中山間地域の移動を自分事として捉える 愛知県豊田市「たすけあいプロジェクト」とは?
愛知県豊田市の中山間地域である足助、旭、稲武地区。平坦な豊田市の中心部からは想像できないほどアップダウンが激しく、自然豊かで農業・林業の盛んなこれらの地域では、クルマ移動が必須である一方、クルマのない高齢者の移動は大きな課題です。地域に住む高齢者の移動を軸に、おでかけや見守り、地域の活性化を目指す「たすけあいプロジェクト」について、名古屋大学未来科学創造機構・モビリティ社会研究所 研究員の剱持千歩さん、たすけあいプロジェクト稲武事務局 事務局長 山田良稲さんに伺いました。
80代・90代もタブレット操作で「たすけあいカー」を利用
移動・おでかけ促進・見守り・地域活性化などを連携させる「たすけあいプロジェクト」とはどのような取り組みなのでしょう? 名古屋大学未来科学創造機構・モビリティ社会研究所 研究員 剱持千歩さんに聞きます。
――「たすけあいプロジェクト」とはどのような流れでスタートしたのでしょう。
中山間地域における、特に高齢者の移動の問題はとても大きなものです。実状としてクルマがなければ生活が成り立たないと言っても過言ではありません。そこで、トヨタモビリティ基金の助成を受け、2016年度から豊田市足助・旭地区でスタートしたのが、助けるとあすけをかけた造語「あすけあいプロジェクト」でした。
――足助・旭地区で始まったから「あすけあいプロジェクト」なのですね?
スタート当時はそうですね。現在は範囲が広がり、足助以外も対象地区になったので本来の意味である、「たすけあいプロジェクト」としています。
移動支援として、バス停や時刻表の見直しによる地域バスの利便性のアップ、タクシーの相乗りなどとともに、これらを補完しているのが「たすけあいカー」の導入です。また、人感センサーの設置などで見守りの活動も行っています。
「たすけあいカー」は2016年に足助で運行をスタート、2018年からは稲武でも展開しています。
地域住民によるボランティアドライバーが高齢者を希望の場所から目的地までクルマに乗せ、乗せた分のガソリン実費は地域の商品券として受け取ることができるという仕組みです。商品券を地元で使ってもらうことにより地域の商店街の活性化にもつながるというシステムになっています。
――乗りたい人と乗せてあげる人とはどのようにマッチングされるのですか?
タブレットを利用してもらっています。利用者は画面に出てくるカレンダーから自分が乗せてもらいたい日時を選び、場所を登録します。ボランティアドライバー側もカレンダーを見て都合のつく日があったら、それを選択すればマッチング完了。当日、指定の場所まで迎えに行きます。反対にドライバーの方から「この日にここからここまで行きますよ」という登録もできるのです。田舎だからこそ、目的地が重なる割合も高くなるため、「ついでに乗っていかないかい?」という登録も大いにあるわけです。操作としては、基本的に3つのボタンを押せば登録することができます。
――簡単そうですが、高齢者にタブレットの操作をしてもらうのはハードルが高いのでは?
事務局スタッフによるタブレット教室を開いています。やはり高齢者の方にいきなり自分で新しいことを始めてくださいというのは難しいものです。タブレットに対して、「怖い」とか「壊したらどうしよう」といった抵抗感もありますから。そこで、カメラの撮影の仕方やゲームをするといった操作から始めて、タブレットに対する抵抗感を下げつつ、本来の目的であるたすけあいカーやバスの予約ができるようにしていきます。それでも、一度覚えても忘れてしまうことも多いですから、何回も繰り返してお伝えしていますね。
システム上では、ガソリンの実費計算もできるようになっています。たすけあいカーはあくまでもボランティアなので、自家用自動車での有償運送とならないよう、厳密な計算が必要です。リクエストが入れば自動で計算されるよう組まれているのでドライバーにも利用者にも負担がかかりません。
――ドライバーは40~50代ぐらいの方が?
