「観音開きドア」のメリットは? どんなクルマに採用されている?
クルマのドアといえば、進行方向前側にヒンジが付いて前に向かって開く「スイングドア」、もしくは「スライドドア」を組み合わせるのが一般的です。しかし、中には、リヤドア(後席用のドア)を通常とは逆の“後ろヒンジ”として後ろ側へ開くドアも存在します(例外的にフロントに採用する車種もある)。4ドアモデルでは、そういったタイプを「観音開き(かんのんびらき)」と呼びますが、いったいどんな車種がどんな目的を持って採用しているのでしょうか?
“観音開き”という名前の由来は?
そもそも、なぜ大型冷蔵庫のように前後(真横からみると左右)でドアが逆方向に開くタイプが観音開きと呼ばれるのでしょうか?
ヒントは仏壇にあります。多くの仏壇は左右両開きで、左右に向かって扉が開くことで大きな開口部が現れます。仏壇などのように仏様を安置する仏具を「厨子(ずし)」と呼びますが、観音菩薩像を収める厨子の多くがこういったタイプの扉を採用するため、観音開きドアと呼ばれるのです。
観音開きドアはこんなクルマに採用されている
では、観音開きドアは、どんな車種に採用されているのでしょうか?
代表的なのは、ロールスロイスでしょう。ロールスロイスの車両はいずれも、リヤドア(2ドアモデルはフロントドア)が通常と逆向きに開くようになっています。「ファントム」のようなサルーンはもちろんのこと、SUVの「カリナン」も観音開きドアとしていますから、ロールスロイスの伝統のひとつとしてのこだわりが感じられます。ちなみに、ロールスロイスは、観音開きドアのことを「コーチドア」と呼んでいます。
一方、国産サルーンを代表する観音開きドアといえば、日本の技術だけで作られたはじめての乗用車として1955年に発売された、初代トヨペット「クラウン」でしょう。2代目以降は一般的なドアに変わりましたが、初代はリヤドアが後ろ側へ開く観音開きでした。
その初代クラウンをモチーフに、トヨタが「累計生産1億台突破」を記念して2000年に1000台を限定生産した「オリジン」も、観音開きドアを採用しています。
観音開きドアを採用したセダンは、なんと最近のアメリカ車にもありました。フォードの高級ブランドであるリンカーンのセダン「コンチネンタル」です。
通常のコンチネンタルは一般的なリヤドアですが、2019年に特別仕様として設定された「コンチネンタル・コーチドア」は観音開きドアを採用。驚くことに、前ヒンジのドアとした一般的な車両をベースに大改造して観音開きとしています。1台1台、職人がドアを改造して作り上げたというのだから、恐れ入ります。
イギリス・ロンドンの街を走る「ロンドンタクシー」も観音開き。最新型の電気自動車モデルも、伝統的なスタイルですね。
セダンタイプの観音開きドアは乗降性をよくするため
意外にも採用車種が多い観音開きドア。この仕組みを採用する採用する理由はどこにあるのでしょうか?
