土木学会選奨土木遺産に認定された栃木県日光市の「いろは坂」の魅力とは?
48ものカーブや絶景で知られる栃木県日光市の「いろは坂」。ドライブコースとして有名ないろは坂ですが、公益社団法人土木学会が定める、令和2年度の選奨土木遺産の一つに選ばれました。選奨土木遺産とは何か、土木の視点から見たいろは坂の魅力などを土木学会選奨土木遺産委員会の委員で足利大学工学部創生工学科建築・土木分野准教授の福島二朗先生に伺いました。
国土や地域の発展に寄与した、評価の高い建造物・構造物を認定
――今回、いろは坂が選定された土木学会選奨土木遺産とはどういったものですか?
そもそも、土木遺産とは、国土や地域の発展に寄与してきた建造物・構造物のうち、建造されてから50年以上経過したものを指しています。土木学会では、これらの建造物・構造物の中から、特にその評価が高いものを全国から毎年20件ほど選び、選奨土木遺産として顕彰、公表しており、いろは坂はそのうちの一つです。
――令和2年度は他にはどのようなものが認定されたのでしょう。
北海道南富良野町の「金山ダム」、東京都渋谷区神宮前―港区北青山の「表参道ケヤキ並木道」、兵庫県姫路市「姫路市営モノレール遺構群」、広島県安芸太田町の「出合橋」などです。
――多岐に渡る建造物・構造物が認定の対象となっているのですね。選奨土木遺産の認定制度はどのような目的で行われているのですか?
社会に対するアピール、土木技術者へのアピール、そして、地域づくりへの活用と3つの目的があります。
かつては、土木事業にはお金を巡る悪いイメージが付きまとう側面があったかと思います。しかしながら、本来、土木事業というのは、国土・地域社会の発展や生活のための空間 ・生活環境 の向上に大きく寄与してきたものです。土木遺産は、土木事業の成果として目にすることができる成果物・作品であることから、土木事業の社会に対するアピールには最適なものであるといえます。
土木技術者へのアピールとしては、選奨土木遺産となった成果物・作品を通して、現在の技術者が自ら造ったものが将来の重要文化財になるかもしれないという認識のもと、仕事へのプライドとやりがいの心を育てることを狙いとしています。また、各地に現存する土木遺産を通して先輩技術者への尊崇の念を新たにすることも大切であると思います。
歴史的土木構造物を顕彰する制度というのは、従来、文化庁の文化財指定制度と登録制度しかありませんでした。これらは、件数が少ないことや指定および登録が行われることで発生する構造物に対する制約も多くなり、地域で活用をするには限界があるのが現状です。そこで、土木学会が新たに顕彰制度を創設し、「社会的資産」と認定された土木遺産が増えることにより、それらを生かした地域性あふれるまちづくりに役立てられるのではないかと考えています。
技術・デザイン・地域性……複合された魅力
――土木遺産に選定される基準はどういったものですか?
技術評価、意匠評価、系譜評価の3つの評価軸を設定しています。
技術評価とは、年代の古さ、規模の大きさ、技術力の高さなどです。意匠評価は、様式との関わり、デザインに対する意識の高さやデザイン上特筆すべき点があるか、周辺の景観との関わりなどが指標となっています。また、系譜評価とは、地域の特性をどれだけ表しているかといった地域性、地元での愛着度、周辺の歴史との関わりの豊富さ、保存状態などです。
これらの評価を総合的に判断したものが選奨土木遺産の評価基準となります。
――具体的に対象となるのはどのような構造物ですか?
対象物は、交通(道路・鉄道・港湾・河川・航空・灯標)、防災(治水・防潮・防風)、農林水産業(灌漑・干拓・排水・営林・漁港)、エネルギー(発電・炭田・鉱山)、衛生(上下水道)、産業(工業用水、造船)、軍事などの用途に供された広義の土木関連施設で、かつ築50年を経過したものとなっています。
選奨土木遺産としてのいろは坂の魅力
――このような評価基準を踏まえた上でのいろは坂の選定理由は、どのようなものだったのでしょうか?
日光いろは坂は、古来、山岳信仰を端緒とした信仰の道です。766年(天平神護2年)、勝道上人(しょうどうしょうにん)により日光山が開山され、その後、治山治水の安寧祈願を目的とした中禅寺湖登頂の道が日光いろは坂の原型といわれています。明治時代には英国外交官アーネスト・サトウ、米国の動植物学者で大森貝塚の発掘でも有名なエドワード・モース、『日本奥地紀行』の著者で英国の女性旅行家イザベラ・バード、英国の商人トーマス・グラバーなどの外国人による日光のリゾート地化が行われ、その交通路としての役割を担いました。そして、さらに一般大衆のための観光道路へとその機能を変えながら現在に至っています。
「第1いろは坂」は県営事業としては日本初のものであり、有料道路としても全国で2番目に開通しました。鉄道から自動車交通へと移行していく観光開発において、「いろは坂(第1・第2)」は日本における先駆的観光道路であり、その記念碑ともいえる重要な土木遺産として位置づけられるという評価が、選奨土木遺産に認定された理由です。
人口減少・地域経済縮小・地域コミュニティの崩壊など、明るい兆しが見えない低迷した時代といわれる現在、地方都市の活性化方策の一つに観光開発が挙げられます。その観光開発のエポックとなったのが「日光いろは坂」であり、生活の中に観光という新しいライフスタイルを定着させる大きな役割を果たしました。その果たしてきた役割や原点に立ち戻り、もう一度周辺を見まわすことが今後の観光事業に求められていると思います。今回のいろは坂の選奨土木遺産の認定が、その契機として捉えていただければうれしいです。
――福島先生にとっていろは坂の存在とは?
いろは坂は大きく蛇行しています。直線と違い、たっぷり時間をかけて、ゆっくりゆっくり目的地に近づいていきます。クルマをゆっくり走らせることにより、ただ通過するだけの無機質な移動ではなく、目に飛び込んでくる鮮やかな自然景観による圧倒されるほどの躍動的な感動と、心の奥に語りかける深い歴史・文化を感じることができます。降り注ぐ自然のシャワーと歴史・文化のシャワーを思う存分味わいながら、走ることの楽しさ・歓びと、古(いにしえ)への思いを肌と心で感じています。
民俗学の大家・宮本常一さんの著書『女の民俗誌』の中で、「昔の生活には、生活を明るくする2 つの要素があった」として、そのひとつとして「時間にとらわれないこと」を挙げています。クルマを疾駆するという行為、目的地に短時間で到着することばかりが大事なことではありません。複雑に張り巡らされた現代社会のしがらみの中で、美しい景観に包まれながら歴史・文化に思いをはせ、時間にとらわれることなく、ゆっくり・じっくり自分を見つめる豊饒な時間を満喫できる場所が、 またひとつ増えました。
――ありがとうございました。
素晴らしい風景ばかりでなく、その背後に秘められた歴史や道路に込められた先人の思いを感じながらのドライブは一味違うものとなりそうです。次のドライブでは、新たな気持ちでいろは坂をゆっくりと走りたいと思います。
<取材協力>
公益社団法人土木学会
http://www.jsce.or.jp/
(取材・文:わたなべひろみ/写真:公益社団法人土木学会/編集:奥村みよ+ノオト)
[ガズー編集部]
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