第16回 シートアレンジの進化は止まらない? | プロフェッサー由美の自動車トレンド講座

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第16回 シートアレンジの進化は止まらない?

メーカーによって機構が違う? 使い勝手を徹底的に追求したクルマの姿とは?

★今回のテーマ★

新型トヨタ・シエンタが相変わらず好調ですね。2015年7月に12年ぶりのフルモデルチェンジを受けてからずっと人気が続いていて、2016年3月の時点でも納車は3カ月待ちだそうです! 斬新なデザインが評価されていることもありますが、人気の理由はもうひとつ、シートアレンジにもあります。コンパクトなボディーですが、どんな工夫をしているのでしょう?

カンタン操作のシートアレンジはまさに日本のお家芸!

最近はクロスオーバーSUVに話題が集まりがちですが、日本の王道ファミリーカーといえばミニバン。荷物がたくさん積めて便利なスライドドアが付き、走りもちゃんとしていて燃費がいいというオールマイティーなところが評価されています。

ミニバンにもクラスがあって、トヨタ・アルファード/ヴェルファイア、日産エルグランドのような大型高級ミニバン、トヨタのノア/ヴォクシーやエスクァイア、日産セレナ、ホンダ・ステップワゴンといった5ナンバーサイズの箱型ミニバン、そしてもっとコンパクトなシエンタやホンダ・フリードなどに分かれます。

シエンタは全長4235mmですから、4540mmのプリウスと比べてもさらに小さなサイズ。その中に3列シートを収めて6~7人を乗せるのですから、相当な工夫が必要です。家族みんなが楽しめるよう、2列目や3列目のシートもしっかりしてなくてはいけません。もちろん、いざというときに大きな荷物を運べることも大事なポイントです。

コンパクトミニバンのトヨタ・シエンタ。現行モデルは2代目にあたり、ガソリン車に加えてハイブリッド車もラインナップされています。ユニークなのが3列目シートの格納方法で、なんと2列目シートの下に収まります。

シエンタの取りえは、何といってもサードシートの「ダイブイン機構」。3列目シートを倒して折りたたみ、2列目シートの下に収納することができるのです。格納するとまったく見えなくなってしまうので、初めから3列目がなかったようにしか見えません。普段はこの状態にしておいて、5人乗りで使う人が多いそうです。

2列目シートを前に倒し、タンブルフォールディングすれば、さらに荷室は広がります。そこでありがたいのが、シートを折りたたんだりするのに大きな力がいらないこと。ほぼワンタッチで操作できるし、ちょっと押すだけで勝手に倒れてくれます。いちいち旦那さまを呼ばなくても、女性がひとりで扱えます。注文があるとすれば、セカンドシートの固定の方法ぐらいでしょうか。ストラップを引っ掛けるようになっているのですが、チャイルドシートの取り付けに使うISOFIXのようにカチッとはまる機構ができれば、さらに安心です。トヨタさん、ぜひご検討ください(笑)。

2列目シートの格納は、背もたれを倒してから座席ごと前に跳ね上げる、いわゆるタンブルフォールディング式。シートを跳ね上げる操作自体は軽くて簡単なのですが、最後にシートをストラップで固定しなければならないのが玉に瑕(たまにきず)です。

こういうところは日本車の得意分野で、依然として輸入車の追随を許しません。フォルクスワーゲン・ゴルフトゥーランは新型になってイージーエントリーシステムを採用し、レバー操作ひとつで2列目シートが倒れて前にスライドするようになりました。おかげで3列目にカンタンに乗り込めるようになりましたが、これも日本車ではずっと前から当たり前の機構です。

一方で、先代トゥーランは2列目シートが取り外し可能で、荷室スペースをさらに拡大できることを売りとしていました。ただ、日本の住宅事情では「外したシートを置く場所がない」という問題がありますし、また実際にやってみるとこれには相当な体力が必要です。ちなみに、商用ワンボックスとしても活躍するメルセデス・ベンツVクラスは、新型でもこの方式を守っていますね。

このように、日本とヨーロッパを比べるだけでもずいぶん違いはありますが、日本車ではメーカー単位でも、シートアレンジの方法に考え方の違いが表れています。シエンタと同じ小型ミニバンでも、ホンダ・フリードは3列目を左右にハネ上げる方式。床面を低くできて、荷物の出し入れが楽なのが特長です。ステップワゴンは3列目シートを後ろから倒して床下に収納する仕組みで、そこから乗り込むこともできます。ヨコにも開く「わくわくゲート」との連携で魅力を高めているわけです。

