに、オーナーの記憶に埋もれていたスカイラインの姿が輪郭を帯びてきた。そんな不思議なタイミングで、売り物の情報が舞い込んだという。
「知人から『32セダンの売り案件がある』という話が来たんですよ。SNSにも出回っていない、完全にクローズドな情報でした。後期型のNAでカラーはKH2のガンメタ。しかもMT。フルノーマルでホイールキャップ付き、リアガラスにすらフィルムが貼られていない。理想の仕様です。これしかないと思いましたね」
しかし、当時のオーナーは手が出せる経済状況ではなかったという。
「正直、資金面で難しくて一度はあきらめました。その後もずっと気になって、話をくれた方とも連絡を取り続けていました。その間に、一度商談に訪れたR32型のGT-Rオーナーの方がいたそうです。ところが、購入直前のタイミングでGT-Rが壊れてしまったらしく、増車分の費用を修理代に充てることになり、話が流れたらしいです」
まさに「運命の1台」といえるエピソードだ。偶然の重なりがなければ、オーナーの元に来ることはなかったかもしれない。それに、GT-Rのオーナー以外の商談があった可能性だってある。
「(スカイライン)まだあるけど、どうする?っていわれて、そこからは本気で貯金をはじめました。生活の無駄な出費を削りながら、誰かに先を越される不安と闘うのは正直キツかったですけど、無事にスカイラインを迎えたときの喜びは格別でしたね。
納車日は、自分でキャリアカーを借りて、名義変更も自分で通しました。ナンバーが付いた瞬間、本当に自分のクルマになったという実感が湧いてきて、写真を撮ってずっと眺めていましたね(笑)」
心の中にあったスカイラインの存在が、ようやくカタチとなった。愛おしそうに語るオーナーから、当時の喜びがひしひしと伝わってくる。
ここで、改めてスカイラインの姿を眺めてみたい。
30年以上前に生まれたクルマとは思えないほど、丁寧に乗り継がれてきた個体だ。純正ホイールキャップの足元とリアフェンダーの張り出しが際立つ端正なリアビューは、今見ても実に魅力的だ。取材しつつ、口々にR32型4ドアスカイラインの魅力を語り合い、いつまでも話が尽きない。
余談だが、今回はイベントに参加するときと同じように「おめかし」していただいているそうだ。こだわりのモディファイやパーツへの思い入れを伺った。
「レトロな雰囲気を大事にしていて、運転席には純正のニーパッドを。イベント参加時は、オプション品のレースカバーをかけて“おめかし”しています。今はディーラー限定品のフロアマットを敷いているんですが、純正マットも大切に保管しています。ステアリングとシフトノブはnavan製の日産純正品で、外装はホイールキャップを付け替えたほか、コーナーポールを装着しました。オプションのクーラーボックスもありますよ」
当時を知る者にとっては懐かしい、そして今となってはお宝級のアイテムばかりだ。現時点でも充分すぎる完成度に映るが、今後、手を加える予定はあるのだろうか?
「ひたすら純正オプションを集めたいなと思っているんです。実際に手に入るかどうかはわかりませんが、ひと通り揃えたいですね。今は、ちょっと前に買い逃した『毛ばたきケース』や『トランクトレイ』を探しているところです」
オーナーにとって理想形ともいえる現在の愛車で、特に気に入っている点も尋ねてみた。
「ガンメタのボディカラーと純正ホイールの組み合わせが好きですね。それから、RB20型という直6エンジンならではの良さもあります。パワーはなくてもエキゾーストは良い音がしますし、回し切れる楽しさもあるんですよね。運転を楽しむならGTEがいいなと思います。燃費は10km/Lくらいが平均です。そういえばこのクルマ、レギュラーガソリンなんですよ!」
日常のなかでクルマを操る喜びを実感できることが「GTE」というグレードの美点なのだろう。
年月を経ているクルマだけに、メンテナンスも気になるところだ。これまでに経験したトラブルや、部品の調達についてお聞きした。
「些細なトラブルはありますが、大きな修理は経験していません。右のウインカーが玉切れしかけてハイフラ(※ウインカーが通常よりも素早く点滅する状態)になったり、右のロービームが2回切れたくらいですね。機械ものですし、年代を考えれば相応かなと思いますね。
このエンジンはSOHCなので、クランク角センサーとかパワートランジスタみたいな壊れやすい部品がないぶん、シンプルで壊れにくいんです」
さらに部品の供給状況について聞くと、意外にも前向きな答えが返ってきた。
「R32型GT-Rの恩恵で、ロアアームとか足まわりの部品はそこそこ出ていて。スイッチ類などもGT-Rと共通なものがいくつかあり、新品で出るものもあります。純正マフラーは新品が出たので、1本ストックしました。ボディパネル系はさすがに厳しいですが、それ以外はなんとかなりそうです」
オーナーは、同じ思いを持つ仲間たちとも出会いながら、GTEというグレードの魅力を発信しはじめているという。
「GT-Rを集めた”R’s Meeting”のように、GTEだけを集めた“E’s Meeting”というイベントを主催しています。ちなみに、"E’s Meeting"の"E"は、GTEの”E”に由来します。これまで3回ほど開催しましたが、去年開催した第3回では過去最多の7台集まりました。また、GTEは前期・後期含めて全部で5つのバリエーションあり、すべてコンプリ―トすることができました。いずれ、富士スピードウェイで30台くらいのGTEを集めた"E’s Meeting"を開催できたらいいなと思っています」
そう語るオーナーは、自身の姿勢を「純正至上主義」という言葉では語りたくないという。「GTEがこの姿であった理由に向き合いたい」と話す姿は、開発陣へのリスペクトに満ちていた。
現在、オーナーは屋根付きの月極駐車場を確保し、週末になるとスカイラインのもとへ足を運ぶのが日常となっている。自宅から“車庫通い”の手間も苦にはならないそうだ。
「もはや“使う”とか“維持する”という感覚ではなくて、生活の一部みたいな存在です」
生活…すでに“人生の一部”となっているのではないだろうか。膨大なコレクションや愛車を慈しむ姿を見ていてそんな気がした。将来的には、スカイラインとともに暮らせるガレージ付きの家を持ちたいという夢もあるという。初代オーナーとの再会にも、どこかで期待を寄せているそうだ。
最後に、スカイラインと今後どう接していきたいかを伺った。
「いつか家族ができても、このクルマだけは手放さないと思います。次の世代に、このままの姿で渡していけるように、これからもちゃんと管理していくつもりです」
クルマが“生きる”とは、壊れずに走り続けるだけではない。愛され、引き継がれていく“関係性のなかで生きている”ことでもあるのではないだろうか。
今を走りながら未来を見据えているからこそ、クルマは呼吸する。
繰り返しになるが、R32型スカイラインといえば、GT-Rを筆頭に、GTS-t TypeMなどのターボエンジンを搭載したモデルにスポットライトがあたりがちだ。これはスポーツモデルの宿命であり、当然のことだともいえる。
しかし、元々の素性が良くなければ、いくらパワーアップさせてもより高性能なモデルは誕生しない。むしろ、著しくバランスを欠いたモデルになり、世間から酷評されるだけだ。オーナーが所有する「GTE」が優れているからこそ、よりハイパフォーマンスなモデルも輝けるのだ。取材を通じ、そのことをオーナーから教わった気がする。
オーナーとしても、GTEの魅力を積極的にアピールしていきたいと意気込んでいる。微力ながら、今回の取材が、スカイラインGTEの魅力を発信するきっかけのひとつになれば望外の喜びだ。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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