300台限定の「シビックMUGEN RR」。メーカー直系が徹底的に作りこんだ、まさに“本物”
かつてF1にもエンジンを供給していた「無限」は、ホンダを創業した本田宗一郎氏の子息である本田博俊氏が起こした会社である(現在は「株式会社無限」がブランドを保有し事業を担うのはM-TEC社)。
そんな関係もありホンダ車を専門に扱ってモータースポーツ活動やスポーツパーツの開発販売をおこなっているのだが、いっぽうで彼らの仕事のひとつが「ホンダ本体ではできないことを実現する」であることもまた事実だろう。
自動車メーカーとしてのホンダは、いうまでもなく大企業である。だから小回りを利かせる必要が求められる事業は得意ではないし、送り出す製品にグレーゾーンは許されない。具体的に言えば、かつて「改造」がご法度とされていた時代に自動車メーカーがチューニングパーツを販売するのは難しかった。
また、車両はあくまでも大量生産が前提なので販売する車両も高い生産性が前提となるほか、あまりにも少数のターゲット層に向けて突き詰めたものもやりにくい。
そこで活躍するのが、小規模で小回りを利かせて動きやすく、突き詰めた商品だって扱える高い自由度を持った組織だ。ホンダにとっての無限がそれなのだ。無限がホンダ車用のスポーツパーツを手掛けていたのには、そんな背景がある。
「ホンダ本体ではできないことを実現する」というのは、スポーツパーツに留まらない。突き詰めた市販車の開発や製造、そして販売も無限の仕事のひとつである。その代表といえるのが2007年9月に発売した「シビックMUGEN RR(ダブルアール)」なのだ。
「無限の夢のひとつであったコンプリートカーの開発と販売を具現化するもの」
無限はシビックMUGEN RR発表時のプレスリリースにそう明記している。
同車は無限がはじめて市販までこぎつけた完成車であり、モータースポーツ活動やスポーツパーツの販売を行なってきた無限にとってその発売は大きな一歩を踏み出した瞬間だったのだ。
もちろん、発売されたクルマはとことん手が入った渾身の作品。ベースとしているのはホンダ「シビック タイプR」。FD型と呼ばれる、同車で唯一のセダンボディとしているタイプである。
そこにエンジン、サスペンション、そしてエクステリアにインテリアと多岐にわたって無限が手を入れ、1台1台手作業で架装。トータルで仕上げた「完成車」としてオーナーのもとへ届けられる特別なクルマだったのだ。
ノーマルに対して15psアップで、排気量2.0Lの自然吸気エンジンながら240psを発生するエンジンは、吸排気系の変更のみならず専用のプロフィールを持つカムシャフトを組み合わせてチューニング。
それを受け止めるサスペンションは減衰力5段階調整式の専用タイプとし、専用の鍛造ホイールにブリヂストンと共同開発した専用タイヤを履いてコーナリングパフォーマンスが高められた。
走りの水準を高めるには、ブレーキも重要だ。
強化タイプのブレーキパッドやフィーリングのダイレクト感とコントロール性が増す低膨張率のブレーキホースを組み込むほか、ブレーキローターもより高性能なタイプに交換。高い動力性能やコーナリング性能に合わせて能力を引き上げた。
インテリアは、RECAROと共同開発した専用セミバケットシートをフロントに採用。着座高を公道用のノーマル (公道用) とローポジション(サーキット用)に切り替えられるのも特徴的で、ショートストローク化されたシフトレバーと相まってスポーツドライビング時のホールド性と操作ポジションの最適化を実現している。
そしてスタイル。マイナスリフトを実現するために前後バンパーやフロントグリル、角度調整式のウイングを組み合わせた大型リヤスポイラーなどが通常のタイプRから変更されている部分だが、フロントバンパーやリヤウイングは軽量化のため高価なカーボン製を採用。アルミボンネットも含め、こだわりを感じさせるカスタマイズとなっていた。
価格は消費税込みで477万7500円。ベースの「シビック タイプR」が283万5000円だったので200万円弱の上乗せとなるのだが、中身を考えれば激安と言えるだろう。パーツ代にカスタマイズ費用、そして開発費用を考えれば、無限に十分な利益を残したとはとても考えられない。
ノーマルでは実現できない、徹底した作りこみが行われたスペシャルなシビック タイプR。シビックMUGEN RRは、ホンダ本体ではなく無限だからこそ実現できた特別なモデルなのだ。
大量生産が難しいことから、用意されたのはわずか300台だった。しかし、オーダーを受け付けはじめると瞬く間に完売。数々の縛りがある量産車メーカーにはできない、究極のタイプRを目指した「本物」の価値を理解した人は、決して少なくなかったのだ。
(文:工藤貴宏 写真:M-TEC)
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