答えは、「乗降性をよくするため」です。一般的なドアだと、開いたドアが邪魔をして乗降時の足の動き(出し入れ)を制限してしまいます。しかし、後ろ側にヒンジがあれば、開いたドアが足の出し入れを制限しないし、乗り込もうとクルマに近づくときもドアが邪魔になりません。降りるときも同様です。
ただ、デメリットもあります。それは後席の人が車内からドアを開け閉めするのが大変なこと。大きく身を乗り出さなければ、ドアを開け閉めできません。だから、運転手やドアマンが開閉してくれるクルマとのマッチングがいいのです。高級セダンに採用例が多いワケは、そこにあります。
他の理由で採用することも
一方で、他の理由で観音開きドアも採用することもあります。その代表的な車種を見てみましょう。現行モデルで観音開きドアといえば、マツダ「MX-30」。EVモデルも選べる、マツダの個性派クロスオーバーSUVです。
マツダは観音開きドアに積極的なメーカーといえるかもしれません。2003年から2012年にかけて生産された、ロータリーエンジンのスポーツカー「RX-8」も観音開きドアを採用して話題になりました。
ホンダには「エレメント」というアメリカを意識した個性的なハイトワゴンがあり、これも観音開き。日本では2002から2011年にかけて販売されたモデルです。
トヨタのSUVにも、観音開きドアを採用したモデルがありました。2006年から2018年にかけて日本でも販売された「FJクルーザー」です。昔のランドクルーザーのような雰囲気を持ったデザインが印象的なモデルです。
あのミニにも、側面に観音開きドアを採用したモデルがあります。2008年にデビューした先代の「ミニクラブマン」です。
ちなみに、アメリカやタイなどで多く見かけるピックアップトラックにも観音開きタイプが存在します。後席を備えた車種もありますが、中には後席がないのに観音開きドアを持つモデルも。
さて、ここで紹介したモデルに共通する特徴はわかりましたか? セダンとのもっとも大きな違いは、「リヤドアが小さいこと」です。そして、前後ドアの間に柱がないピラーレス構造となっています。この小さいリヤドアを観音開きとするメリットは、どこにあるのでしょうか?
小さなリヤドアなら、後席に荷物を置きやすい!
この小さなリヤドアは、人の乗り降りに最適化したものではありません。たしかに、ドアが片側に1枚しかない一般的な2ドア(もしくは3ドア)よりは、乗り降りがしやすいのは間違いありません。しかし、実際には多くのクルマでは、「フロントドアを開けた状態でないとリヤドアを開けられない」「リヤドアは車内後席からは開け閉めできない」など、乗降用としては不便な面があるのです。
どんな目的があるかというと、後席スペース(後席がない場合は前席の後ろの空間)に荷物を置く際に、積み下ろをしやすくするためです。
たとえば、ドライバーが後席に荷物を積んで車内へ乗り込む際、4枚ドアであれはまずリヤドアを開け、ドアを避けて後席へ荷物を置き、リヤドアを閉めて、前へ回ってからフロントドアを開けて……という手順を踏むことになります。
それが観音開きだと、フロントドアを開けたついでにリヤドアも開けて荷物を積む、リヤドアを閉める、そして運転席に乗り込むという手順になります。言葉で書くとどちらも同じように思えるかもしれませんが、リヤドアがあると実際の動きはかなり楽になるのです。実用性を高めるための、“2ドアの派生形”と考えるとわかりやすいでしょう。
2ドアでも乗降性を高める例もある
最後に紹介するパターンは、側面はそれぞれ1枚ずつしかドアがない2ドアだけれど、後ろ側にヒンジがあるパターン(これは観音開きではありません)。普通のドアとは逆に後ろ側へ向かってドアが開きます。どんな車種があるかといえば、「レイス」をはじめとするロールスロイスのクーペやコンバーチブルです。
実は、日本の軽自動車にも、2ドアながら後ろ側へ開くドアを持つクルマがありました。1962年から1969年に販売された三菱自動車の初代「ミニカ」です。このころは、「こういうドアの開き方もあるよね」くらいの感覚だったのかもしれません。
何を隠そう、日本の一般家庭への自動車普及を促したスバル「360」も後ろヒンジでした。
いずれも、狙いは乗降性を高めること。セダンのリヤドアに採用する目的を、フロントドアで用いたわけです。2ドアの場合も、後席へ乗り込む際にドアが邪魔になりにくいというメリットがあります。
このころの軽自動車のドアは小さいため、後ろヒンジでも開け閉めの不便がなかったのでしょう。ちなみに、先に紹介したロールスロイスの2ドアモデルでは、ボタン操作による電動開閉式となっています。
常識に縛られないからおもしろい!
ここで紹介したような観音開きドアやリヤヒンジのドアは、決して主流ではありません。そのため、個性としてアピールされることが多いのですが、実用的なメリットもしっかり存在するのです。観音開きドアのように、常識に縛られない自由な発想が、クルマの世界の楽しさを広げてくれるのかもしれませんね。
(文:工藤貴宏 編集:木谷宗義+ノオト)
[ガズー編集部]
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