いいえ。60代の方たちですよ。この辺りの地域では60代はまだまだ若造です(笑)。75歳くらいまでは皆さん運転されています。クルマがなければ、買い物にも病院にも行くのが難しい地域ですから。クルマを手ばなすイコール生活できなくなるくらいの状況なのです。それでも、ヒアリング調査をすると、皆さん生まれた場所で自分らしく最期までいたい、地域から離れたくないという希望が強いのです。もし、老人施設に入らなければならなくなったとしても、子どもたちがいる都会の施設ではなく地元の施設に入りたいと。その思いを尊重するための「たすけあいプロジェクト」なのです。タブレットでたすけあいカーを利用しているのは80代、90代の方たちが中心。95歳で「息子と話をしたいから」と、タブレットでスカイプを覚えた方もいますよ。
住民主体のコーポラティブ交通マネジメントを目指して
――現在は、稲武地区にも「たすけあいプロジェクト」が広がっているのですね
稲武地区では2018年から3年計画で始まっています。足助地区から始まった取り組みですが、一番の大きな変化は住民の皆さんが自分たちの手で地域の交通をどうにかしていこうという動きになっていることです。コーポラティブ交通マネジメントとして、区長会や生活交通利用促進委員会、商工会といったこれまであった組織の方々を中心に進めてもらっています。やっぱり自分たちの移動のことは、そこに住んでいる自分たちが一番わかるはず。どのようにしていくのが自分たちにとって最適かを考えて実行していきましょうという活動になっています。
3月中は「おでかけチャレンジ」というイベントを開催しています。バスやたすけあいカーに乗ってお出かけをしてもらい、カードにスタンプを押すと地元協賛店舗で使える800円の商品券になるというもの。商品券を使ってもらうことにより、商店街の活性化にもなります。また、自動運転バスのテスト走行やシニアカーの体験試乗会なども計画されています。
私たちの支援としては残り1年となりますが、その先も地域の高齢化を見すえた交通・移動について自分事として捉えた活動を続けていくことを期待しています。
クルマに乗れなくなるなんて……考えたくないけれど、元気なうちに考えなければ
現在、稲武地区で進められている「たすけあいプロジェクト」の稲武事務局 事務局長 山田良稲さんにもお話を聞きました。
――山田さんはどうして「たすけあいプロジェクト」に関わるようになったのですか?
もともとボランティアで「バス待ちサロン」というのをやっとって。稲武の町に来るバスというのは1時間に1本か2本しかないもんで、バスを待つ空間を作ろうということになり、小さい一軒家を借りてこたつやテレビを置いて、そこで待ってもらうというのをやっていたの。
―― 一軒家の待合室ですか!
運営費を捻出するために、資源回収したり、山菜を売ったりしながら運営していたのね。そんなことから、稲武地区の生活交通利用促進委員会に入らないかと声がかかり、その副会長をやっとって。地域のバスの時刻表の調整やバス停の位置についての希望をまとめたり、子どもを対象にした交通安全教室やバスの乗り方指導をしたりと活動をしていたの。その流れで「たすけあいプロジェクト」にも参加することになり、「たすけあいカー」にもドライバー登録させてもらうよって。
――たすけあいカーのドライバーをしてみてどうでしたか?
実は、コロナの影響でまだ数回しか乗せていないのだけど、僕、町のたいがいのおじいちゃん、おばあちゃんを知っとるし、向こうも僕のことを知っとるんだわ。信頼関係ができているので、その辺はするっと入れた。
――お互いなんの抵抗もなく?
そうだよね。こういうのは都会ではできないかもしれないね。田舎だからこそできるのかも。
でも、逆に、この辺りは街中のように5分に1本バスが走るような場所じゃないから。免許返納してしまったら、もう本当になんともならんのね。ただ、60代70代の人たちに、「自分がクルマに乗れなくなったらどうする?」と、聞いてみるけど、「どうしようね」っていうだけで、なかなか自分自身の問題として捉えてはもらえない。今の80代90代のおじいちゃん、おばあちゃんのことを考えるのはもちろん重要なこと。でも、自分もいつかはそうなるんだよと伝えている側面もあるのだけど。
――自分が老いて、自由に移動ができないという想像は怖いからしたくないのでしょうか?
そういう気持ちもわかるんだけどね。でも、現実は絶対やってくる。免許をもち、自分のクルマを持つというのは僕の親世代からでしょう? だから今、この社会で初めて免許を返納するという世代になってきている。ある意味これまでにない時代に入ってきているのだから、考え方を変えていかなければあかんと思うんだけど。なんとかなるわ……では困るのではないかと。
だからこそ、自分ができるうちはできるだけのことを地域でやっていければと思っていますよ。
高齢化に伴う移動の問題は、全国共通のもの。今は元気にクルマを運転できていても、いずれは移動の不自由が現実の問題となって自分にもふりかかってきます。このような取り組みがモデルケースとして広がるのを期待するとともに、もっと自分事として「免許返納によって生じる問題」について考えてみたいものです。
<取材協力>
名古屋大学 未来科学創造機構・モビリティ社会研究所
http://www.trans.civil.nagoya-u.ac.jp/index.html
たすけあいプロジェクト
https://tasukeai.mobility-blend.com/information/index.html
(取材・文・写真:わたなべひろみ/写真:名古屋大学 未来科学創造機構・モビリティ社会研究所/編集:奥村みよ+ノオト)
[ガズー編集部]
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