ホンダ・ステップワゴンの3列目シートは床下格納式。フラットな荷室空間が得られるのに加え、テールゲートの一部が横向きに開く「わくわくゲート」により、後ろ側から車内に乗り込むこともできます。

エンジニアのアイデアには感動するばかりですが、実際に購入する時には冷静に考えてみることも大事です。本当にその機能が必要か、よく検討した方がいいでしょう。例えば、背の高い荷物をタテに入れられるだけの荷室高があるとしても、役に立つのは観葉植物を運ぶ時ぐらいかもしれません。そんな機会がしょっちゅうあるのでなければ、優先度は低くてもいいのではないでしょうか。

2015年の東京モーターショーには、ダイハツからNORI ORI(ノリオリ)というコンセプトカーが出品されていました。車高の上げ下げが自由にできて、地面からの段差をほとんどゼロにすることも可能。サイドからもリアからも簡単に乗り降りすることができます。スロープを使って、ベビーカーも車いすもそのまま入れるようになっているのです。シートアレンジに加え、これからはそういう機能も重要になってきそうです。

ダイハツが2015年の東京モーターショーに出展したコンセプトカーのNORI ORI。「近未来のマルチユースコミューター」をテーマとし、誰にとっても使いやすいイージーアクセスなスモールカーを目指して開発されました。

コンセプトカーでなくても、シエンタの福祉車両ウェルキャブにはかなり進んだ乗降機構が採用されています。開発当初から福祉車両を考慮して設計していたということで、大きな改造を必要としません。最新式のリクライニング車いすでも入れて、介助の人が横に座ることもできます。これこそ、究極のシートアレンジ。人に優しい工夫は大歓迎です!

★用語解説★

トヨタ・ノア/ヴォクシー/エスクァイア
5ナンバークラスの箱型ミニバンには日産セレナやホンダ・ステップワゴンもありますが、トヨタだけが3車種を展開しています。親しみやすいノアとちょっといかついヴォクシーに加え、高級感を追求したエスクァイアが2014年から加わりました。クルマごとにテイストを変えて、ユーザーの好みに合わせています。

フォルクスワーゲン・ゴルフトゥーラン
箱形でスライドドアというのが日本の主要なミニバンの姿ですから、ゴルフトゥーランはちょっと違うジャンルのクルマに見えますね。前回紹介したMQBというモジュール構造を使っていて、クルマの基本はあのゴルフと同じ。運転好きなお父さんにとっては魅力的なミニバンといえるでしょう。

メルセデス・ベンツVクラス
メルセデス・ベンツのワンボックスといえばVクラス。送迎などのビジネス用にはもちろん、ミニバンとしても活躍しています。とはいえ、家族が喜ぶ使い勝手より、やはり大きな積載容量や耐荷重が身上。かっちりとした作りにも妥協はなく、そのあたりもメルセデス・ベンツらしいところです。

ダイハツNORI ORI(ノリオリ)
軽自動車サイズのボディーの中に、さまざまなアイデアを詰め込んだコンセプトカー。乗降時にはニールダウンシステムで車高がペタンと下がります。さらに、運転席以外はすべて折りたたんで収納することが可能。このまま発売されることはないとは思いますが、いくつかの機能は近い将来採用されるかもしれません。

★ここがポイント★

リアシートを可倒式にして、トランクスルーができるようにするところからシートアレンジは始まりました。以降、操作性を改善したり、倒した時の床面がフラットになるようにしたりと、便利さの追求が加速していきます。

運転席から助手席を倒せるようにしたホンダS-MXとか、ちょっと意味不明な方向に発展したクルマもありましたが、メーカーの切磋琢磨(せっさたくま)によって進化を遂げた日本車のシートアレンジは、やはり世界に誇っていいものだと思います。

クルマの本質とは関係ない、と軽視する人もいますが、利便性の向上を通してクルマの魅力を高めているのは間違いありません。モデルチェンジのたびに新しい機構を開発するエンジニアの方々には、本当に頭が下がります。

今後、本当に完全自動運転が実現したら「クルマのメイン機能はシートアレンジ」ということになるかもしれません。そうなれば、日本車の強みが発揮できそうです。

(文=吉田由美/写真=小林俊樹、郡大二郎)

[ガズー編集部]